ぼくが赤司くんを好きだったはなし 帝光時代のおはなし 黒子と赤司の出会いから卒業まで なるべく原作沿いにしました 青峰が練習を終えたあと、さっさと第1体育館を去ることを、赤司は緑間が指摘する前から気付いていた。緑間も、もしかしたら以前から気付いていたのかもしれないが、今日そのことを赤司にたいして口にしたとは緑間自身が気になるようなことでもあったのだろうか。 不思議そうに赤司が視線をやると、緑間は汗でぬれたシャツを脱ぎながら口を開いた。 「青峰が足を運んでいたのは第4体育館だったからな。……赤司は、気にならないのか?」 緑間は赤司のつむじを眺めながらそういうと、赤司はその視線にすこし不機嫌そうに眉を寄せて肩を竦めた。 「あのバスケ馬鹿な青峰のことだから、きっと自主練習かなにかと思ったんだけどね。まあでも、第4体育館をつかっているならすこし気になるかな」 ニィっと口の端をあげて笑う赤司に、緑間がなんのことだろう、と首をかしげると赤司は「知らないのか?」と言う。 「第4体育館の幽霊の噂さ。この前、桃井が言っていた」 「桃井か。……しかしそんなものは、噂にすぎないに決まっているのだよ」 眼鏡を指で押し上げて「非現実的なことだ」とあきれたように言う緑間に、赤司は口の端をあげる。 「それは俺も信じていないけど、そういう噂があるっていうことは確かに第4体育館には人がいるってことだろう」 「………………」 「火のないところに煙はたたない。青峰は、いったい誰と練習しているんだろうね」 ふふ、といまいち真意のつかめない笑みを浮かべてセーターを着た赤司は、うしろの長椅子でお菓子を食べていた紫原へと声をかける。 「紫原。俺と一緒に第4体育館まで行くぞ」 赤司の声に、紫原は心底面倒くさそうな顔でまいう棒を口から離した。 白いブレザーにぼろぼろとお菓子の粉が散る。 「え〜面倒くさいし……。行くなら赤ちんとミドチンで行けばいいんじゃないの?」 不満げな声に、赤司は溜息をつく。 「紫原」 拒否を許さない声色に、紫原は目を泳がせながらううんとうなると、仕方なさそうに唇を尖らして、「わかったよ〜。でもあんまり長居するのはやだから、やめてね赤ちん」と言った。 結局いつものように紫原が折れるかたちとなり、赤司は満足そうな顔をしてすっかり身支度を整えた緑間を振り返る。 「帰るなよ、緑間。お前もだ」 首根っこをつかまれて、緑間は赤司を見下ろす。最初から帰るつもりなんてなかったんだが、そう思いながら赤司につかまれてすこししわになった部分を気にしていると、赤司と紫原が荷物を手にとっていく。 そのうしろ緑間はやや納得できない気持ちを抱えながらも黙って付いていく。 ちなみに、今日のラッキーアイテムである消臭剤のスプレーも忘れずに、だ。 第4体育館につくと、そこではやはりボールとバッシュのスキール音が聞こえてくる。ドリブルをしているのだろうか。きっと青峰だろうな、とおもい入口のところに視線を赤司が向けると、そこには帝光の制服を着た少年が突っ立っていた。 後ろ姿しか見えないのに、どこか寂しげだ。 「君、」と赤司が離れたところにいる少年に声をかける前に、少年は一人で自主練習をしている青峰を見つめて体育館へとはいっていく。 「だれ〜?あれ〜」 チョコレート菓子を口にくわえながら紫原は緩んだ口調で赤司に聞くが、あの少年が誰かなんてことは赤司にだってわからない。 「さあ……。まあ、バスケ部であることには変わりはないんだろうけれど」 2軍にも3軍にもいたか覚えていないが、おそらく一度自分はこの目で同時期にはいったバスケ部の新入部員を見たから途中入部者かなにかだろう。 1軍である自分たちは2軍や3軍とは練習メニューも練習場所もちがうから会うことも少ない。だから、あの少年に見覚えがないのだろう。 第4体育館の入り口までつくと、中から青峰と少年のぼそぼそとした声が聞こえる。なにかをぼそぼそと言う少年の声と、青峰のなにか制止するような声色が耳に届く。 「青峰。最近見ないとおもったらこんなところにいたのか」 赤司はその会話を中断するかのように、体育館へと入り、青峰へと声をかけた。 赤司を含む三人の姿に、驚いたのは青峰と少年、ふたりともだった。 「赤司…………」 驚いたように名前を呼ぶ青峰に、赤司は柔らかく微笑んだ。 「お前が第4体育館へと足を運んでいたとはな。珍しいな。一緒に練習していたのか?」 人当たりのよさそうな笑みを浮かべる赤司に、少年もほっとしたように頬の緊張を緩めた。 やはり、帝光バスケ部で一年生で1軍にはいった部員となると緊張してしまうらしい。 それに、後ろには中学一年生にして180p超えの緑間やそれよりも全体的に大きい紫原もいる。体格的な威圧感なら、後ろのふたりだけでも十分にあった。 「……はい。青峰くんがこちらに来て、会ってから一緒に練習をしていました」 うかがうように赤司たちをちらりと見上げて、少年は目を伏せた。 「けど、もうバスケ部は退部しようかとおもっているので…………」 苦しそうに顔を歪めた少年は、横でそう言った少年を睨みつけるように見下ろしている青峰を見て「すみません」と小さく謝った。 「テツ!俺は別にお前に謝ってほしいわけじゃ……」 言いかけた青峰の言葉を、赤司が遮る。 「青峰」 シン、と赤司が一言言っただけで、青峰は押し黙った。なにか言いたそうにうずうずしているものの、赤司がじろりとにらむと、諦めたように口をへの字にしてつぐむ。 「バスケ部をやめる必要はないよ」 にこりと笑って少年に優しい声で言った赤司は、呆然としている少年の肩に手を置く。 心なしか、赤司の顔は楽しそうに見える。 「彼は、俺たちとは全く異質の才能を秘めているかもしれない」 異質の才能、その言葉に息をのんで少年は目の前で微笑む赤司を見つめた。 真っ赤な瞳は輝いて見え、いまいち真意の汲み取れない赤司に、少年は訝しげに眉を寄せる。 隣りにいた青峰も、すこし離れたところで待っている緑間も紫原も赤司に注目している。 「君、名前は?」 猫のように目が細められて、おもちゃを見つけた子供のようにきらめく。 その光景に引き寄せられるように、少年は声を押しだした。 「僕は黒子…黒子テツヤです」 * バスケ部をやめようか、とまで思いつめてしまったあのとき、赤司から言われた言葉は自分にとって救いとなった。 昇格試験で上がれず、自分のバスケの才能のなさに絶望をしてしまった自分は、そのときのことが嘘のような状態といまはなっている。 二年生になったいま、赤司から言われた通りの練習メニュー、パスへと特化したプレイスタイルのおかげで、自分は1軍のベンチ入りまで上がれた。半年前のドン底の状況からは考えられないことだ。 あれから、青峰が第4体育館でもらしたことのように、自分はこうやって青峰や赤司、紫原・緑間といったバスケの才能に特化したプレイヤーとおなじコートで試合ができている。 パスを受け取ってくれたときの身体にわきあがる高揚、みんなと一緒に勝てたときの幸福感――――すべてがまるで夢のように心地良い。 昼休み、いつもは一緒にお昼を食べる青峰に断って、黒子は図書室へと来ていた。1軍へとあがってからというものの、スタミナ面での問題が多い黒子にとって帝光の練習はいささかキツいものがある。 趣味であった読書も最近はあまり量を読む時間が少なくなっており、黒子はあいている時間はたまには読書でもしたい、とここに来たのであった。 目当ての本の場所を調べてその棚の付近をうろうろとしていると、見慣れた姿が目に入る。 「……黒子?」 赤司が黒子が声をかける前に気づいて、振り仰ぐ。 椅子に腰かけて静かに本を読んでいた赤司は、棚の付近でうろうろしていた黒子が目についたらしい。 自分が声をかけるよりもはやく気付かれたことに黒子は内心驚きながらも、表面上はいつもの無表情だった。 「こんにちは赤司くん。ここにはよく来るんですか?」 目的の本を手にとって赤司の向かい側の席に座った黒子は、本を机に置いて赤司を見つめる。 問いかけられた赤司は、頬杖をついて首をかしげた。 「ときどきね。黒子のほうこそ、ここにはよく来るのか?」 赤司がうすく口元に笑みを浮かべながら聞くと、黒子も先程の赤司とおなじようにやや首をかしげた。 「うーん。僕もときどきです。だから今日、赤司くんに会ったのは偶然ですね」 ぱらりと最初のページをめくりながら黒子は答える。 「そうだな。俺も本を読むことはどちらかといえば好きだが、将棋をしているほうが好きでね」 「へえ、赤司くん、将棋するんですか」 興味をひかれたように黒子が本から目を離して、文字を追っていた赤司を見る。 と、赤司も顔をあげた。 「ああ。緑間とも対戦したりね」 ニィっと食えない笑みを浮かべた赤司に、黒子は苦笑しながら肩を竦める。 「なんとなく答えはわかっているんですが……勝敗は?」 「なんだ、黒子。わかってるじゃないか。俺の全勝さ」 ふっと赤司は余裕の笑みで微笑んで腕を組む。 バスケでも成績でも常にトップを走る赤司はやはり、将棋といえども勝利しているらしい。 赤司らしいといえば赤司らしいな、と黒子は思う。 「緑間くんでも負けちゃうなら、僕がしたら瞬殺されますね」 ぽつりともらした黒子に、赤司は苦笑する。 「まあ、俺は負けたことがないし、これからも負けることなんてないとおもっているからね。そうなるとおもうよ」 さらりとそんなことを言ってのける赤司に、黒子はすこし目を見張りつつも、やはり赤司が負けるところが想像できなくて、そうですねえ、などとのんきに返事をしてしまう。 「そこは負けない、じゃないのか」 「僕、将棋ってべつに強くないですし……得意そうな赤司くんに勝てるなんておもっていませんよ。それに、君が負ける姿ってイメージがわきません」 赤司の言葉に黒子が驚きながら言うと、赤司はそれもそうだな、と言って黒子を見つめた。 「俺も、俺が負ける姿が想像できないな」 なんですかそれ、自分で言っちゃうんですか。 黒子がおかしそうにふふっとふきだして、赤司を見て口元に笑みを浮かべた。 ( 黒子も、こんな風に笑うんだ。 ) きっと青峰とかには見せているに違いない中学生らしい黒子の表情に、赤司ははじめて目の前にいる少年が自分と同じ年の少年のような気がした。 同じ学年でもクラスが違うこともあるし、基本的に部活内くらいでしか関わらないのだから、しょうがないとも思えることだった。 唐突に、そのことが頭に引っ掛かり、赤司は深くなにも思わずに言葉を口に出していた。 「明日にでも、対戦しようか。黒子」 「はい?」 「将棋。ルール、わかるんだろう?」 こてんと首をかしげてその整った顔にきれいな微笑みを浮かべながら言った赤司に、黒子はおもわずきょとんとその顔を見つめて流されるように頷いた。 「すぐに決着がつかないようにせいぜいがんばりますね」 翌日、やっぱり黒子は赤司に負けてしまっていた。将棋をするのは好きだよ、と赤司が言うくらいなのだからと黒子は思っていたが、やはり強かった。昨日はすぐに終わらないようにするなどと言ってしまったものの、実際にしてみるとやはり普通のひとと対戦するよりもはやく終わってしまった気がする。 まったく、赤司はどこまでいろんなことに長けているのやら。 すっかり決着のついてしまった盤上の駒を見つめて、黒子は肩の力ぬいて息を吐いた。どこか身体は力んでしまっていたらしい。 「緑間ほどではないけど、黒子もわりとやるほうなんだね」 機嫌の良さそうなようすに、黒子は訝しげに思いつつもはあ、と気の抜けた声を出した。 「お世辞だったらいりませんけど……」 眉を寄せて胡散臭げに見つめてきた黒子に、赤司はこまったように眉根をさげた。 「お世辞じゃないさ。本心から言ってる」 「……でも、僕はわりとすぐに負けたとおもうんですけど」 「黒子がおもってるだけだろ?」 それ以上黒子は赤司に言い返す気になれなくて、困ったように視線を泳がしていた。そんな黒子のうろたえる姿を、赤司は面白いものでも見るように見ていたのだが、それは黒子の知らないところであった。 あの頃から、少しずつ赤司との関係は以前とは違うものとなっていった。 やはり部活以外でもかかわりが一番多いのは青峰、ということには変わりはないのだけれど、その空間に少しずつ赤司が入り込み始めた。 赤司が入り込んでくるということは、赤司と仲のよい緑間や紫原も必然的に入ってくるわけで、なんだかんだ夏にはもう昼には五人で過ごすのが多くなっていった。 同じ二年生で1軍のスタメンである灰崎とは、なぜだか一緒になることは少なかった。ほかの四人も、暴力事件沙汰が多くトラブルをよく持ち込んでくる灰崎にはあまり良い顔をしていないせいか、黒子は特別気にすることもなかった。 ただ、突然現れたとおもったら人の学食のおかずを食べるのにはびっくりするけれど。 練習、授業、練習、睡眠、練習、授業、練習、睡眠。 流れていくように過ぎいく日々に、一つの変化があったのは、体育館での練習が暑すぎて春や秋に比べて体力の限界がくるのがはやくなる初夏のころだった。 いつもと同じように自主練習を終えて、いろいろと部のことを二年生ながら任されて部長となっている赤司とその補佐にあたる緑間よりも先に帰ることとなった青峰と黒子は、これまたいつもどおりコンビニに寄ってアイスを口に含んでいた。 夏の外の暑苦しい鬱陶しさにひんやりとしたアイスは心地良いもので、練習でおなかがすいていることもあり、よくこうやって買い食いをしてしまう。 今日もひんやりとした水色のソーダアイスを口に含んだ黒子は、隣りで空き袋を捨てている青峰へと視線をやった。 どこか、青峰の表情は喜色に満ちている。 「なにか良いことでもあったんですか、青峰くん」 黒子が青峰の機嫌の良さそうな、嬉しそうな横顔を見上げながら聞くと、青峰はああ、とこれまた嬉しそうな笑みを浮かべた。 「今日入部届けを出したヤツでさ、ユーボーそうなヤツがいるんだよ」 まるで自分のことのように嬉しそうに語る青峰に、黒子は首をかしげる。 「へえ、誰ですか。今日の練習に新しい人はいなかったような気もしますが」 「ああ。今日は入部届けをとりあえず出しただけだからな。でも、アイツなら俺らと同じ1軍にあがってくることもそう遠くないと思うぜ」 珍しく高く評価する青峰に、黒子は目をまるくして見つめた。 「青峰くんがそういうなら、そうかもしれませんね」 ほかのことはからっきしでも、バスケのこととなると青峰は敏感だ。 青峰が期待のできそうな人材、というのなら、その新入部員はなかなかのところまでのぼりつめてくるに違いない。 「で、誰ですか?」 そういえばまだ名前を青峰は言っていない。 再度黒子が聞くと、青峰はワリィ、と言って笑った。 「テツも知ってんじゃね?モデルとかもやってる黄瀬クンだよ。黄瀬涼太」 黄瀬涼太。 聞きなれない名前に、黒子がううん、とうなって先程、青峰がつけたモデルの部分を思い出す。 目立つ金髪に、高身長、校則で禁止されているはずの銀色のピアスを肩耳につけてる姿が思い出されて、黒子は「あ」と声を出した。 「見たことあります。彼、目立ちますよね」 たしかスポーツ万能、とも聞いたことがある。 体育の時間にサッカー部のスタメンを負かしたとかなんとか。 「スポーツ万能なのに、どこの部活にも属していませんでしたよね。バスケ部にはいることにしたんですね……なんででしょうか」 不思議そうにいう黒子の横で、青峰がうずうずとした表情で黒子を見下ろす。 そのなにか言いたげなようすに、黒子は顔をしかめた。 「…………青峰くん?なにか言いたいことでもあるんですか」 「……実はさ、黄瀬って俺に憧れてバスケ部にはいることにしたんだってよ」 へへ、と照れ隠しのように笑いながら嬉しそうにしている青峰に、黒子は呆れたような視線をやった。 「あー…自慢ですか。はいはい」 「なっなんだよテツ!嘘じゃねーからな!」 黒子のまったく信じていなさそうなようすに、青峰は顔を真っ赤にしながら怒るようにわめいた。 そんなことわかってますよ、と苦笑気味に黒子がもらすと、赤くなっていた青峰の顔がさらに赤くなる。 「僕も君のバスケは、光みたいにまぶしいっておもいますよ」 ふふ、と微笑んだ黒子に、青峰は赤くなった顔を隠しながら大きく溜息をついた。 「お前ってホント……よくそんな恥ずかしいこと言えるよな。聞いてるこっちがまいるぜ」 「そうですか?」 なんでもないような顔をして平気そうに言葉をかえす黒子に、青峰はふっと苦笑する。 「ま、テツらしいけどよ。そういうこと言うのも」 くしゃくしゃと髪の毛をかき乱されて、黒子は不機嫌そうな声でやめてくださいよ、とちいさくうめいた。 青峰の言うとおり、新しくはいってきた黄瀬は目まぐるしい成長を遂げて、たったの二週間で1軍入りを果たした。 とはいうものの、黄瀬が1軍にはいってくる前から赤司にはそれらしきことをほのめかされていた黒子たちはなんとはなしに予想はしていたこともあり、黄瀬が嬉しそうに青峰に1軍にはいったことを報告するようすをなんだか生温かいまなざしで見つめていたのだが、そのことにまだはいったばかりで青峰と1on1することにたいして闘志を燃やしている黄瀬が気づくことはない。 たびたび同系統の選手である灰崎にも1on1の相手をしてもらいたそうにしているが、灰崎自体が黄瀬にたいして1on1をするまでの興味を示していないため、その願いはあまり叶ったことがない。部活が終われば、灰崎はさっさと着替えて体育館を去ってしまうのだ。 黒子自身は、いまは黄瀬の教育係としてもはたらいて黄瀬のことを気にかけてはいるが、黄瀬自身は自分が教育係であることが納得いかないらしく、よくなぜか青峰に愚痴をこぼしている。 まあしょうがないか、と思う自分がいる。 けれど、いくら黄瀬が納得いかないといってもこの命令は赤司からのもの。赤司のいうことは今まで聞いてきたなかではすべてが正しいし、外れることはない。黄瀬の教育係になれと自分にわざわざ言ってきたのも、自分のこの独特のプレイスタイルをいずれ1軍のスタメンまで来ようとする黄瀬に先に示しておいた方が良いだろうから、ということだった。 教育係なんていうのは柄ではないけれど、なんとかやっていっている。 黄瀬はどうやらまだまだ不満そうではあるのだけれど。 「黒子。今度の練習試合にお前が2軍とともに試合に出ろ」 「僕がですか?」 珍しい赤司の言葉に、言われた黒子だけではなく近くにいた青峰や緑間も目を丸くしている。 「ああ。黄瀬と一緒に、な。これも教育係の務めだ」 黒子が練習試合に出ることは少ない。赤司がこの黒子の特殊なプレイスタイルを表に出すのをなるべく控えているからだ。切り札としてつかえるなら、温存しておくほうが良いに決まっている。 だから、赤司が黄瀬とともに練習試合にいってこいと黒子にいったことには、それなりの意味あることだとその場にいた黒子たちはおもった。 「負けたら2軍に降格。黄瀬にも伝えておけよ」 まだ体育館のなかで自主練習をしている黄瀬は、部室にいない。 赤司は黒子の肩をぽんと叩いて、にやりと笑うと外でまだ練習をしている黄瀬に帰るのを促すために出て行った。 残された黒子が、隣りにいる青峰と緑間を見つめる。 「ま、がんばれよ。テツ。お前ならダイジョーブだって」 肩に腕をまわされ青峰が安心させるように笑う。 「人事をつくしパスをいつも通り出せば負けないのだよ」 眼鏡のアーチ部分を押しながら緑間は言う。 「そ、そうですね……」 いまだに微妙な態度をとってくる黄瀬を思い出して、大丈夫かな、と思いつつ赤司の言葉を思い出して黒子は肩を竦めた。 負けは許されない。勝つことこそすべて。 帝光の理念は、練習試合にですら追ってくる。 黄瀬とともに2軍の練習試合についていった結果、黒子としてはとても予想外なことがおこった。 なにがどうしてこうなったか黒子でもよくわからないのだけれど、なぜかあの黒子にたいしてつっけんどんな態度をとりがちな黄瀬がなぜか懐いた。謎だ。 黄瀬から言わせれば、この前の練習試合の黒子のプレイを見て1軍にいるのも納得しただとか。じゃあその前は1軍とは思えないくらいに役立たずだとでもおもっていたんだろうな、とおもうとすこし複雑だった。 しかしあのとき、自分に黄瀬とともに練習試合にいくようにといった赤司はそんなことすら予想の範疇内だったようで、黄瀬が黒子に懐いて話しかけてくるようすをほかの部員は珍しげに見るのに、赤司だけはなにもかもわかっているように見つめていた。 そんな視線が黒子には居心地が悪く感じているが、どんなに影が薄くても赤司はさらっと見つけてしまうくらい観察眼が鋭いのだからそれもしょうがないのかな、とも思っている。 やはり、赤司は、不思議な人だ。 「くーろこっち!はやくはやくー!」 コートのなかの黄瀬が黒子に手をぶんぶんと勢いよく振って、基礎練習を終えていったん休もうとおもっていた黒子はその黄瀬の勢いに乗せられるように3on3に参加する。相手チームには、青峰がいる。 「なんだよ、黄瀬。お前いつの間にテツと仲良くなってんだよ?」 黒子のパスを受け取って青峰を抜こうとしている黄瀬に、青峰はにやりと笑いかけた。 たいする黄瀬は、やたらと得意げな顔で笑った。 「この前の練習試合ッスよ!黒子っちが1軍にいるのもよくわかったッス」 にこにこと笑いながら話す黄瀬に、黒子はあきれたような視線をちらりと向けて溜息をついた。 青峰はそうだろ!と自分のことのように嬉しそうに笑って黄瀬の肩に腕をまわす。 「試合んときは頼りになるんだよ、テツは。まあ1on1をテツとやるのはあんまりアレだけどなー」 「……あの、僕いるんですけど。青峰くん」 むっとしたように黒子が青峰を睨みつければ、青峰はだってホントのことだろ、と悪気ははまったくないようすだった。 たしかに青峰の言うことは当たっているし、と黒子は眉根をさげて肩をすくめた。 「ていうか試合中ですよ。……ほら、赤司くんがこっちを睨んでいますよ」 黒子の言葉に青峰と黄瀬が顧問と話している赤司を見ていると、会話中にときどきこちらを監視するように赤司が見てくる。 ゲッ!と蛙のつぶれたような声を喉の奥から出した青峰は、ぼうっとそちらを見つめている黄瀬の手中からボールを奪った。 「あっ!不意打ちッスよ青峰っち!」 あわてて黄瀬が青峰のあとを追いかける。 「ばっかやろう!赤司にサボってるとか思われたらこのくそ暑い中、外周何十周とか言うんだぜアイツ!」 「えっ!それはいやッス!」 顔を青ざめさせた黄瀬が、ひきつった口元を隠さずに言う。 赤司はたしかにバスケに関しても天才的なセンスをもっているが、それと同じくらいに練習などは真面目にやる。 赤司っちはストイックすね、と黄瀬は入部して間もないころ言ったものだが、確かにそうだとおもう。 才能も十分に恵まれているが、それに溺れることなく自分を高めるために行うたゆまぬ努力の数々。それが赤司だ。 だから年下の部長であっても、三年生は赤司のいうことには信頼を寄せる。 でなければ、二年生で強豪校の部長などやっていられない。 ( 赤司くんは、本当にすごい人だ。 ) - - - - - - - - - - 赤司くんと黒子くんの組み合わせが好きすぎて爆発。 |