(文次郎と仙蔵)
油断していた。
仙蔵を守らなければとそれだけを考えていた為、自身への注意が足りなかったのだろう。
襲い来る敵の一撃に、対処が遅れた。
避け損ねた忍び刀が肩を切り裂き赤い飛沫が舞う。
その向こうで仙蔵が口元を覆うのが見えた。
「…許さん!」
仙蔵は懐から得意武器の宝禄火矢を取り出し、文次郎と仙蔵を囲む敵たちに向けて投げられた。
瞬間、強い光に包まれた仙蔵の姿は、神話にありそうなほどの神々しさを感じさせた。
決着はすぐだった。
文次郎と仙蔵を囲む敵たちは低い断末魔を上げ、地に倒れ伏した。
光の中で敵の落とした忍び刀を持つ仙蔵の姿を見る。
このまま彼に切り裂かれるのもいいな、と文次郎はぼやけた頭で思う。
しかし、仙蔵はすぐに忍び刀を投げ捨て、文次郎に駆け寄った。
「文次郎!」
「…悪いな、迷惑を掛けた」
「そんな事はいい、…大丈夫か!?」
仙蔵はその細い指で傷を確かめる。
致命傷ではないがすぐには動けない。
文次郎自身そう判断していたが、仙蔵も同じ結論を出したようで短く吐息した。
「お前は、…相変わらず強いな。守る筈が守られるなんて、情けない」
「な、情けなくなんかない。文次郎が私を守ってくれようとするから私も文次郎を守った。それだけだ。私とお前は相棒、だろ。…だから、助け合うのは当然だ。情けなくなんかない」
出血によって冷えた指先を、仙蔵の暖かい手が握り込む。
泣かないでくれ。
そう思って、泣き怒る仙蔵の手を文次郎も緩く握り返す。
仙蔵は少し息を飲んで指をほどいた。
「…仙蔵?」
「文次郎はここで待っていろ。私は救護所に居る伊作を呼んで来る」
そう言って立ち上がる仙蔵を文次郎は目で追った。
置いていかれる、と思うと何故か気が急いた。
「すぐに戻ってくるから大人しく待っていろ」
咄嗟に仙蔵の手を掴む。
うわっ、と仙蔵が声を上げた。
無理に動いたせいで傷口が開くのを感じる。
「ぐっ」
「文次郎!?」
仙蔵の焦った声が、まるで水中にいるように歪んで聞こえる。
思考もままならない中で文次郎は指先に力を込めた。
行かせたく、ない。
「…っくな…」
「え?」
「…行かないで、くれ!」
仙蔵の目が大きく見開かれる。
「…文次郎」
と名前を呟き、頬に触れられる。
仙蔵はその場にゆっくりとしゃがみ込んだ。
文次郎は視線を落とし、握ったままの指先に気付く。
かなり力を込めていたのか、仙蔵の指は青白くなっている。
けれど仙蔵はなにも言わなかった。
悪い、と言って手を離すと仙蔵は大丈夫だ、と頬を撫でた。
「私、手当ては余り得意ではないのだが、…手当て、するぞ」
傷口に今度は柔らかい布を当てられ、文次郎は息を吐く。
「仙蔵が手当てしてくれるならなんだっていいさ」
仙蔵が微笑む。
文次郎も微笑みを返し、仙蔵の少し熱めの指先が心地よかったのかそっと目を閉じた。