17:12
「遅い」
「何だその言い方は! 憲兵団師団長が直々に出て来てやったんだぞ!? お前は労いの言葉もかけられんのかリヴァイ!」
「ナイル、こっちはウォール・シーナまでクソ野郎共を連れて来てやったんだ。さっさと仕事しろ」
「チクショウ。――で、こいつらか。どちらも指名手配書の顔と同じだな。しかし随分とボロボロになって……話す気力もなさそうじゃねえか。こいつらは一体何でお前の家へ行ったんだ?」
「それを今から確かめに行く」
「確かめに? どこへだ」
「お前が知る必要はない。あとは任せた」
「へーへー、わかったわかった。ところでお前、結婚したんだってな?」
「それがどうした」
「お前と連れ添うのはどんなヤツかと思っただけだ。さぞや恐ろしい女だろうよ。俺の嫁さんの方が――」
「俺の女の方が間違いなく可愛いし気立ても良いし作る飯も美味い」
「っ!? な、ふざけんな何言ってやがる! 俺の嫁さんは――って、こら! ウォール・シーナで許可のない立体機動は禁止だ! 待て!」
私はアルト様とゲデヒトニス家の長い廊下を歩いていた。
「また増えましたね」
「父の趣味だから」
そういえばリヴァイさんに連れられてゲデヒトニス家を離れる時も、この蒐集品の数々を思い出したっけ。相変わらずたくさん、ずらりと壁に並んでいる。
「アルト様が当主様になられたらどうされます?」
「こうして飾るのはやめようかな。僕は嗜む程度だから」
開け放たれた窓から風が優しく吹き込んだ。
アルト様とお会いすることに関する諸々の悩みはメイド長の言葉通り杞憂だった。この人はずっと幸せそうに微笑んでいるのだ。
さっき、「何か良いことがあったんですか」と訊ねて「リーベとこうしてまた会えたからだよ」と返された時にはどう反応すべきか困ったけれど。
変わりない、優しい穏やかなアルト様だった。
また風が吹いた。
窓の外を眺めればもう黄昏時だ。
私はここまで来た目的を自分自身へ言い聞かせ、切り出すことにした。
「アルト様。お聞きしたいことが――」
「君の出生に関する話だね?」
話す前に言い当てられて、私は戸惑った。
「どうして……」
「強い目的意志があることくらい、顔を見ればわかる。君がわざわざゲデヒトニス家を訪れたのは僕達に会いに来ただけではない。ここにしかないであろうものを求めたからだ。――そう考えただけだよ」
私はうつむいて、頷く。
「その通りです。私は自分の生まれに関して何も知りません。だから、それを知るために今日は来ました」
顔を上げて、アルト様をまっすぐに見つめ返せば、
「確か冬の朝に裏口で赤ちゃんが寝かされていたのを誰かが見つけたんじゃなかったかな?」
「……子供の頃しか信じていませんでしたよ、その話」
「なぜ?」
「普通に凍死しますよね」
「うーん、それなら夏の朝にしておこう」
「そんな適当に……」
私は仕切り直す。
「本当のことを教えて下さいと言えば、教えて頂けますか?」
「教えてあげないよ」
アルト様が優雅に即答する。
「正確に言うならば『教えてあげられない』かな。なぜなら僕だって君がゲデヒトニスへ来る前のことを知らないんだからね。すべてを把握しているのは僕の父だけだ」
「当主様、ですか……」
勢い込んでゲデヒトニス家へ来たものの、元メイド如きが当主様にお目通しを願うとなると考え込んでしまう。アルト様とは違って当主様と私は必要最低限の会話しかしない関係で、私がゲデヒトニス家を離れる時も「そうか」の一言で済んだくらいだ。
それが主と使用人のあるべき関係ではあるし、私はアルト様に甘えていたのだと思い知らされるが――ならばここから一体どうしたものか。
考え込んでいると、
「僕は過去なんてどうだって良いと思うけれどな。リーベ、考えてごらん。そんなことを知らなくても、君は今ここにいる。それがすべてで、他は些末なことじゃないか」
「アルト様……」
私がそうはいかないと首を振れば、彼は困ったように笑った。
「じゃあもしも、君の過去が知らない方が良いようなことならどうする?」
「私はもう平気です。ひとりではありませんから」
「ならばリヴァイ兵士長がそれを受け入れてくれなかったら?」
「その時はその時です」
「そうだね、その時は僕のところへ戻っておいで。うんうん、それが良い。それが一番だ」
話が別の方向へ進みそうになって、
「仮に私の過去がそれほど酷いものだとすれば、アルト様も私を見る目が変わるのでは?」
「僕は受け入れるさ、君のすべてを」
私が言葉を返す前にアルト様は続ける。
「それに、だ。君が自分のことを話しても、リヴァイ兵士長が自分の過去を打ち明けることはないだろうと推測出来るよ」
「あの人の過去を知るために、私は自分の過去を話すわけではありません」
「彼は隠し続けるんじゃないかな、君と違って」
「リヴァイさんは話さないだけで隠しているわけでは――」
「同じことだよ、リーベ」
「…………」
私はアルト様の瞳から目を逸らせない。
「少し意地悪なことを言ってしまったね。――何にせよ、今日は無理だよ。父は王のところだ」
そして窓の外へ視線を向けたアルト様が呟く。
「――シーナの街で立体機動装置の使用は禁止されているはずなんだけれどな。一体誰がアンカーで穿たれた屋敷の壁を修理すると思っているんだろうね、彼は」
「え?」
「お迎えが来たみたいだよ、リーベ」
私は窓から入ってきた風にはっとする。
顔を向ければ、
「リヴァイさんっ?」
私服に立体機動装置を身に帯びた愛しい人がそこにいた。
(2014/06/29)