12:もう影は重ならせない
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

「それにしても、調子戻ってきたみたいでよかったな」

にこにことうれしそうに笑みを浮かべる桃城に、田仁志との試合を終えて水分補給をしていたリョーマはすこし恥ずかしそうに視線をそらして「まあまあっすね」と言ってストローを口に含んだ。
田仁志の強力打球・ビッグバンを相手にしたおかげで、きき腕はやや鈍い痛みを感じていた。その痛みをゆるゆると感じながら、大石が気を遣ってアイシングをほどこしてくれていた。大石は心配性なせいか、とても気を遣っているように思えたけど、きっと翌日には元に戻っているだろう。

いま、目の前ではダブルス2の試合をしていた。相手の打球を利用してかえすカウンター技を得意とする不二と、パワープレーを得意とする河村のダブルスだった。いまは比嘉の平古場によるハブに苦しめられながらも、ふたりがこの状況を打開しようとしているのがうかがえる。
手に汗もにぎる状況のなか、リョーマはちらりと斜め前に視線をうつした。
視線にはいった手塚は、眉間のしわをつくって試合の状況を眺めている。考え事をしているようにもおもえるしぐさから、きっとこの試合を見てなんらかのおもいを抱いているに違いない。それとも、久しぶりに訪れる青学の選手としての試合を楽しみにでもしているのだろうか。
すると、反対側のコートから一際目立つコールが聞こえてきて、リョーマは顔をしかめてそちらを向いた。隣りにいた桃城も、その音に気付いてそちらを見る。
コートにはいっている選手こそちいさくしか見えないが、まわりを囲むように氷帝コールをあげている部員はやたらと目立つ。氷帝!氷帝!ときれいにそろった野太い声に、それを当り前のように授受している選手も選手だろう。このコールをはじめたのはあの跡部らしいが、性格に見合った派手な演出にはいつも舌を巻いてしまう。
もっともそれは、勝敗には関係ないのだが。

「相変わらずだな〜。全国でも氷帝コールってかぁ?跡部さんも好きだよな……」
なかば呆れたように言う桃城に、リョーマもうなずいた。他校であるし、青学である自分は関係ないのだが、あのパフォーマンスにははじめはかなり驚かされたものだ。
「ほんとっすね。相手の学校も気の毒…」
肩をすくめてつぶやいたリョーマに、桃城は苦笑いをしてうなずいた。桃城も都大会での氷帝コールを思い出しているらしい。それに、あのときはじめに試合していたのは桃城だ。きっと苦い思いをいまおもいだしているのだろう。

たくさんの部員が囲んでいるフェンスのなかに、リョーマは跡部の姿を見つけて、昨日のこと思い出した。昨日は多少の錯乱で気がつかなかったが、自分はかなり恥ずかしい姿を跡部に見せてしまっていた。もしあれを桃城に見られていたら、桃城は部活の先輩であるし、性格的にも信頼しているからたいしてなにも思わなかったけれど、相手が跡部だと胸中にのこるのは複雑なおもいばかりだ。跡部が馬鹿にしたりしなかったのも、原因のひとつではある。あんな風に真面目に受け取りこたえてもらっては、言った側も恥ずかしくおもうのはしょうがないことだ。
――――手塚のように、お前のテニスには魅力を感じる。
この言葉は純粋にうれしくて、跡部が真摯に言ったことも含めて、すこし気恥しかった。手塚のように…手塚のような、と言われてうれしくなった。南次郎のコピーとか、いまのおまえはまだまだだめとか、いろいろなことを言われ続けてきたことがあるなかで、嘘をついていない跡部の言葉は少なからずこれからの自分の行動への裏付けになっていくだろう。
これからのことは、竜崎にも、手塚にも話さなければならない。手塚が部長だからという理由にくわえて、自分の感情による勝手なふるまいに巻き込んでしまったこともあるからこそ。

いつのまにかダブルス2の試合は佳境をむかえていて、試合がかなり進んでいた。追い詰められているのは、青学だった。平古場のハブに、悪戦苦闘しているようだった。
その試合のようすを難しい表情で見つめている手塚をちらりと見て、リョーマはコートへと視線をもどした。



比嘉戦は結局、5試合とも青学の勝利となり結果は5−0のスコアとなった。リョーマ自身もはじめこそ苦戦したが、最終的にはなんとか調子を整えることが出来、田仁志にたいし勝利をおさめることができた。これも、昨日の跡部による言葉のためもあるのだろう。まさか自分が他人からの影響を受けるとは思ってもみなかったけれど、どうしてなぜだか、それは不快ではなかった。気持ちを固めることが出来たおかげで、今日のプレーがなんとかなったのだろう。

試合の帰り、リョーマは大石と一緒に話しこんでいた手塚に話しかけて「部長に用事があるんで、このあとすこし時間もらってもいいっすか」と言っていた。もちろん、気遣いのある大石はすぐに笑ってリョーマと手塚に「ああ、俺の話なら明日にでもいいから」と言って手塚と言葉をある程度交わすとすぐに去って行った。そのあたりの気配りが、大石にはある。
さらりと去って行った大石に、なかば置いていかれるようなかたちでぽかんとしていた手塚に、話しかけたのはリョーマだった。

「部長、帰りながらでいいんで……話し聞いてもらっていいっすか」
珍しく言いにくそうに言葉をためたリョーマに、手塚は訝しげに眉をひそめた。普段、相談事などはほとんどしないリョーマであるがゆえに、手塚もリョーマに相談事をもちかけるようなことを言われ、内心焦っていた。
ずれてもいない眼鏡の位置を正して、手塚ははなしを促した。

「その……竜崎先生には言ったんすけど、俺……九月のはじめのほうに、全国が終わってから、全米オープンに出ることになったっす」
リョーマの自分より短い歩幅にあわせていた手塚は、ぴたりとその言葉を聞いて歩道の真ん中に立ち止まった。いきなり足どまった手塚に、そうさせてしまった本人であるリョーマは振り返っておそるおそる「…………部長?」と呼んだ。

「突然こんなときに言って悪かったっておもってるっす……。けど、部長には先に言っておこうとおもって…………いろいろ、あったし」
珍しく殊勝な顔をして、うつむきがちにそうもらすリョーマに、手塚は我に返って動揺を隠さないでしどろもどろに「あ、ああ……そうなのか…」とぼそぼそと言った。
うわ言のようなその言い方に、手塚がそうとう混乱しているのが手に取るようにわかって、リョーマはすこしだけ心が痛んだ。たとえば、大石に同じことをいえば手塚のような状態ですまされるはずもない。きっと、もっと騒ぎたてられ、しまいにはほかの部員にさえ知れ渡っていることになっていたかもしれない。
そんなことを思いながら、リョーマが手塚のようすを見守っていると、手塚が不意にこちらを向いた。
「その……それはもう、決定したことなのか?」
「え?はい。そうっす」
昨日の夜、出場するという旨の返事をいれた封筒を書いて、その封筒を今日の朝に母親に渡したばかりだった。南次郎だとどうしても期限までに忘れてしまうんじゃないかと言う心配があるための、倫子を選んだまでだった。きっとあの南次郎とはちがう倫子のことだから、午前中には処理をしているに違いない。
「全国にはまだ…出れるんだな……」
ぼんやりと遠い目をして見ている手塚に、リョーマはうなずいた。
「はい。……俺は、青学の部員として、全国に出たいと思ったっすから」
「……俺は、お前がいると心強い。きっと、みんなもそうだ。全米、現地には行けないが、知ればみな応援したがるだろうな」
手塚はそう言ってわずかに微笑んだが、手塚は本当はどうおもっているのだろうか。かなり動揺したようにおもえるが、それは自分が全国に出れないかもしれないと思ったからなのか、それとも、別の意味でも動揺してしまったのか――――
聞きたいけど聞けないと、リョーマは切実におもった。聞いてしまえば手塚がなんと言うのかが、怖かった。
確かにあの日自分がセックスをしようと誘ってしまったせいで、続いてしまったこのはっきりしないだらだらとした関係だったが、あの日の行動の理由が過去にある出来事だけが理由とは思えなかった。なぜだかいまはっきりとわかるのは、おそらく自分はこの目の前にいる男を好いていたのだろうということだった。
それは男自身のテニスから興味がわき、きっとその強さゆえに、惹かれて、過去に突き動かされ、あのような行動をいたしてしまったのだと思う。
手塚はたびたびそのことを悔いているように思えるが、自分にとっては手塚にまったく非はないとおもっていた。もう九月の半ばには日本にはいないこともあり、手塚との関係はきっちり清算し、手塚には謝らなければならないとも考えていた。

「部長……俺は、あの日、部長とセックスしたこと、後悔とかしてないっす」
リョーマの突然の言葉に、またもや手塚は驚いて目を見張った。
「俺の勝手な行動で……部長を振りまわしていたことは…謝ります。けど、あの日のことはべつにからかいだとか、冗談だとか、そんな簡単なきもちでしたことじゃないっていうことは……信じてほしいっす」
「越前…………」
「上手く言えないけど……俺は、あんたのテニスが好きだし、それだけじゃないことは確かなんだ。たぶん……俺はあんたのことが、好きだったから…………」
苦しげにそうもらすリョーマは、目を見張ったまま硬直している手塚を見上げた。この言葉は、自分でも今更すぎるとおもう。もっと。もっとはやくに自分で認識していれば、また、なにか違っていたのかもしれないというのに。
「最後まで勝手ですみません。さっきのことも含めて、俺は言わなきゃいけないっておもったんで……」
手塚の瞳が揺らぎながら、瞬く。
「えち、ぜん……。俺は…」
悲しげにゆがんだ手塚の顔がリョーマの目に入り、リョーマは胸が痛んだ。やはり、自分は手塚をあの日から傷つけてしまっていたのだろう。
「大会……がんばります。俺に出来るのは、青学を優勝に導くことだけだから………」
てのひらを危うく手塚に伸ばしかけて、リョーマはそっとその手を戻してそう言った。手塚に手を伸ばすことは、もう許されない。これからは、ただの先輩と後輩という関係だけに――――

目頭があつくなって、おもわずにじみ出そうになった涙をひっこめる。泣いてもいいのは自分ではないのだと、リョーマは強く感じていた。
- - - - - - - - - -
手塚そこで押し倒しちゃえよ!って書きながら思っていたり。
思っていなかったり。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -