13(最終話):等身大の愛の告白を、
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

残り一カ月間の、全国大会はあっという間に過ぎて行った。それは青学が練習を積み重ね、敵校との勝利をおさめ、結果的に王者立海に勝利し優勝したたことや、濃密な日々を過ごしたために時間が過ぎ行くのをはやく感じたからであった。全国大会までの期間は、リョーマ自身の人生にとっても忘れられない経験となり、深くこれからの自分の色付けになるであろうことがわかっていた。
従姉妹の菜々子に心配されながら、一時滞在のビザを申請し、リョーマは着々と全米オープンへの準備を進めていた。今日の昼過ぎには旅立つつもりで、すぐには困らない衣類などの荷物は貨物として船便で送ってしまっていた。
部屋の中には青学でつかっていたユニフォームや、授業でつかっていたノートや教科書だけがのこっている。ラケットや私物のユニフォームは、手持ちでもっていくつもりだった。
時間に余裕が出来たために、日本でしかつかえない携帯を、しばらくいないために解約しようとしたところを菜々子に、「お友達と帰ったときに連絡とるのにいりませんか?」とリョーマは言われ、ためらった末に携帯を解約するのをやめた。倫子にも、二か月ほどの滞在ならそのまま契約しておきなさいと言われたこともあったのだが。
それでも、いつもの自分なら執着のない携帯電話を解約してしまうだろうに、今回解約するのに踏みきれなかったのは、未だに未練が残っているからなのだろうと思う。自分でも、見苦しいとおもった。
もう二度とかかってくることはないし、かけることもないナンバーを後生大事にしてしまおうという自分の行動は、本当に馬鹿らしかった。本人の前でこれからは前のように普通の関係に戻ろうと宣言したようなものなのに、自分が一番そう言ったことにたいし反対の行動をしてしまっているとは。
リョーマは携帯電話を引きだしにいれて、用意した荷物を背負った。ラケットとユニフォーム、パスポートと最低限の荷物だけ入れたバッグを肩にかけて階段をおりていく。寂しそうに鳴いて、すり寄ってくる猫のカルピンをあやしながら車に乗り込んだ。空港までは南次郎が送ってくれるらしい。助手席には、仕事で忙しい倫子の代わりに菜々子が座っている。

「リョーマさん……学友のかたには何も言わなくて良かったんですか?」
菜々子の心配そうな声に、リョーマは首を横に振った。
「うん。大丈夫だよ。担任と顧問と……部活の部長には言ってるし。そんなに気にすることじゃないでしょ」
「そういうことじゃなくて……」
「大丈夫って菜々子さん。俺は、アメリカに行くこと行ったりして大げさに見送られるのは嫌なの。それに二カ月くらいすれば戻ってくるんだし」
肩をすくめたリョーマに、菜々子は迷いながらも諦めてうなずいた。菜々子は知っているのかもしれない。もしかしたらリョーマがこのまま日本に戻ってこないかもしれないことを。
倫子や菜々子、南次郎にもまだ自分から言っていないが、全米での自分の試合ぶり次第ではアメリカに残留するかもしれないはなしが封筒で送られてきたのだ。自分はそういう書類関連の管理は甘いし、自分の部屋の片づけをしてくれたときに目にしたのかもしれない。きっとそのことを懸念しての言葉なのだろう。
まだ決定していないことではあり、そういう可能性があるといって、残留の件をリョーマはだれにも伝えるつもりはなかった。

空港に向けて進んでいく車の窓から見えるいつもの景色も、数年目にすることはないかもしれない。すこしの哀愁と、わずかな痛みをじんわりと胸に感じて、リョーマは後部座席に寝転んで目を閉じた。
目にすればいろいろなことが思い出される景色を、いまは見たくないとおもった。



空港について、国際線方面へとチケット片手にひとりで歩いていた。南次郎と菜々子の見送りは、断っておいた。大げさに見送られるのが嫌だったのもあるし、全米も数日後に控えているため、精神的にも自分で整えておきたかったというのもある。長いフライトを経ればもう気持ちを切り替えれるとおもうが、テニス中心に物を考えてしまうのはしょうがない長年のくせのようなものだった。
出発前に、並んだ椅子にすわって送られてきた書類の英文を眺めながらリョーマが時間を待っていると、目の前におおきな影がさした。動かないその影に、リョーマが苛立って顔をあげると、そこにはなぜか跡部が立っていた。

「…………跡部さん?」
驚いたように名前を呼んだリョーマに、跡部はにやりと笑った。
「なんだ。その間抜け面」
かぶっていた帽子をはたかれ、リョーマはぶつぶつと文句を言いながらその手を払いのけて立ちあがった。なぜ跡部が出国日を知っているのかはわからないが、聞くのは無駄だろうし、きっとまたその人脈かなにやらで調べ上げたのだろう。
不遜な笑みを浮かべる跡部の顔を眺めながら、リョーマは呆れたように言った。
「あんたが突然出てきたからびっくりしてんの。つーかさ、なんでいるわけ?俺、誰にも今日行くこと言ってないんですけど」
「愚問だな。俺様にわからないことはがるはずないだろ」
当然のように言う跡部に、リョーマは顔をしかめた。相変わらず話しが通じない人だなあ、と思いながらも来た理由がまったくわからず、肩をすくめた。
「どうでもいいけど……あんた暇じゃん。わざわざ来ちゃうわけ?氷帝の部員じゃないやつの見送りに」
「お前が氷帝の部員だとかじゃないとかは、関係ねえな」
「…はいはい。ほんと、なんで来たの?べつに誰かに来てほしいとか、言ってないし……」
時計をちらりと盗み見て、そろそろ行かなければならない時間なのがわかった。そろそろロサンゼルス便のかたは、とアナウンスが流れ始めるころだろう。
椅子に置いたままだった荷物を肩にかけて行こうとしたリョーマの腕を、跡部がつかんだ。

「……? もう行かないといけないんで。見送り、ありがとうっす」
さらりとそう言って首を傾げたリョーマに、跡部は先程とは打って変わって、言い辛そうに口を開いた。口調はおぼつかなく、はっきりしないものだ。
そのようすに、リョーマも不思議そうに眉を寄せた。
「なんすか?はっきり言ってくれないと、わかんないっすけど」
手荷物検査の列が長くなりだして、リョーマはそれを気にしながら言った。
急かされた跡部が、不意に手を伸ばしてリョーマの頬をかすめるように撫でた。懐かしいものを見るように目を細められ、リョーマは身動きできずにごくりと息をのんだ。
跡部の表情の意味が、わからなかった。どうしてそんなに優しい瞳で見てくるのか――――
リョーマはその表情に気を取られて驚いている間に、跡部はさっきとは違うはっきりとした口調で言った。

「全米、がんばれよ。この前のときみたいに、お前はお前らしいプレーをすればいい。お前のテニスも、俺は好きだぜ」
思いがけない言葉に、リョーマは驚いて跡部を見返す。
「跡部さ……」言いかけたリョーマの言葉を、跡部がふさいだ。
「ほら。はやく行けよ。じゃないとアナウンスで呼び出されるぜ?」

肩をつかまれて列に並ばされて、リョーマは慌てて振り返る。跡部はもうこちらを見てはおらず、見えるのは後姿だけだ。人が多くなってしまって列から抜けきれなくなり、跡部さん!と大きな声でリョーマがなりふりかまわず呼んでも、跡部は振り返ることはない。列を抜け出して追いかけようかとも思ったが、ロサンゼルス便の乗客を促すアナウンスが流れてしまい、リョーマはためらい、その背中を見つめるだけとなった。
残されたのは喜びと、後ろ髪をひかれるおもいだった。飛行機に乗っても、それは残っていて、跡部のあの言葉と表情は全米が終わって、リョーマがアメリカに残留することが決まったあともずっと、深くリョーマの心に残った。
けれどもリョーマが跡部に一度会って話したい、とおもうのとは裏腹に、日本に手続きのために一時帰国して氷帝にいっても会うことは決してなかった。それは跡部自身がリョーマを避けていたのか、はたまた偶然だっただけなのか。
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ながったらしいあとがきへといく? →YES!!

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