アクセラレータ!! 跡部様が越前くんに一直線なおはなし 1:逢着 「ジロー。本当にこっちであってるのか?」 「あってるってば〜。跡部は俺を信用しなさすぎだC」 にこにこと笑いながらしゃべるジローは決して迷っていないというが、どう考えても迷っているように思える。青春台付近にあるというスポーツ用品店に行きたい、と言ったジローが心配でついてきたからいいものの、どうしてかインターネット上でちゃんと地図を確認したはずのジローが完璧に迷っている。これでひとりで行かせていたら、ちゃんと行けたか、むしろ帰れていたかすらわからない。やっぱりついてきて良かった、と跡部は思うのだが、その目的地につかないのであれば来た意味はない。 「なんていう名前の店だよ。ジロー、お前じゃ頼りないからいまから探すからおしえろよ」 携帯端末を操作しながら跡部が言うと、言われたジローはむっとして唇を尖らせた。 「頼りなくないC。絶対見つけるからっ」 べっと舌を出して、ジローは跡部をにらむと駆け足ですぐ近くの角をまがる。なかば置いてけぼりのようなかたちで放っておかれてしまった跡部は、おおきな溜息をついて角をまがったジローの後ろ姿を追いかける。走りがてら、ジローの肩が通行人の肩とぶつかっているのを見て、頭を抱えたくなった。やみくもに走っているせいで、お店が見つかる以前に人とぶつかって迷惑をかけてしまっている。 だからあれほど俺の車で行くべきだといったのに。 やっぱりジローの手綱はきちんと引いておくべきだったと跡部が後悔していると、前方の十字角を曲がったところでジローと誰かの「いたっ!」と叫ぶ声が聞こえた。 追いついた跡部が歩道に座り込んで腰をさすっているジローを見つけたのと同時に、ジローの目の前で座り込んだまま顔をしかめてぶつかってきたことになるのだろうジローをにらんでいるリョーマがいた。 ジローの後ろで驚いたように駆けつけてきた跡部の姿を、座り込んでいたリョーマが見上げて気付く。 「あれ……あんた、氷帝の跡部さん」 ジローに次いでの跡部の登場に、リョーマは驚きながら名前を呼んだ。呼ばれた跡部は、中腰になってジローを助け起こしながら「ジローが迷惑かけたな」と苦々しそうに言った。 制服についた砂埃を払いながら、リョーマは立ち上がると、しゅんと肩を落としてこちらをうかがっているジローを睨んで口を開いた。 「……いきなりぶつかってきて、何なの?ちゃんと前見て歩いてよ」 「ご、ごめんねっ。慌てて全然見てなかった」 つんけんした態度を隠さずにはなしてくるリョーマに、ジローは悪いと思っているのか眉根をさげて弱弱しげな態度で沈んだ表情をしている。氷帝ではみなジローを甘やかしがちな部分もあるせいか、こういう風に正面切ってきつい態度をされるとどうしたらいいか対処しづらいのだろう。 すっかり意気消沈してしまったジローを見遣って、跡部は仕方なさそうに口を開いた。 「悪かったな、越前。こいつはひとつのことしか見えてない節があるから……今度から気をつけて首根っこちゃんとつかんでおくぜ」 「っ、ひどいC〜跡部!」 跡部の言い草にひどいひどいと言い募るジローの子供のような姿に、すこし怒っていたリョーマも気が抜けたのか、呆れたような顔でジローを見つめている。 「もういいや。なんか、どうでもよくなった」 肩をすくめて言うリョーマに、ジローは呆れたからということに気付かないでにこにこと笑って「許してくれて、ありがとう〜!」と言っている。悪気も、結局へこたれてもいないジローのようすにリョーマも追及する気はなく、すこしだけ口の端に笑みを浮かべて「べつに」と言った。 「ところでなんでそんなに急いでたの?氷帝のひとって、あんまりここらへん来ないでしょ」 問われたジローは、行きたいといっていたスポーツ用品店が青春台あたりにあることを口に出すと、リョーマが首を傾げた。 「そこって俺も行ってるとこかな……。不動峰の人とかも来るし」 「えっ! ほんと?」 「たぶん。品揃え良いなら、青春台あたりではそこだとおもうよ」 頷いてリョーマがそう言うと、ぱあっと笑顔になったジローは突っ立ったままだったリョーマの手を取って歩きだす。危うく転びかけたリョーマは「ちょっと!」と大きな声を出した。 「意味、わかんないんだけど。俺に来いってことなわけ?」 「そうだよ!だって、道わかんねーんだもん」 にこにこ笑って平気でそう言ってのけたジローに、リョーマはぽかんと口を大きく開けたまま呆けたようにジローを見つめて跡部を振り返った。 「……………………」 「……付き合ってくれないか、ジローのために」 と、言った跡部と対照的にジローがそれはもう満面の笑みで手招きをする。 「はやくっ。越前くんー!跡部ー!」 とても年上とはおもえない子供っぽさと人を巻き込む自由奔放さに、さすがのリョーマも脱帽しておとなしくジローと跡部を店まで案内することにしたのだった。 用品店につくと、ジローは目当ての商品を探しにいってしまい、店の出入り口で置いてかれるかたちとなった跡部とリョーマは、双方とも疲れたように店内の椅子に座り込んだ。きゃいきゃいと店主と品物のはなしをしているジローの後ろ姿を眺めながら、跡部は横で疲れた顔をしているリョーマを見遣った。 「悪かったな。あいつ、マイペースだから」 「見ててわかる。そういう人っぽかったし。関東のときも」 溜息をついて首を横に振ったリョーマはどうでもよさそうな、ぼんやりした風体に見えて、跡部は試合以外のときは抜けてるところもあるんだな、と感慨深く感じた。一種、ジローに似ているとも思った。だから、もしかしたらジローはリョーマにたいしてああいう行動をとったのかもしれないとも。基本的にまったく興味のわかない人物は目に入らないジローだからこそ、そう思うのであった。 じっと見つめる跡部に、リョーマは振り仰いだ。 「でも、跡部さんも意外と面倒見良いよね。伊達に氷帝で部長やってないっていうか……」 「そうか?」 不思議そうな顔をした跡部に、リョーマは頷く。 「うん。ただの猿山の大将、っておもってたけど」 「猿山は余計だろ。お前なんか、雑誌に王子様なんて言われてるぜ」 にやりとからかうように言った跡部に、リョーマは渋い顔をして首を横に振った。 「もうそのはなしやめてよ。あんなの記者が勝手に書いたことなのにさ、先輩たちもいちいちからかってきて鬱陶しいんだからさ」 菊丸や桃城のからかいを思い出したリョーマは、やっとおさまってきたのに跡部によって蒸し返されたことにたいして嫌そうな顔をする。 「あんただって俺様の美技に酔いな、なーんて試合のときにかっこつけてるくせに…」 あきれ顔で言ったリョーマに、横に居た跡部は前髪を掻きあげて当然のごとく笑った。 「俺様が言うにはなんらおかしいところはない。王様(キング)だからな」 自信たっぷりの跡部のようすに、リョーマも開いた口が塞がらないようだった。 「そ、そう……。良かったね…………」 かける言葉が見つからなくてそう言ったリョーマに、跡部は満足そうに頷いた。自分に絶対自信のある跡部は、リョーマが呆れていることにも気づいてはいない。 「買ったよ〜!! ふたりともお待たせー!」 子供のようにはしゃいでいたジローが店の袋をぶらさげて戻ってきて、跡部とリョーマの傍に駆け寄る。悦にはいっている跡部と、口元がひきつっているリョーマの両方を見比べて、ジローは首を傾げた。 「おーい……。跡部?越前くん?どったの」 「いや……越前が俺様のカリスマ性がわかったようでな……さすがは手塚の見込んだ男ということだけはあるぜ」 完全に自己陶酔中の跡部に、ジローは慣れからか呆けてしまうこともなくリョーマに目をやった。 「この人……ほんとは馬鹿じゃないの」 ぼそっと言ったリョーマに、ジローは頷けなくもないかな〜と思いながら苦笑したのだった。 2:襲撃 不二に試合を申し込んだら、珍しく承諾してくれて、しかも部活が終わったらひさしぶりに菊丸がおごってくれることもあって今日はすこし運が良かったかも、だなんて柄でもないことを考えてみたからこうなったのかもしれない、と考えてみる。なぜ目の前にいる男がわざわざ青学を訪問、しかも手塚じゃなくて自分なのか。 男は困惑しているこちらのようすにも気付かないで、息継ぎを忘れたように喋ってくる。よくもそんなに離すことがあるものだ、と思いながらも八割方、聞いてない。 「……つーかさ、なんであんた来たわけ」 不二とウォーミングアップをしながらかるく打ち合いをしている最中に、手塚に「氷帝の跡部が、越前に用があると言ってきている」と言ってきた手前、断っていかないこともできずに跡部のところへと行ったわけであるが、どうにもこうにも、なぜこちらにやってきたかわからない。関わりがあったとすれば先日、ジロー・跡部とともにスポーツ用品店に行ったくらいだ。 けれど、そんな些細なことがあったからといって訪れているともおもえない。 リョーマはそんなこと思いながら跡部を見上げる。 「ああ。そうだな。本題に入っていなかったな」 リョーマの訝しげな視線に気づいた跡部が、気障にも前髪をかき分けながら口の端をあげて笑った。 「お前、このあと部活が終われば時間はとれるか?」 偉そうな口調に辟易しながらも、リョーマはうなずいた。「ちょっと遅くなるかもしれないけど、つくれないことはないよ」 「そうか。ならその時間を俺様のためにつくれ」 「は?…なにいってんの、あんた」 跡部の言葉に、さきほどまでは興味無さ気に返答していたリョーマもおもわず必死な顔で跡部を見上げる。 「言葉の通りだ。まさか、この俺様の誘いを断るのか。あーん?」 「断るもなにも……っ。なんであんたのために俺の時間を削らないといけないんだよ…。俺はあんたに用はないし、こうやって部活の途中にはなすのでジューブン譲歩してるつもり」 「じゃあさっき時間がとれるなんて言わなければいいだろ。言ったってことは、つくるつもりはあったんだろう」 跡部の勝ち誇ったような顔に内心うんざりしながら、リョーマはちいさな溜息をついた。 なんだか、変なひとに目をつけられてしまった……。 リョーマはめまいがしそうな気分になりながら、それでもなお食い下がる。無駄かもしれないとわかっていても。 「だからさあ、俺、部活中だし……いくら大会が終わったっていっても、まだ一年だし部活はあるんだ。あんたらの学校は知らないけど、あんたが時間を自由に使えるからって俺を巻き込まないでくれない?」 「なら、部活に支障がない時間にすれば問題ないな」 ぎょっとした顔で跡部を見上げるリョーマに、跡部は気にするそぶりもなく、迷いなくそう言い切った。 満足そうな顔でこちらを見下ろしてくる跡部にたいして、腹立たしい気持ちがわいてきて、リョーマは下から睨みつけた。 「じゃあ、休日にでもするつもり?悪いけど、休日も俺はテニスするから……あんたにとれる時間なんかどこにもないんだけど」 好戦的な口調で跡部にたいして時間をつくるつもりはないという態度をしめしても、跡部は顔色を変えずにふふんと笑う。 そのようすが様になるうえに、これまたむかついてしまうものだから、リョーマはどうしても引き下がろうとは思えなかった。 「なら、俺様が相手をしてやろう。これほどいいプレイヤーなんて、ないだろう?」 どうだとでも言いたげな、尊大そうなようすで跡部はリョーマを見下ろしながら言い放つ。 イエスとでも、言うべきなのか。 「あ、あんた馬鹿じゃないの?氷帝の部長だったあんたが、いまは大会中じゃないからっていって他校に肩入れしていいとでもおもってんの?」 「これは肩入れとは言わねーなあ。それとも公式試合じゃないといえど、お前は俺に負けるのが怖いのか?」 わざわざリョーマの癪にさわるような言い方をする跡部に、わかってはいてもリョーマはかちんと頭にきたのを押さえることが出来ずに眉間にしわを浮かべた。 「その自信過剰もたいがいにしといてよね。なんで俺があんたに負けるとかいうことになってんの。全国で勝ったのは俺……これからも勝つのは俺だよ。負けるのはあんただ。跡部さん」 「俺様があのときと同じのはずがねーだろ。俺様は日々進化している」 だから俺様がお前に負けるはずはない、そう言って笑った跡部に、リョーマは自分の胸の内からわく闘争心を感じた。……まんまとこの男の策に引っかかってしまったかもしれない、とおもってしまう自分がいることにも気づいていた。 「ふうん。じゃあさっそく今週末にあんたとの試合、するよ。俺が勝った時点であんたのわがままには付き合わない。いいよね?」 「ああ。俺様が負けるはずはないから、お前は俺と毎週試合するのが目に見えているけどな」 自信満々な態度をいっこうに崩す気はない跡部に、リョーマはもう溜息すらつき切ったような気さえして、普段過ごしているよりも倍の疲労を身体に感じながら跡部とテニスの試合の約束を取り付けたのだった。 3:接触 「なに、これ?」 跡部から渡された紙切れを日に透かすように眺めながら、リョーマは振り仰いだ。紙切れではなくて、遊園地のチケット、そんなことはわかっていたけれど、なんとなくそれをそのまま言うことにうなずける自分がいなくて、そんなことを言ってしまった。 「見ればわかるだろ。遊園地のチケットだよ」 「うん。だけど、なんで俺に渡すのか、よくわかんない」 すこし涼しくなった肌寒い風が汗でぬれた身体を冷やす。シャワーを浴びたいとか、はやく座りたいとかいろいろ余計なことを考えつつも、リョーマは一歩も動かずに跡部の言葉を待つ。 珍しくも言い淀んでいるようなようすを見せる跡部を眺めながら、リョーマは目を細めた。 跡部との賭けは、結局引き分けに終わった。その結果に納得できない両者だったけれど、跡部のほうが意外にも先に折れてくれた。どうしてだろう、あっちから話をもちかけてきていたのに……。 跡部の意図がわからないでいるリョーマには、考えてもその意味はわからなかった。けれどその興味が引き金になったのか、ちょっとの期間だけ、と言っていた跡部とのテニスはこうやってずるずると秋になっても続いていた。 やめよう、といえばいつでもやめれるのに、なぜかリョーマは自ら言うことはできなかった。かといって、跡部からやめようということもなかったのだけれど。 「……そうか。わからないのか」 ようやく跡部が口を開いたとおもったらそんなことで、リョーマはまったく解決になっていないと顔をしかめた。 「そんな顔するなよ。遊園地のチケットを俺がお前に渡す、お前はそれを受け取り俺と行く。なにか問題があるか?」 「大有りだね。なんで男とふたりで遊園地に行かなきゃいけないわけ?」 尊大ぶりを発揮する跡部に苛立ちを隠せずに、リョーマは髪をかき上げながらそういう。 「なんだ、女と行きたいのか」 「そーいうんじゃないよ……。俺はなんであんたがチケットを渡してくるのか、意味わかんないって言ってんの」 リョーマは跡部の胸を押すようにチケットを押しつける。行かない、といったようすに、跡部は首をかしげた。 「意味がわかったら、行くのか?」 「……考えてやらないでもないよ」つんとした態度でそう言葉をならべるリョーマに、跡部はそうか、と言ってうなずき、両手をおおげさに広げた。 「そんなの考えることもないだろ。俺様がお前をデートに誘っているっていうことだ」 「でえと?date?」 「そう。date、だ」 おもわず口の中で「date」という単語を転がして、リョーマは考えあぐねた。これってなにかの間違い?アメリカ英語と、イギリス英語の違い? 目を白黒させてぽかんと跡部を見つめるリョーマに、跡部はにやりと笑った。 「理由がわかればお前はOKなんだろ?じゃあ、これはお前が受け取るべきだな」 胸に押しつけられていたすこししわになってしまったチケットをリョーマの手に握らせて、跡部は満足そうに笑みを浮かべた。あっさりと丸めこまれるようなかたちになってしまったリョーマは、手にかんじる紙の感触を感じながら、悔しげにうなずいた。 「わ、わかったよ……行けば、行けばいいんだろ!」 チケットを眺めながら、不服そうな表情でリョーマはくちびるをかむ。 跡部と遊園地だなんて、楽しむ以前に絶対に苦労する。というか、このひとって遊園地の存在とか認識してたんだ……。 「でもさ、なんで遊園地?跡部さんとなんかイメージが結びつかないっていうか……」 首をかしげて不思議そうに問うリョーマに、跡部はふふんと鼻で笑った。 「庶民のことも知らなければキングの役目は務まらねーからな」 「…………あ、そう」 相変わらずえらそうで自信家なようすの跡部にすこし辟易しつつ、リョーマは肩をすくめた。 やっぱり、ふたりで遊園地っていうのは不安いっぱいになるのもしょうがない気がする。 4:閑話 部活帰り、自転車のうしろに足をかけて桃城の肩をつかんで、汗ばんだ身体を通り抜けていく涼しい風を感じていると桃城が振り返らずに自転車を漕ぎながら口を開いた。 「なあ。越前。お前なんっか俺に隠してることないか?」 耳元を通り過ぎていく風の音と聞き取れた桃城の言葉に首をかしげて、リョーマは桃城の顔を覗き込むように身体を動かした。 「全然意味わかんないんすけど。どういう意味っすか」 不思議そうなリョーマの声に、桃城は言いにくそうに口をもごもごさせながら、斜め上から見下ろしてくるリョーマをちらりと見る。その瞳になんだか罪悪感のような、もしくは憐れみのようななんとも居心地の悪いものが見えてリョーマはいっそう眉根を寄せた。 「はっきりいってくれないと、わかんないんすけど」 不機嫌そうなようすでリョーマがそういうと、桃城はううんとうなりながら口を開いた。 「おこるなよ、越前」 「だれをっすか」 「俺をだよ!!……おこるなよ」 「…内容によっては考えなくもないっす」 「そこは嘘でも怒らないっていえよ!!」 なんて自転車に二人乗りしながら押し問答のようなものを繰り返しながら、桃城はやっと決心がついたように表情を改めると、言った。 「お前さ、跡部さんとなんか関係でもあったりすんの?」 「は?関係って?」 不意に以前の遊園地デート(跡部いわく)を思い出してどきりとして、リョーマは早口でそう返した。そのようすに桃城自身も動揺しているのか気づくそぶりもなく、あのな、とつづける。 「俺のクラスの女子がさ、先々週に五つさきの駅のところの遊園地に彼氏と行ったらしいんだけど……そこでお前と跡部さんを見たっつーんだよ」 「………………」 思い当たる節があるリョーマはなにもこたえずに桃城の言葉のつづきを待つ。 「別にお前が跡部さんと遊園地とかいってもいいんだけどさ。……なんつーか、俺としてはちょっとさみしいわけよ」 人通りのすくない道を向かい側から近くの女子校の生徒が通り過ぎていく。 …遊園地に、男といっていることがおかしいといわれるのかとおもった。 「ごめん。なんか俺も自分で言っててよくわかんなくなってきた。ワリィ」 桃城の謝罪の言葉に、リョーマは首を横に振った。どうしてか、跡部と遊園地にいったということを指摘されるのがすこし恐ろしかった。きっと、跡部があのことをデートだなんておかしいことに表現したからかもしれない。 あの遊園地にいったことは、なんにもない。現に、べつに跡部との関係は変わってない。どうして遊園地のチケットを渡してきたのかもよくわからない。全然楽しんでいる風でもなかった。 「んー…俺も、あの人がなに考えているのかよくわかんないっす」 「跡部さんだからなあ。常人にはわかねーよなあ」 「そうっすね。意味不明なひとっすよ」 リョーマそう自分で言いながら、薄々気付き始めていることに目をつむった。テニス以外の余計なことを、考えて悩みたくはなかった。 速度をあげた自転車のスピードとともに、テニスバッグに引っかけたキーホルダーについていた鈴が鳴る。それと同時に聞こえる鐘の音に安堵して、リョーマは肩をつかむ手に力を込めた。 5:告白 テニス以外のことに気を取られてしまうだなんて思ってもみなかった。いままでの自分は、物心ついたときから、もしかしたらそれ以前からテニス中心で動いてきた。それはあの父親がそう仕向けたのだとも、自分がそう仕向けたのだともいえた。 「なァーんだ、青少年。随分気が散ってるんじゃねーか?」 視界の隅に黄色いボールが通り過ぎかけるのをラケットで捉えて、リョーマはラケットを振った。いつもならば視界の隅におくことさえ許さないとばかりにボールを捉えるリョーマがおかしたミスに、南次郎は気づいて指先で片足のすねをかきながらにやりと笑った。 「集中できねーんなら無理してやるこたァねえんだぞ」 「……集中、してるよ」 流れ落ちた汗を拭ってリョーマは首を横に振った。汗でぬるついている掌が、やけに気になった。 意固地な息子の姿に、南次郎は肩をすくめた。 「なんつってもなにより、俺がつまんないの。だからもう今日は終わり!俺ァもう引っ込むから、するならお前ひとりで壁打ちでもしろよー」 「ちょっと、親父っ」 境内から出て階段をおりながら呼んでも振り返りはしない南次郎の背中を見つめて、リョーマは帽子をとった。ぐっしょりと汗がしみ込んだ帽子を洗わなきゃいけないな、と思いながら帽子を見つめ、つい先日跡部と会ってテニスをしていたさいに言われた言葉を思い出す。 …嘘か本当かわからなかった。あのときの跡部はいつもどおりで、あんなことを言う時もいつもどおりで、自分はからかわれているのかそれとも跡部自身は本気で言っているのかまったく判断がつかなかった。いま思い出しても、考えあぐねてみてもわからない。 からかわないでくれる?と怒りをまじえて言えば、跡部は驚いたように目を見張って、口元にニヒルな笑みを浮かべて指先を頬にかすめてきた。 「俺様がそんなつまらねえ冗談を言うとおもうか?」 「………………さあ、言うんじゃないの」 頬をかすめる指先が気になって、リョーマは顔をしかめる。 「冗談じゃないなら、何なんだよ。あんた。俺のことが好きなのかよ?」 「ああ。そうだ」 間髪いれずに跡部が言い放った言葉に、リョーマはおもわず握っていたラケットを手から滑らせ落とし、食い入るように跡部を見つめた。 「……あんたって、ゲイ?」 「さあな。男に対してこういう感情をもったのはお前がはじめてだ」 自信満々にそう言い放つ跡部に、リョーマはどうも素直に受け入れられなくて、首をかしげたくなった。 「なにかの間違いじゃないの?あんたって、女好きじゃないの」 ふと頭に随分前に桃城が跡部とはじめてあったときのことの経緯を言っていたのを思い出して、リョーマは疑わしそうな視線を向けてそう言った。たしか、桃城がはじめて会ったとき跡部は他校の女子生徒をナンパしていたらしい。 「確かに女嫌いとは言わねえ。……けど、別に女好きってほどじゃねーよ」 跡部のこちらをじっと見つめる視線に、リョーマはおもわず耐えれずに、身体を後退させて首を横に振った。 「やめろよ………そういうの。すごい困る…………」 汗がじわじわと滲みだしてきて、シャツが肌に張り付いていく感じがした。緊張からか、じんわりと浸透していく水分はとまらない。 こんなときにいつもならすっと出るような強気な言葉ものどにつっかかって出なかった。……どうして、こういうときに限って。 リョーマは動揺に揺らぐ瞳を跡部に向けて、もう一度首を横に振った。 「悪いけど俺……あんたのことそういう風に見れない。こんなこと言われるなんておもってなかったし……」 悩んだ末に出した言葉を、跡部はじっと目を細めて聞いていた。 いったいどんな反応をするのだろう、とちらりとリョーマがうかがうと、跡部は意外にも口元に笑みを浮かべていた。 「かまわねーよ。俺様の魅力に耐えれるやつが男でもこの世にいるとは思えねえ。いつか、お前も俺になびくさ」 なんのダメージも受けていない跡部のようすに、リョーマは開いた口がふさがらない。 なんて、男。 「難攻不落?あーん。上等じゃねーの。お前のことは俺様が必ず落としてみせるぜ」 END:XXX 「跡部……なんて趣味してやがる。これは越前が怒るのも無理ねーな」 リモコンを操作して画面を見つめながら、宍戸はたいそう呆れたように言い放った。隣りでは、悲壮感漂う表情をした侑士がソファの上で丸くなっている跡部を憐れんだ目で見ながらつぶやく。 「ほんまやなあ。俺、ちょっと越前のことかわいそうになってきたわー」 その前では画面の前に席を陣取って先ほどから笑いながら観賞していたジローが、気力を失っている跡部にかまわず話しかけている。 「なにこれ〜。なんでこんなところまでとってんのー??ねー!あとべー!」 にこにこと無邪気に聞いてくるジローにも返事できずに、跡部はただ丸くなっている。 「枚数何枚だよ……って、これ!多すぎだろ!管理しきれるかよ!」 『俺様メモリアル(はあと)』と書かれたDVDケースの数に向日は驚きの声をあげながら跡部に向かって叫ぶが、跡部はそれすらも耳に入らない。 先程、このDVDを見つけたリョーマが氷帝メンバーがいる前で「あんたなんか一生東京湾に沈んでろ!さいっっってい!!!!!」と跡部に叫んで跡部邸を出て行ったので、完全に魂が抜けきっている。 「跡部さん……越前くんに謝ったほうがいいんじゃないんでしょうか…………」 唯一跡部を気遣うように声をかけた鳳の声も、跡部の耳には入っていない。 先輩たちがDVDを観賞しながら跡部をけなしつつ笑う姿に、鳳は跡部の心配をしつつもリョーマが先程家を飛び出してしまったのも無理ないんじゃないのかなあ、と思い肩をすくめて画面に向き直った。 「それにしても、本当にひどい趣味ですね。跡部さん」 何気なく言った言葉も跡部には聞こえていないとおもって言ったのだろう。おもわず本音をぽろりとこぼしてしまった鳳は、その瞬間跡部の肩がふるえてぴくぴくし出したことにも気付かずに、もう跡部のほうを見ることはなかったのだった。 - - - - - - - - - - 実は跡部が金の力によって撮らせたDVDの観賞でした( ´з`)ノ⌒☆. リクエストありがとうございました。なかなか難しかったです。 |