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「『我ら《貴族専門何でも代行人》、庭のお手入れから人殺しまで承ります』――物騒な客引き文句だな」
「その標的がリーベだと間諜から情報を得て君に連絡したわけさ、リヴァイ兵士長。さすがは人類最強、難なく倒してくれたね。あとは憲兵団師団長から彼らの依頼者情報を聞き出してもらう手筈だ」
「なるほど。今朝の差出人不明の手紙、《代行人》の仕事内容詳細と指名手配書を送りつけたのはやはりお前か。紙面通りに二人組はやって来た」
「貴族にも派閥や領地争い、王との関係――色々あるんだ。普段から方々へ手を回して常に対策を講じているものだよ。先手を打たれたなら後手を打て、というように」
「先手も後手も勝手にしておけ。あいつを巻き込むな」
「巻き込まないさ。少なくとも今回のように処理してみせる。僕が必ず守るよ」
「おい」
「ん? まさか君の方はリーベを守る自信がないのかい? ならばさっさと消えて欲しいね。もうすぐ壁外調査だったかな? ちょうど良いじゃないか」
「……あいつがいないと素が出るな、お前」
「どちらも本当の僕だよ。とにかく、今回は都合が良かったから手伝ってもらったけれど別に君の手を借りる必要はなかったんだ。ゲデヒトニス家を甘く見ないで欲しいね。僕らの守りは堅い」
「……守りは堅い、か」
「何だい?」
「俺にはわかる。そんな家ほど内側は案外脆い。悪魔みてえに狡猾な人間が潜り込んだらそこまでだ。一気に崩れる」
「…………」
「何だ」
「――そんなものは仮定の話でしかない、と思っただけさ」
帰宅すれば、もうすっかり夜だった。
「やっと帰って来た……」
食事はストヘス区の定食屋さんで済ませたので、あとはもう身体を清めて寝るだけだ。
一日出かけた疲れからか足元が少しふらつけばリヴァイさんが支えてくれた。
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「別にいい」
ゲデヒトニス家を出る直前にアルト様と二人で会話していたようだけれど、それ以来リヴァイさんはあまり話さない。何があったのだろうか。
そういえば、なぜか私が善からぬ人たちから狙われていたらしいとメイド長が別れ際に教えてくれたけれど、まさかそのことだろうか。
「…………」
私を狙った所でお門違いだというのに。私はもうゲデヒトニス家の人間ではない。仮にまだそうであったとしても当主様はあっさり私を切り捨てるはずだ。メイドなんていくらでも代えが利くのだから。
考え込んでいると、頬をそっと指先で撫でられた。
「目的は果たせたか?」
その言葉に今日一日を思い出し、私はうつむく。
「……何の成果も得られませんでした」
決めたのに。
今までは目を背けていた自分の過去を知ろうと。
そのために今日はゲデヒトニス家へ向かったのに。
結局は何もわからないままだ。
自分でも情けない声だと思っていると、リヴァイさんが口を開く。
「壁外調査では――」
「え?」
「壁の外へ行って帰って来ることが重要な仕事のひとつだ。新兵は特にそれだけが課される」
その言葉に私は何度か瞬いて、
「……帰って来ただけで充分だと言って下さるんですか?」
「そうだ。お前が俺のいる場所へ戻って来た、そのことに意味がある」
その言葉は、苦しいくらいに私の胸を満たした。
どうしてそんなことを言うの?
どうしてあなたはそんなにも――
「リヴァイさん」
「何だ」
「あなたはやさしすぎる」
自分でも驚くくらいに冷たい声だった。
「私はこんなに、狡い人間なのに」
「何が狡いんだ」
私はゆっくりと話す。
「私は自分の出生を『知らない』と言い訳して、あなたの傍にいるのに」
「どういう意味だ」
「私はもしかしたら、あなたの傍にいてはならない人間かもしれない。そう思うんです。だから、あなたがあなたの過去を話さないことを……それを都合良く思っているんです」
つい逃げるように目を伏せる。
「ごめんなさい、リヴァイさん」
「謝るな」
また頬を撫でられて、私はこの手にすべてを委ねてしまいたくなってしまう。
「生まれだの、育ちだの、こだわるようなことじゃねえんだよ。別に俺のことくらい、いくらでも話してやる。ろくなもんじゃねえがな」
その言葉は私の胸に焦燥をもたらした。
「それなら私もいつかは――」
「構わないと言ったはずだ。俺は見返りを求めてはいない。お前が自分を知ろうが知るまいが、俺に話そうが話すまいがが気にしない。――だが一つ、覚えておけ」
まっすぐなまなざしだった。
「お前の過去がどんなものであれ、俺はお前を離さない」
「リヴァイさん……」
「だが、もしも俺の過去をお前が拒むなら、遠慮なく逃げろ」
「逃げませんよ」
即答すれば、リヴァイさんが軽く目を見張る。
「根拠もないのにそんなことを言ってごめんなさい。それでも、私は言いたいんです」
私は続けた。
「ずっと、あなたのそばにいます」
今日、改めて思った。
私の過去を私以上に気にしている人はいない。
それはある意味、救われることだ。私の『今』を見ていてくれているのだから。
だから、それで良いのだと思うことにしよう。少なくともこの瞬間は。
リヴァイさんのそばにいられる私なら、それでいい。
少し歩み寄れば、そっと抱き締められた。たくましいのにやさしい背中へ私も腕を回す。
リヴァイさんはしばらく黙ってから囁くように言った。
「リーベ、言い忘れていた」
「何をですか?」
私が首を傾げれば、
「いつもはお前が俺に言うから、今日は俺が言うつもりだったんだ」
やさしい声とぬくもりが私を包む。
「おかえり」
(2014/07/02)
-----原作沿いストヘス区編突入記念作品