11:優しい人 跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ 結局リョーマは、全米オープンのことを竜崎にも、部員の誰にも言いだせることはなく、全国大会を迎えてしまっていた。関東大会を優勝したことによりシード校として、六角VS比嘉戦にて勝ち残った学校と青学は戦うことになるのだが、本日午前の試合結果により以前一度戦った六角ではなく、沖縄の比嘉中となった。青学の部員は、比嘉中のプレイスタイルを懸念し、六角の無念を晴らすためにも、と比嘉戦にたいしとても意気込んでいた。 そんな中、リョーマ自身も比嘉戦を楽しみにするなか、やはり全米オープンのことがたびたび頭によぎり、どうしても集中力にかけてしまうのであった。それは練習中にもにじみ出ていたのか、一緒にテニスコートでラリーをしていた桃城が顔をしかめてボールを打つラケットを下げた。 「おい。越前……お前全然集中できてねえぜ」 桃城の言葉に、リョーマは帽子をかぶりなおしてかぶりを振った。 「何言ってんすか。比嘉戦は明日っすよ」 「だからだよ。こんな状態でラリー続けたって意味ねえよ。もう暗くなってきたし、ちゃっちゃと帰るぞ」 頭をおおきなてのひらでニ、三度軽くたたかれ、リョーマは叩かれたところを手で押さえながら恨みがましそうに視線を向けた。桃城の言葉が正しすぎて反論することができなかったのだ。 それでも結局、素直に帰ることにしたリョーマに、桃城もそれ以上言うことはなく、ただ安心したように笑って荷物を持ち上げた。ついでに突っ立っていたリョーマのラケットもなおし、にかっと笑みを浮かべる。 「なに悩んでんのかしんねえけどさ、俺でよかったらなんでも言えよ。頼りねーかもしんねえけど」 桃城の言葉に、リョーマは照れくささを感じつつ帽子を眼深にかぶった。そんなリョーマを横目で見ながら、桃城は先輩としてリョーマの照れたような様子に、なんだか嬉しく感じていたのだが、テニスコートから出て階段をくだっていたらその笑みもかたまってしまう。 階段下の道路わきに、なぜか跡部が腕組をして不機嫌そうに立っていた。そばには黒塗りの高級そうな車が待機している。 咄嗟になぜか避けなければ、と考えた桃城はリョーマの首根っこをつかんで戻ろうとしたのだがすでに遅く、足音に気付いた跡部が上をみあげて桃城とリョーマを視界にいれるほうが早かった。 跡部の姿を目にしたリョーマも、驚いたように跡部を見つめてうろたえる。 「あ、跡部さん?」 不思議そうなようすのリョーマに跡部は車に乗れとばかりに、階段の中段にいたリョーマのもとまで行って、腕を引っ張る。 跡部の突然の出現に呆気にとられていた桃城もやっと我にかえって、慌てて片方のリョーマの腕をつかんだ。 「ちょっと跡部さん!何なんすか!」 こんな重要な時に試合にでるメンバーを、敵になるであろう跡部に持っていかれては困る、ととめた桃城に、返事をしたのは聞かれた跡部ではなくリョーマだった。リョーマは「ごめん。跡部さんに用があって待ち合わせしてたの忘れてたんすよ」と言って両方の腕を振りほどく。 リョーマの言葉を桃城はうなずきながらも、嘘だと思い聞き直そうとするが、リョーマはその前に跡部の腕をとって、桃城に引きとめられる前に階段をさっさと降りてしまう。 置いていかれるかたちになった桃城は、リョーマの後ろ姿を見ながら声をかける。 「おい!越前!」 「桃先輩、明日!明日の試合前、俺んちに迎えにきてくださいよ。おねがいっす!」 いつの間にか跡部に腕をひかれるようなかたちになったリョーマは車に乗り込みながら振り向きつつ、大声でそう言った。車のドアが完全に閉まりきる前にちらりと見えた桃城の表情がとても心配そうで、けれど踏みだしきれないその表情にリョーマは申し訳なくなったのだが、跡部が桃城の前でなにか余計なことを言いだすかもしれないという可能性も否定しきれないために妥協したのだった。 リョーマを乗せたあとに、反対側のドアから乗り込んできた跡部は、むっつりと黙り込んだまま腕組をして口を閉ざしている。用があるならしゃべってくれないとわかんないんだけど、と思いながらリョーマは口を開いた。 「あのさ……わざわざ待ち伏せまでしてなんか用でもあんの?」 なぜ跡部が自分のいる場所がわかったかについては追及しないとして、なぜ待っていたかについては聞きだしたいと思った。先日の合宿での事といい、跡部の自分にたいする態度には理解しがたい箇所が多々あるのだ。 じっと探る様な視線を向けてくるリョーマに、跡部は逸らすこともせずに見返してやっと口を開いた。 「……全米オープンに招待されたそうだな。全国はどうするつもりだ?」 「なんであんたが…………」 「調べようと思えば、開催前の大会の出場選手なんてわかる。ましてや特別枠のお前でも、情報なんてどうにかして引きだすことはできる」 「……出場するにしても、辞退するにしても、あんたに言わなきゃいけない理由なんてないじゃん」 青学の人間にすらいえていないことを、ましてや他校の選手である跡部に言うはずもない。そんなことを、跡部は分からなかったとでもいうのだろうか。 「どうやらあの様子だと、桃城もこの件についてはまったく知らねえようだな。……もしかして手塚も、知らないのか?」 「顧問にも言ってないし、部長にだって言ってない。ねえ、あんたちょっと人の事情に足突っ込みすぎじゃない?」 自分でも迷いごとであった全米オープンのことを跡部に躊躇なく口に出され、リョーマは苛立っていた。跡部に返す言葉も、どこかとげとげとしている。 苛立ちを隠さないリョーマの態度に、跡部はなにも文句を言うことはなかった。 「そんなことは関係ねえ。俺が知りたいのは、お前が全国を途中で抜けて全米に出るのか、それとも全国を終えたあとに全米に向かうのかだ」 「だから……俺はまだ決め切れてないんだって!こんな状態の俺が全国に出て……部長から言われたことも……果たすことなんて……」 桃城に言われたように、いまの自分のコンディションはよくない。最悪とまではいかないが、明日の試合で勝利をあげるには調子が戻っていなさすぎる。それを竜崎や部員はなんとかなるだろうと踏んでいたようだけれど、正直なんとかなるとも思えない。自分では気持の切り替えははやいほうだと思っているけれど、それは自分の認識の間違いだったと知った。大切な試合を前に、大会以外のことでこんなにも惑わされてしまっている。 思いつめた表情で声を荒げたリョーマは、相手が跡部ということも忘れてすがりついた。もっともそれは、恋人のようにすがるというものにはほど遠いものだったけれど。 「どうしたらいいかわからないんだよ……!親父も、俺が決めたならどっちだっていいって言う。どちらを選んでも呆れないとか言うけど、本当はこんなことをしている俺にどう思っているのかさえ言ってくれない。決定権を委ねてくれるのは楽だけど、放っておかれるのは逆に辛いんだ…」 跡部はなにも言わずにリョーマの背中にそっと手を回す。 「青学が……部長が俺に柱になれって期待したことも、裏切りたくない。出来れば柱になりたいし、部長をテニスで倒してやりたい。全国優勝だって、最初は気乗りしなかったけど、いまは果たしたいとおもう。……でも、全米も諦めたくないんだ。けど、そうしたら俺はきっと青学の全国優勝への足手まといになる。今日だって俺は、情けないプレーをしてたんだ」 リョーマの吐露に、跡部は黙ったまま背中にまわしていた手を外した。跡部の胸に顔を預けるかたちになっていたリョーマは、跡部の顔を見上げた。 「……俺はお前のテニスが、嫌いじゃない。手塚のように、お前のテニスには魅力を感じる。全米に出るのは、きっとお前のためにもなるし、他意はなく俺は出場したほうがいいと思う」 跡部の真摯な表情に、リョーマも跡部が冗談交じりで言っているわけではないのと知る。心なしか、跡部のブレザーを掴む手に力が入った。 「迷うなよ。越前。お前なら全国を終えたあと、全米にだってきっといつものプレーで臨める。確かに今日はひどいプレーかもしれねえけど、お前はそんなことでめげるか?違うだろ」 帽子をかぶったまま、跡部に頭を押される。 「テニスを何年もやってるお前が、すこし本調子じゃないくらいで落ち込んでんじゃねーよ。お前はいつも通り無駄に生意気にしてりゃいいんだよ」 頬を手の甲でぺし、と叩かれ、リョーマは叩かれた頬を押さえた。なぜだかわずかな痛みは気にならなく、逆に跡部に勇気づけられてしまい、リョーマは気恥しさでうつむいた。 牛革のシートを見つめながら、リョーマは問いかけた。 「なんであんたさ……他校でもしかしたら対戦校相手になっちゃうかもしれない俺に、そんな助言みたいなことしちゃうわけ?仮にも氷帝の部長でしょ、あんた」 すこしずれてしまった帽子をかぶり直して、リョーマは顔をあげた。跡部は、いつもとおなじ偉そうな態度でこちらを見下ろしている。 「……あえて言うなら、お前と戦ってみたいというのもある。それに、手塚の言う柱になれと言われたお前が途中で脱落するさまは見たくねえ。お前に対する慈悲は存在しねえよ。勘違いすんじゃねーぞ」 帽子のつばをはたかれて、またずれた帽子を直しながら、リョーマは跡部を見る。なんらいつもと変わりない不遜な表情と、こちらを見下したような態度に、たしかに慈悲なんて存在するようなやつじゃないよね、と思い直しすこしだけ笑う。 「まっ…慈悲じゃなくてもなんでも、ちょっとあんたには感謝してるよ。ちょっとだけ、だけどね。ほんとにちょっと」 このくらい、と中指と親指で示すリョーマに、跡部は「もっと盛大に感謝しやがれ」と言いながら笑った。 そのとても爽やかとはいえない笑みを見ながらも、リョーマはすこしだけ晴れた気持ちに、ちょっと以上の感謝を跡部に抱いたのだった。 - - - - - - - - - - 跡リョ♀メインになりがち。 |