自由倉庫 Freiheit ::新兵一年目編R 振り返って、私は思わず身構える。自分の顔が強張るのがわかった。 『あんたの方が死ねば良かったのよ!』 あの女性だった。 よみがえる胸の痛みと頬を叩かれた感覚に後ずされば、彼女はもう近づいては来なかった。この距離では会話が精一杯だ。 「何か……ご用でしょうか」 自分の声がか細くて、震えているのがわかった。情けないくらいに平静を保てない。 すると彼女は困ったように明後日の方向を見やる。 「実は、その……自己満足だってわかっているけど伝えたくて」 「…………」 一体何を? 首を傾げていると彼女はお腹に手を当てた。いつくしむような動きだった。 「子供がね、いるのよ」 「…………」 きっと、死んでしまった人との子なのだろう。 「……そうですか」 こんな時に相応しい言葉が見つからなくて、そんな返答しか出来なかった。 「だから、あなたは生きてね」 その言葉の意味がわからなくて、私はまた首を傾げてしまう。 「……私が死んだ方が良かったのに?」 「死んでいい命はないってわかったの」 謝らなくちゃと彼女は言って、私は黙っていた。 『謝るくらいなら最初からやらなきゃいいのに』 ナナバさんの言葉を思い出す。 「…………」 今ならわかる気がする。 後で謝りたくなるようなことでも、その時はそうしなければどうしようもなかったのだ。私も、彼女も。 彼女が続けた。 「父親がいないんじゃ、この子は幸せじゃないかもしれない。――でも、私は産みたくて」 周りには反対されたけれど決めたのだと彼女は言った。迷いのない、すっきりとした顔だった。 その様子を見て私は口を開く。 「……もしも私が、あなたの子供なら幸せです」 やっと、少しだけ微笑むことが出来た。 ----- 次回完結! back ×
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