今日は十月三十一日だから
私は目の前に出されたお菓子を注視する。
「……ずいぶんと黒い色をしていますね」
しかしそれは決して焦げているわけではなく、ただひらすらに黒い色をしているだけのクッキーだった。一体どんな材料が入っているのだろうと訝しみながらも、猫の型で抜かれているのでどこか可愛らしくは見える。
「味は保証するよ、食べて食べてっ」
ハンジさんに促されて、私はクッキーを一つ手に取る。
「いただきまーす」
ぱくりと一口。
甘さは控えめで、さくさくとした食感が小気味良い。おいしい。
咀嚼していると、
「どう? どう? リーベ、感想聞かせて?」
ハンジさんが眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせながら訊ねる。
私は笑顔で頷いた。
「おいしいですにゃ」
…………あれ?
夜。
「リヴァイさん、おかえりにゃさい」
「……リーベ。どうしたお前」
お出迎えするなり怪訝な顔をされた。
「『今日はお菓子を配り歩く日だから』とお昼に来たハンジさんに頂いたクッキーを食べたら言葉がおかしくにゃってしまいましたにゃ」
まず『な』の言葉がうまく言えない。他にも語尾が勝手に『にゃ』となってしまう。
最初は混乱したし、この上なく恥ずかしかったが、すぐにハンジさんは解決策を教えてくれた。
「でも、大丈夫にゃんです。異性と――つまりリヴァイさんとキスすれば戻るみたいにゃので、だから、その……」
おはようからおやすみまで挨拶のように毎日していても、いざ改まると恥ずかしい。でも、いつまでもこの話し方だともっと恥ずかしい。
「元に戻して欲しいですにゃ。キスして下さいにゃ」
お願いしてから目を閉じたが、待てども待てども唇は降ってこない。
どうしたんだろうと目を開ければ、リヴァイさんは相変わらずそこにいて、私の顔をじっと見ているだけだった。
「……あの、にゃにをしているんですか?」
「その菓子は『黒猫の呪い』と呼ばれるものでモブリットも食わされていた。ハンジが悪戯目的で作ったらしい」
私はクッキーの色と型を思い出す。確かにその名前がぴったりだ。そして『呪い』がキスでとけるというのもよく出来ている。
リヴァイさんが続けた。
「だがそれも一日経てば元に戻ると聞いた。――今日はこのままで良いんじゃねえか」
「にゃ!?」
私は叫んだ。
「にゃにを言っているんですかー!」
思わずリヴァイさんの胸をぽんぽん拳で叩くが、我ながら力が入っていない。
表情を変えずにリヴァイさんはそんな私の髪に触れて指先でもてあそぶ。
「どうせなら猫の耳や尻尾が生えても良かったんだがな。まあ、あいつならそのうちそれくらい作るだろう」
ハンジさんに対するリヴァイさんの謎の信頼感が怖い。これからは何でもすぐに食べないようにしようと決めた。
とにかく今は現状打破に努める。
「そんにゃ面白がらにゃいで下さいにゃ! もう結構ですにゃ、私からキスしますにゃっ」
「ほう、出来るもんならやってみろ」
私はリヴァイさんの肩を両手でつかみ、頑張って背伸びをして唇を近づけた。が、首をひょいと動かされてするりと避けられる。私の唇はリヴァイさんの頬や鼻先に触れるばかりで、何度繰り返しても同じだった。
完全に遊ばれている。なんということだ。
そのうち背伸びに疲れて踵をすとんと床へ下ろす。
「にゃんで!? にゃんでそんにゃ意地悪を! もしかしてこんにゃ私とキスするのが嫌にゃんですか!?」
「そうじゃねえ。ただ、まあ、今日くらいその話し方も――」
「こんにゃに恥ずかしい思いをさせるにゃんて、ひどいですにゃ! じゃあもうしばらくリヴァイさんとキスしませんにゃっ」
はっきり断言するとリヴァイさんは、
「待て。何でそうなる」
普段よりも低い声に私はそっぽを向いた。
「この口調は一日経てば戻るからキスしにゃくても問題にゃいとリヴァイさんも言ったじゃにゃいですか」
「ああ、だが今日に限った話だ。……明日、今日の分もすればいいだろうが」
「私は今でにゃいと嫌にゃんです」
「…………」
わかりやすく葛藤し始めたリヴァイさんに、私は妥協案を提示することにした。
指を一本、ぴんと立てる。
「リヴァイさんも私と同じ話し方をしてくれたにゃら、今日はもうこのままでも構いませんにゃ」
「…………」
「ほら! リヴァイさんもにゃーにゃー言って下さいにゃ」
するとリヴァイさんはため息をついて、私の手を取ったかと思うと引き寄せる。そして、ぎゅっと抱きしめた。
強すぎないその力加減に胸が高鳴ると同時に、
「……仕方にゃい」
耳元で囁かれて、私は猫語の破壊力を思い知るのだった。
(2014/11/11)
-----Happy Halloween!!企画
2014/10/27-2014/10/31