おれが黒子を好きだったはなし
「ぼくが赤司くんを好きだったはなし」の続き
すこしだけ病気ネタが出てきます
死んだりはしません

二度目の全中が終わった。昨年と同様に、帝光の勝利だった。


黒子は熱気と歓声に溢れる試合会場から抜け出すと、離れた場所にある手洗い場で頭から水を被っていた。帝光の勝利が決まった会場からは、いまだに観客の興奮を抑えきれない声が聞こえてくる。
黒子はどうしてもその歓声と熱気に耐えることができなくて、一人になりたくてここまで来たのだが、黒子は蛇口をひねろうとして鏡に映っている赤髪を見つけて顔をしかめた。
タオルでしたたる水を拭いながら、黒子は後ろで腕を組みながらたっている赤司に声をかけた。

「……赤司くん」
どうして君がここに、と言葉を最後まで言うことができずに赤司によって塞がれた。
「黒子。お前がなにをおもって抜け出したかは知らないが、表彰式はまだだ。あと20分以内には戻らなければいけないよ」
あくまで主将としてやってきたのだと、赤司は言う。
もしかして、赤司はあの光景を見ていたのだろうか。

「すみません。……ちゃんと、戻りますから。すこしだけ一人にさせてください」
振り返ることはなくなった青峰の背中をおもだして、胸が痛んだ。拳をあわすことは、もうきっとやってこない。
勝利したというのに、心は満たされていない。

「それで、一人にになったらもう表彰式には戻らないつもりか?」
「…………………」
「青峰が今年の全中優勝を導いた……仲間の活躍を、お前は喜ばないのか?」
「……そんなわけじゃ…………」
赤司の言うことは理解できた。
そうだ、喜んでいないわけじゃない。
青峰は全中のなかで才能を開花させた。もう自分のパスはいらないのではないだろうか、とおもえるほどに。
それは実際に間違っていなかったし、げんににここ数試合、青峰にパスすることも青峰からパスされることも減った。
帝光が勝つのに、自分が青峰へパスをする、ということの必要性はなくなっていたのだ。
自分のパスがなくても、青峰が放つボールはネットをくぐる。
とめる相手選手は、気力をなくしたまま。

言葉を失って突っ立ったまま顔を伏せる黒子の肩を、赤司は引き寄せて気遣うようなそぶりを見せた。
黒子にかける声は、思いのほか優しかった。

「さあ、行こうか。黒子」
「…………はい。赤司くん」



二度目の全中優勝後、それまでサボりがちだった青峰はさらに悪化してほとんど練習に来ることはなくなった。授業の方も時折サボっているらしい。
そのことを、桃井は心配そうに黒子にもらす。
黒子は心配そうな表情で相談する桃井に、苦笑していつも話しをやんわりとやめさせる。
僕がどうこうできることでもありませんよ、と。
その黒子のちらりと垣間見える寂しげで悲しそうな表情を目にしてしまう桃井は、自分では青峰を練習に参加させることもできずに無力さを痛感する。大切な幼馴染をわかってやれて、その苦しみを解放させることができない自分に。幼馴染と同じくらいバスケが好きで、仲が良くて、けれど最近疎遠になってしまっている彼の悲しみを拭えない自分に。
ただ、バスケが好きで好きで練習していただけなのに……どうしてこうなってしまうのだろう。
その桃井の心情を、黒子は察しているようで、どこか元気のない桃井に気遣わしげな視線をよこす。

「ごめんなさい。僕がもっと……青峰くんのように強かったらこんなことには…………」
「そんなことないよ……テツ君の、テツ君のせいじゃないよ」
黒子の言葉に桃井が我に返ったような顔をして必死に言い返せば、黒子は悲しげに眉根をさげる。
ああ、そんな顔、させたいわけじゃないのに。
ただ、コート上であの人と一緒に走って拳をつきあわせる姿が見たいだけなのに。
昔みたいに、バスケが楽しいって全身であらわしているあの人と――――

ごめんなさい。ごめんなさい。
ちいさくつぶやいた謝罪は誰にも届くことはない。
できるなら、マネージャーとしてだけではなく、彼らと同じコートに立ちたかった。
そうすれば、またちがう今があったのかもしれない。


今日の練習にもやはり青峰はいなくて、黒子は溜息をついて一人で基礎練習をはじめた。
体育館にはまだ人もまばらで、1軍のスタメンは誰ひとりとしてまだ姿をあらわしていない。
黙々と基礎練習をこなす黒子は、部室のほうから殺虫剤をもった緑間の姿が見えてその指にいつもの執拗なほどのテーピングを目にした。そのテーピングされている指先を見て、黒子はおもう。
緑間も青峰のように、いつか才能を開花させてしまうのだろうか。
緑間は3Pシューターだが、シュートレンジはハーフラインには及ばない。ハーフラインまでいかない3Pラインなら百発百中というレベルだが、青峰が中学生にしては桁外れたプレイヤーになってしまったのとおなじように、緑間もいつかシューターとして並はずれた才能をもってしまうのだろうか。
そのことがおそろしく思えて、黒子は身震いした。
そうしたら、いったい自分は、自分のパスは、必要なのだろうか。
それとも、もう必要なくなるのだろうか。

「……寂しい、のかな…………僕は」
てのひらの豆は、もうできても痛くない。
好きでやっているバスケのためだからだ。
けれどどうしてか、豆のつぶれた痕がいまさら疼くように赤く腫れあがった気がした。

秋の気配がにじむ、九月の末頃のことだった。



三年生になって、青峰以外のメンバーも、才能の開花とおもわれる片鱗を見せるようになり、開花させた。
バスケ雑誌ではキセキの世代とまで言われ、中学バスケ界ではこの五人が揃えば敵なし、今年の全中もおそらく帝光の圧勝で終わるだろうとまで評されるようになった。
赤司はまんざらでもないような、けれどどこか達観したような表情でその記事を見つめていたし、もともとバスケに情熱のない紫原はどうでもよさそうにその雑誌の表紙を眺めるだけったし、緑間は「人事を尽くしたから当然なのだよ」といつも通りのことを言っていたけれど満足そうだったし、黄瀬にいたっては写真のうつりが微妙、などとどうでもいいことをぼやいていた。
青峰は、そのなかでもその雑誌の記事をどうでもよさそうに、けれど悲しそうに見ていた気もした。
青峰は五人のなかで、誰よりもキセキの世代、なんて呼ばれることを望んでいなかったのかもしれない。

最近はバッシュのスキール音を聞くのが、なぜだか耳触りに感じている。ボールがネットをくぐる音も、観客の興奮した歓声も。
好きなバスケをしているのに、どうしてこんな風に感じてしまうのだろう。
コートの上に立ってパスをひとつ出すだけで、重い荷物を運び込んだような疲労感。
ボールの手触りを感じるたびに加速する緊張感。

気づけば、部活後の疲労は練習内容の濃さに関わらずひどいものとなっていった。
ときには普通の練習メニューでも途中で保健室に運ばれるレベルとなっていった。
そのころはまだ暑い時期だったから、黄瀬などには「夏バテッスかねー。ちゃんと食べなきゃいけないッスよ。黒子っち」なんてことを言われたり、緑間には「体調管理もきちんとしなければいけないのだよ」と言われた。
ただの体調不良、とおもっているのだろう。
そのなかでも赤司だけは違って、黒子がどうして練習中に体力が尽きてしまうのか勘付いていたようだった。
けれど赤司はそれを自分に聞くことはなかった。あえて放っておいているようだ。
あの赤司の考えは自分にはわからないが、きっとなにかあるに違いない。
図書館で会うことも減って、赤司と将棋をうつこともなくなった。
部活以外でキセキの世代と会うこと自体が減った。
バスケをすることが、辛くなった。


「大丈夫?黒子」

目を覚ますと白い天井が見えて、薬のにおいが鼻についた。寝ているシーツはぱしっとしていて、ベッドはかたい。
そのベッドの傍の椅子に座って本を片手に声をかけてきた赤司の姿を見つめて、黒子は瞼を伏せた。
顔色は悪かった。
「……すみません。僕が倒れてからどれくらい経ちましたか」
黒子は重い頭を枕に寝かせたまま、横で本を閉じたばかりの赤司に問いかけた。
赤司はちらりと保健室の備え付けの時計を眺めて、「六時半だよ」と短く言っただけだった。
その言葉を聞いて、黒子ははあ、と長い溜息をついて瞼をあけた。赤司は、寝ている黒子に笑いかけた。

「そう気に病むなよ。お前が倒れてしまうのは、しょうがないことだ」

赤司のその言葉を気遣ってくている、そう取れたらいいのに、黒子の頭ではその言葉を皮肉に受け取っていた。
練習中に体力が続かず、倒れてしまうようなプレイヤーだから、青峰ともああなってしまったのだと、そう言われた気がしたのだ。
ぎゅっとシーツを右手で握りしめて、黒子は赤司を見上げる。

「……こんな時間まで付き合わせてしまってすみません。僕のことなら放っておいて良いですから……赤司くんは、先に帰ってください」
勝手なことだとはおもうが、一人にしてほしかった。
起きるまで赤司は傍にいて様子を見ていてくれたのに、自分はなにをいっているんだとも思った。
けれども、これ以上、赤司といると傷をえぐられるような気がしたのだ。

「だめだよ。一人で帰らせるのは、部長の責務としていけないことだからな。体調不良の部員を放っておいて帰るほど、俺は鬼じゃないよ」
「…………ですが、」
「黒子の荷物はもう持ってきてあるから、帰れるよ。それにもうこの時間だし、先生に見つかったらうまく言っておいておくから、部活着のまま帰っていいよ」
にこりと微笑まれて、黒子は口をつぐんだ。
口で赤司に勝とうというのがそもそも間違いだった。


学校から出て、赤司とふたりきりで慣れた道を歩く。
以前ならば隣りによくいるのは青峰や黄瀬だったのだが、いまはもう一緒に帰ることも少ない。ましてや部長である赤司はひとり学校に残っていることも多いせいか赤司とともにこうして帰ることは、滅多になかった。
斜め前を歩く赤司の背中を見つめながら、黒子は口を開いた。

「どうして一緒に帰ろうとしたんですか……」
「どうして?理由をいう必要がある?」
「あります。そもそも君は、こうやって無意味なことはするとおもえません。僕と一緒にあえてふたりっきりで帰るのにも、意味があるはずです」
黒子のその言葉に、赤司はふっと微笑んで振り返る。
夜のヘッドライトが通り過ぎて、夏場よりも冷たい夜の空気を感じる。

「そうだね。意味はあるよ。今日、黒子と帰ろうとしたことに」
ただ笑っているだけなのに赤司の瞳は探るようにこちらを見つめてくる。
居心地の悪さに、黒子は身じろぎをした。

「最近、部活中に調子が悪すぎる、とおもったことはない?」
「え?……まあ、はい」
突然なにを言いだすのだろう。
「体調不良も続くだろう。……とくに、部活のときになるだろう」
心臓が早鐘を打ち始める。
やはり、赤司はなにかに気づいている?
黒子はごくりと生唾を飲み込んで、赤司を見る。
赤色の双瞳が射抜くように黒子を見た。

「黒子、お前のそれは…イップスだ」



イップス――――精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のこと。

黒子は、ディスプレイ上に表示されている文字をなぞるように見つめて、大きく息を吐いた。自分でも薄々と感じていたことだが、ここまで厄介なものだとは思わなかった。
青峰とのことからはじまって、バスケ部にいることでのストレスがプレーにまで悪影響を及ぼしてしまっているとは考えつかなかった。軽い一時的なものとおもっていたが、自体はおもったよりも重い。

「赤司くんは……よく気付きましたね」
自分でもわからなかったことを、赤司は気づいて忠告してくれた。
だから練習中に倒れても、赤司はしつこく注意することはなく、どちらかというと静観してくれていたのだろう。
いったい、いつから赤司は気づいていたのか。

「それにしても……運動障害、か…………」
背もたれに身を預けてもたれかかると、ぎしりと椅子が悲鳴を上げる。
明日からの部活、ちゃんと参加できるかどうかが不安だった。
あのあと赤司に言えば、赤司は自分で選べばいいと言った。プレーをしにくいのならば、基礎練習だけしていればいいし、それでもバスケがしたければいつも通りの練習もしていいと。それは黒子が選ぶことだ、と赤司は言った。
意外だった。赤司はいつでも聞けば正しいことを言ってくれていた。こうすればいい、こうしたら、きっとうまくいくだろう。そんな赤司の言葉。
赤司の言葉は絶対だった。実際に正しかったし、赤司の言うとおりにして後悔したことは一度もない。
いまこうやって1軍にいてバスケができているのも、赤司の言葉があってこそだった。
そうでなければ、自分ははやくにバスケから離れていたに違いない。
だからこそ、複雑だった。
あんな風に言われたのははじめてだった。イップス、そんな不安でしかないものになってしまった自分を、赤司なら一言で救ってくれるんじゃないかと、そんな期待を無意識に寄せていた。
――――黒子、お前が選べ
赤司はこちらを探るように瞳をきらめかせて、そう言った。

( やっぱり、彼は僕とはほど遠い存在なんだ。 )


バスケ部の練習にはやっぱり参加することにして、基礎練習を主にすることにした。
以前よりも休憩をとる時間が増えたことで、倒れることは少なくなり、部活のメンバーに手間をかけさせることが減って、みんなと一緒にプレーをするということよりも、みんなのプレーを見ることが増えていった。
もともとミスディレクションという技をつかうせいか、人を観察することのほうが圧倒的に多い。自分でも人を観察することにはある程度長けているつもりだし、プレーを見ればそれなりにその対象人物のバスケがわかる。
だから、見ていて余計に変わっていく青峰以外のメンバーがよくわかった。
緑間は、三年生になってハーフコートのラインから3Pを外さずにうてるようになった。
紫原は、体格もおおきくなり、圧倒的力で相手を倒せてしまうせいかオフェンスに参加することがほとんどなくなり、ゴール下のもと、ディフェンスばかりをするようになった。もともとバスケへの情熱が少なかった紫原の瞳が、もっとバスケがつまらない競技だ、といっているようだった。
黄瀬は、ますます模倣の精度があがって、青峰たちのような特殊なプレー以外のものは一度見ただけで相手以上のものを見せるようになった。
赤司は……近寄りがたかった昔よりも、さらに近寄りがたくなった気がした。
このひとたちは自分とは根本的にちがうんだ、とおもった。
それは確かに寂しいことだったけれど、心ではそれはしょうがないことだ、とおもっている自分がいる。
少し前まではみんなも「他人よりもうまい普通のプレイヤー」だった。
けどいまでは違う。「他人よりも抜きんでている特殊なプレイヤー」になっていった。
変わらないのは自分だけだった。
自分だけ、いまでも前と同じままのバスケをしている。
だから、青峰もパスを出すことも受け取ることもなくなっていったんだろうか。ひとりでコートに立つのだろうか。
自分は、帝光バスケ部にとって必要のない存在ではないのか?

ふと気がつくと、自分の目の前が影で暗くなっていることに気づいて黒子は顔をあげた。そこには汗をうっすらとかいた黄瀬が立っていて、こちらを見下ろしている。

「最近、黒子っちあんまり練習参加してないッスよねー?やっぱり体調悪いんスか?」
黄瀬は不思議そうにバスケを横わきにかかえながら聞いてくる。
その黄瀬の姿に、黒子はなんとかえしていいものか、とおもいながら苦笑した。

「ちょっと、ですよ。黄瀬くんは気にせずにどうぞ練習に戻ってください」
「えー!大丈夫なら黒子っちも練習いくッスよー。ほらほら!」
腕をつかまれて、引っ張り上げられる。ちょっと、そんな制止の言葉を黄瀬は無視してコートのなかへと無理やり引き込む。

「黒子っちも混ぜて3on3したいッスー!」
にこにこと笑いながら黄瀬が言うと、赤司が険しい顔をする。
「いいのか?黒子。体調は」
「………………微妙です」
黒子の言葉に、赤司は溜息をついて黄瀬を見上げる。
「黒子はだめだ。ほかの部員をいれて3on3をやれ、黄瀬」
「え〜なんでッスか!黒子っちだってそんなに体調悪くないみたいだし、いいじゃないッスか。それに最近ずっと黒子っちとパス練とかもしてなかったし。調整もかねてみんなしたいっておもってるッスよ」
「だめなものはだめだ。俺の言うことを聞けないのか?」

じろりと赤司がにらむと、黄瀬はようやく折れてつかんでいた黒子の腕を離した。
じゃあ、またの機会っすね、黒子っち。
黄瀬がそうのんきに言うのを、黒子は複雑な感情とともに聞いていた。
黄瀬自身が自分とパス練をしたいなどと聞くのが、こんなにも悔しいものだとはおもわなかった。
黒子のパスがなくとも、勝利をしていったのは彼らなのに、その彼らが黒子とのパス練を望むなどという言葉を聞くのがこんなにも自分にどろりとした薄暗い感情を生んでしまう。勝手に傷ついて、薄暗い汚い感情を彼らに向けてしまう自分を、最低だ、とも思う。

黒子は溜息を吐いて、またコートの外へと戻ってしゃがみこんだ。
今日はもう、彼らの練習風景を見ようとも思えなかった。彼らのバスケを見るたびに薄暗くて、自分でも嫌悪してしまう感情がわきあがりそうで、自分で自分が怖かったのだ。


全中がはじまっても、黒子のイップスは治らない。
皮肉なことにも、全中の試合中に試合に参加することも、パスがまわってくることも少ないせいか、赤司以外にその異常に気付いた者はいない。
ただ、時折こちらを静かに見つめる赤司の瞳だけが怖かった。以前のようにこんな自分を導いてくれる赤司が正しいことを言ってくれないだけに。
トリプルスコアを叩き出すスコアボードを見つめながら、コートを見つめる。
コート上の彼らは輝いて光りを放ってよく見えるのに、どうしてもその光景が自分にはもうそれが好ましいと思えなくなった。
それはもう、自分があそこに影として、いないからだろうか?

「まだ試合には無理そう?黒子」
にこりとベンチに座って試合のようすを眺めていた赤司が笑う。
猫のように細められた瞳が、試合を観戦しているのと同時にこちらを探るようにきらめいて射抜く。

「さあ…………わかりません。しばらく、試合に参加していないので」
「黒子のことだから練習は怠っていないだろうけど」
「そう、ですね……練習は、怠っていませんよ」
その言葉は嘘ではなかった。試合にでる機会が来ないとしても、毎日やる基礎練習は怠らなかった。たとえ練習をしてもうまくパスをまわすことができないかもしれない、とわかっていてもだ。
「気になるなら、出てみるか?今日の試合なら、お前を出してもいいと監督が言っていたし」
にこりと笑って赤司は黒子を誘う。
スコアボードは帝光の圧勝を示していて、これなら第4Qにはいっても追いつかれることはないだろう。
黒子は迷うように視線を泳がせていると、赤司がもうひと押しする。

「いつまでも出ないわけにはいかないだろうしね。少しくらいならいいだろう。黒子だって自分の調子を試合に出て、確かめたいだろ?」
「…………はい」


試合には黒子はたったの五分ほどしか出なかったが、思ったよりも動けていた。黒子にパスをまわせ、というのが赤司の指示だったのかもしれないのだけれど、あの五分間のなかでパスは自分にまわってきた。
誰かに投げるのが怖くて、パスを渡そうとする腕が震えてボールを落としてしまうかもしれない、とおもったがそれは杞憂でいつもよりすこしぎこちなかったかもしれないけれど、ちゃんとパスを渡せた。落とさなかった。
それでも五分間試合に出たあとは緊張感が高まりすぎて、試合に出ている選手よりも大量の汗をかいてしまった。
そのようすを緑間が不審そうにこちらを見ていたが、気付かないふりをするしかなかった。
へたなことを言えばぽろっとイップスになっていることを口に出してしまうかもしれないからだ。
タオルで汗をふく横で、赤司はこちらをすこしだけ口元に笑みを浮かべてみている。

「どうだった?」
「……見ててわかったでしょうに」
「まあ、ね。思ったよりも動けていたんじゃない。これで安心した?黒子」
スポドリを手渡されて、それをおとなしく飲む。
第4Qにはいった選手たちの攻防を眺めながら、黒子はストロー部分から口を離した。

「……でも、僕が動けても…………意味はないかもしれませんね……」
生気の抜けたような声で言う黒子に、赤司は気になって黒子の横顔を見た。
青峰たちがプレーするようすを見る目は、あまりにも寂しげで悲しそうだ。時折その水色の瞳が揺らいで、そして目が細められた。

「赤司くん。君にはとても感謝をしています。こうして、僕は帝光バスケ部の1軍でバスケをしている……あのときやめなくてよかったと、こうなってしまった今でも思っています。けど、」
黒子は赤司のほうを向いた。
水色の瞳は水面のようにも見えて、きらきらと光を反射しているようにも見える。

「それは、僕だけだったんだと思います」



全中が終わり、帝光の三連覇という快挙を成し遂げたあと、黒子から退部届が出された。
いま思えば全中の試合がはじまる前からイップスという精神面からくるものを抱えていた黒子は、はじめから退部することも考えていたのかもしれない。それでも退部することはなかったのは、単に黒子がバスケを好きだった、ただそれだけのことだろう。
黒子の突然の退部に、黄瀬は大騒ぎをし、緑間はうすうす感づいていたのか仕方がないとでもいうようなようすで、紫原にいたっては意外そうに目を丸くしただけだ。青峰は、全中が終わったあとからまったくバスケ部に顔を出していないのでまだ知らないだろう。
それか、もしくは桃井から伝わっているかもしれない。
黒子が退部届を出してきて、どこか安心している自分がいる。
自分が見出した才能が、ほかの才能につぶれていくようすは興味深くて、けれど胸にちくりとさすわずかな痛みは拭えなかった。
青峰の才能が開花して、ほかのメンバーの才能も開花して、だんだんと帝光バスケ部から離れそうになる黒子にお前はイップスなんだ、と告げたのは気まぐれだった。
実際には黒子が自分がイップスになっていると気づくのを待つことはできたし、少なくとも全中を控えているときに言う言葉でもなかったといまでは思う。
しかしあのとき、あの頃の自分はそれを黒子に告げた。
どうしてあのとき、黒子に告げてしまったのだろうか。

黒子のことは、退部届を出してからあまり見かけなくなった。黄瀬が必死に探しても、よく「見つからないッス!黒子っちぜんっぜん見つからないッス!」というだけあって、本気で姿を消しているのだろう。
まあそんな風に姿を消すことも、自分の前では無意味なのだが。
探そうと思えば、黒子のことはすぐに見つけれる。だって、黒子の才能を見出したのは自分なのだから。自分が、このバスケ部のキセキの世代というメンバーのなかにあいつを連れ込んだのだから。
けれど、黒子のことを探す気にはなれなかった。嫌いだとか、好きじゃないだとか、そういう単純な感情から来るものではなかった。
黒子のことを好きか嫌いか、どちらかで表現するとするならば、確実に「好き」である。それがどういう好き、なのかは赤司にもわからなかった。
ただ、きっと黒子はいつか自分の前に、赤司の意思ではなく黒子自身の意思によってあらわれる。そんな確信が赤司のなかには存在した。
そしてそれは、きっと遠からず、近い時期にやってくるであろう。
そのとき、黒子がまだバスケをしているかどうか、さすがに赤司にもわからないことであった。





三年生の三月上旬、卒業式も間近だというころに、なんの変哲もない学校の廊下で黒子にばったり出会った。
黒子に出会ったということは、きっとばったりではなく黒子の意思によるものなのだろうけれど。
久しぶりに真正面から見た黒子は以前と変わらず無表情で、ぼんやりとした瞳でこちらを見つめてくる。

「お久しぶりですね、赤司くん」
「ああ。久しぶり。元気だった?」
赤司の言葉に、黒子はうなずく。
「はい。無事に志望校にも合格できましたし。……赤司くんは、京都の学校に行くって聞きましたけど」
ちらりと見上げてくる瞳を見つめて、赤司は笑う。
「ああ。京都の洛山高校だ。インターハイの強豪校でね。きっと来年のインターハイ決勝に、洛山はいるよ。黒子は?」
「僕は都内の誠凛高校です。赤司くんが知っているかわかりませんが……」
「知っているよ。新設校だね」
「はい。…………僕はそこでまた、バスケ部に入ろうと思います」
「そう」
「……驚かないんですね」
黒子が目を見張って赤司を見上げる。
赤司はなにもかもわかってる、とでもいうように微笑む。

「お前がバスケから離れられないことは、俺が一番知ってるよ」

( だって、お前の才能を見出したのは他の誰でもない、俺なんだから。 )
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どうしようもなく萌えてしまう赤黒赤ちゃん。
この赤司くんと黒子くんがイメージかな。


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