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::真夏の夜の肝試しC【完結】(王子様シリーズ)

※夢主はデフォ名です。


 嫌な浮遊感に、身体が竦んだ。

 崖だった。

 落ちる。

 死ぬ。

 どうして? さっき、近道を教えてくれた女の子は――

 息を呑んだその時には身体が落下を始めて、もう何もわからなくなったその時、

「イリス!」

 誰の声なのか、考えるよりも先にわかった。

 いつも、ずっと聞いていたい、大好きな声だから。

 そして次の瞬間、肩が外れそうなくらいの衝撃があって、落下が止まる。

 肩の痛みに呻きながら顔を上げれば、ベルトルトがわたしの腕をつかんでくれていた。

「ベ、ル……」
「早く、上に……!」

 わたしの身体は宙ぶらりんで、ベルトルトの腕一本に支えられている状態だった。
 早く上へ上がらなきゃ、とわかっても身体が動かない。岩に擦りむいた足が痛くて、空いた手も動くけど力が全然入らない。我ながら役立たずすぎる。普段やってる訓練は何なんだろう。

「ご、ごめ、……! わたし、動け、な……!」
「――わかった、引き上げるから、じっとしてて」

 結局、ベルトルトの腕力に頼る形で、わたしは崖から救助された。

 何もしていないのに、呼吸が乱れてなかなか整えられなかった。

 どうしてこんなことになったのか、それよりもまず――

「……助けてくれて、ありがとう」

 やっとそう伝えれば、戸惑ったように目を逸らされる。

「僕は……」
「って、さっきの子は!? 危ないよこの道! 全然ゴールへの近道じゃないよ! むしろあの世への近道だし!」
「……さっきの子は、訓練兵じゃない」

 どういうこと?

 わけがわからずにいると、ベルトルトが重く息をついた。そしてコニーが話していたという幽霊話を教えてくれた。恋をしている人にだけ見える、死へ誘う幽霊の話を。

 それから暗い声で言った。

「……僕のことなんか、好きになるべきじゃない。今みたいなことが起きるんだから、尚更だ」
「やだ」
「…………」
「好き。大好き。ずっと一緒にいたい。――この感情をあきらめるくらいなら、わたし、死んでもいいよ」
「…………」

 ベルトルトは、困ったような、どうすればいいのかわからないというような、悲しそうな――そんな顔をしていた。

「……そんなことのために、死んじゃだめだ」
「じゃあ、好きでいさせてね」
「…………」

 ベルトルトは何も言わない。それでも構わなかった。

 さっきわたしを崖から引き上げてくれた手は、まだ繋がれていたから。

 きっとベルトルトはそのことに気づいていない。気づいていたら、そして指摘したらすぐに離されてしまうと思う。だからわたしは黙って、その熱い手を握り続けた。

 こんなに幸せなことはない、と思えた夏の夜だった。

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間が開きましたが最終話。
アニメseason3part2『光臨』を見ながら。
ベルトルト回でしたね。
「きっとどんな結果になっても受け入れられる気がする」とかあの辺りの独白になんか、うう、あああ……言葉にならない……。
 

2019.05.15 (Wed) 20:28
ベルトルト|comment(0)

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