10:遠くで少女の泣き声が聞こえて、男は気づかぬふりをする
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

合宿最終日の帰りのバスのなかで、リョーマはポケットのなかに潜んでいる紙を引きだして、そのナンバーとアドレスを眺めながら溜息をついた。相手の意向はまったくわからなかった。
バスのなかでは桃城や菊丸が疲れ切ったのか、豪快に寝ており、大石は身体の疲労を含め心労もあったのか、寝てはいないが疲れ切った顔をしている。すこししわも増えてしまったかもしれない。
リョーマの前の席には、静かに読書をする不二の姿と、斜め前に今後の大会などの予定でも確認しているのか、竜崎から渡された書類を見ながらすこししかめっ面になっている。本当に中学生には見えない、と思いながら視線を外して窓の外へと視線を向ける。氷帝のバスは、先に出て行ってしまった。この紙を乗る前に渡してきた跡部は、なにを思って渡してきたのだろう。テニスをしたいから?それとも、関わるきっかけになったことをまたしたいとか、そういうことなのだろうか。
悶々としながら、リョーマはバッグから携帯を取り出した。紙を手元に、ナンバーを打ちながら、メール画面を起動した。



家に着くと、縁側で寝転んエロ本を眺めていた南次郎が起き上がってこちらへとやってきた。今日はさすがにテニス無理、とリョーマがそっけなく告げると、南次郎は「ちがうっつーの」と言ってリョーマの頭をかるくはたいて一通のエアメールを渡してきた。

「……なにこれ?」
「そりゃあ、中身を見りゃわかるんじゃねーか?」
にやりと笑った南次郎に嫌な予感を抱きつつ、リョーマは足元で主人の帰りを喜んでじゃれついてくるカルピンを抱き上げて階段をのぼる。家に菜々子と母親の姿はまだなかった。帰ってきていないのだろう。
部屋にはいってバッグを放り投げてから、封筒を裏返すと、そこには『United States Tennis Association』と印刷されていた。見覚えのあるそれに、リョーマは訝しげに眉をひそめる。
はさみで開けて、中の書類の文字を追っていると、そこにはリョーマを全米オープンに特別招待するという旨が書かれていた。もしかしてこの封を切る前から、南次郎はわかっていたのはではないか、とあのにやけた顔を思い出しリョーマは思った。
慌てて部屋を飛び出し、縁側で寝転がっているだろう父親の姿を探す。

「ちょっと!親父!」
怒鳴りながらリョーマが駆け込むと、そこにはへらへらと笑みを浮かべた南次郎が雑誌片手に寝転がっていた。その姿にすら腹が立って、リョーマは憤りを感じながら南次郎の袖をつかむ。
「あのさ。これ、なんなの?」
「ああ。全米オープンの招待のはなしだろ。いいじゃねーか。その年で全米オープン!」
笑いながら言う南次郎に、リョーマは苛立ちながら言い返す。
「全米オープンに出たいなんて、俺は一言もいってない。だいたい、これに出るんじゃ俺…全国大会まで出れるかわからないじゃないか!」
「んー…大丈夫だろ。たぶんな。全国は九月には終わってるだろ?そしたら九月の半ばからはじまる全米オープン、出れるじゃねーか」
「そんなっ……出れるとしても、無理がある。日にちはあって数日だろ?」
無理、と言い張るリョーマに、南次郎は老獪に笑う。
「そんなもん、どっちも出たらいいだろうが。どうせお前、いまのテニスに満足出来てねーんだろ」
「…………そんなの、」
「わぁーってるよ。俺はお前が全国大会に出たいっつうんならとめねえよ。ただ、このチャンスをくだらない理由で無駄にするとか、そういうのはなしだぞ」
「……親父」
「あとはお前が決めろ。辞退するにしても、お前が連絡入れろよ」
南次郎の言葉に、リョーマは封筒を握りしめたままうつむいた。…南次郎はきっと気付いているのだろう。自分が日本に来て、すこしずつ物足りなさを感じ始めていることを。その物足りなさを、以前はそれこそ手塚とたまに手合わせすることで補っていたが、一か月前にあんなことをしてから、よくよく考えてみれば手塚とテニスで手合わせしたことは一度もなかった。身体を重ねてしまったいまよりも、もっと手塚と距離が離れてしまった気がする。そんな風になりたかったわけではないのに。
ふと頭に重みを感じて、リョーマは顔をあげた。

「無理すんじゃねーよ。お前はお前のしたいようにすればいい」
子供の頃のように撫でられ、リョーマはおもわず真っ赤になって視線をそらした。すぐに手をはたき落とすこともできたけれど、しようとおもったらすぐに南次郎のほうから手を外した。頭の上には、まだ感触が残っている。
「……どっちを選んでも、親父は呆れない?」
「呆れるもんかよ。お前のことだろ?お前自身が決めたことなら、呆れるなんてこたぁねーよ」
そう言って笑う南次郎に、リョーマは既視感を味わう。アメリカにいたころに確か、いまのセリフと似たようなことが。
( そうだ………あの人も同じことを、日本に行く前に言っていた……。 )
浮かび上がった顔に、リョーマはすこし顔を青ざめさせた。ちらつく影を、気にしていないと思いつつも、常に気にしていた。だから、自分は手塚に対してあんなことをしてしまったのかもしれないのか。ひとつの契機となってしまったのかもしれない。
どうした?と訝しげに眉をひそめる南次郎を前に、リョーマはなんでもない、とだけ言って無理やり笑顔を浮かべた。すこしひきつっているかもしれないその笑みに、それでも南次郎は安堵して「そうか」とだけ言ってまた縁側に寝転んだのだった。
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なんじろううううぅぅうう。

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