9:かれはおとこのこ 跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ シャワーで汗を流したあとに、ロビーで手塚から借りた端のすこし曲がったテニス雑誌をぱらぱらとめくりながら、リョーマはぼんやりと考え事をしていた。なぜ跡部がわざわざやってきたのか、本人に聞きだしたい気分であったが、跡部をこの合宿中に捕まえようにも、なかなかつかまらなかった。前回はむしろあっちから出向いてきてくれたのに、自分が向かったときになぜかつかまってくれない。元々どこかに落ち着いているようなタイプには見えなかったけれど、ここまで行方がわからないと苛立ちが勝ってきてしまう。 「あれ?お前、手塚んとこの一年やないか」 聞き慣れない関西弁で話しかけられて、リョーマは顔をあげた。なんとなく聞いたことのあるような声だけど誰だっけ、と思いながら相手を見ると、そこにはよく跡部の近くにいる丸眼鏡の男がいた。長めの髪の毛はリョーマの髪と同様にすこし濡れそぼっていて、相手も風呂上がりなのだとわかる。 リョーマが軽く「ちっす」と挨拶すると相手は苦笑した。 「なんやそっけないなあ。愛想もすこしはよーせんと、女の子も逃げてしまうで」 笑いながら隣りに座って来た男に、なんで座るんだろうと思いながらリョーマはすこし身体をずらして場所を譲った。おおきに、と言って男はにこやかに笑う。なんだか胡散臭い笑みだった。 「別に愛想なんて悪くしたつもりないんすけど」 思わずそっけなくリョーマが言うと、侑士はたいして気にしていないようすで微笑んだ。 「そーいうんがそっけない、いうんや。…まあお前は一年やからなあ。まだ女の楽しみっちゅーもんを知らんのやな」 かわいそうな目で見つめてくる侑士に、リョーマはむっとして返す。 「うるさいな。誰もしたことがないなんて言ってないだろ」 敬語を捨てたリョーマに、侑士はおや、と眉をあげた。その顔はすこし楽しそうにも思える、意地の悪い笑みを浮かべていた。 「したことないとか、なんのことか俺にはわからんなあ。越前、何の想像したんや?」 「…………あんた、性格悪いね」 「褒め言葉として受け取っておくわ。単純じゃない性格も、骨があってなかなかええんとちゃう?」 さらりとした髪の毛をなびかせて、そんなせりふを言ってのけた侑士に、リョーマもおもわず口がひきつってうまく返せなかった。性格が悪いというより、とんだナルシストのような気もしてきた。跡部もそうなのだから、もしかしたら氷帝にはそんな野郎たちが多いのかもしれない、とリョーマは思う。 「跡部さんといい、あんたといい、氷帝テニス部ってちょっとおかしいんじゃない…」 呆れたようにリョーマがつぶやくと、侑士は心外そうな顔をして眉を下げた。 「その言い草はないわあ。ほんま、生意気なルーキーやな」 こつんと頭を叩かれ、リョーマは顔をしかめた。やけに馴れ馴れしいし、なによりも言ってくることがなんだかむかつく。 苛立ちながらリョーマが雑誌をもって立ち上がると、後を追うように侑士も立ちあがった。 「……なに?」 顔をしかめたリョーマが振りかえって、無愛想にそう問うと侑士は肩をすくめた。 「いや、そういえばお前と跡部って、どういう関係なんやろなーおもうて」 「なにそれ」 侑士の言葉の意味を測りかねて、リョーマは訝しげに返した。侑士はそんなリョーマに探る様な視線を向ける。 「今日、お前がホールで倒れたあとに跡部がわざわざ医務室まで行っとるからな……。仲が良いなんて聞いたこともないし、性格的にありえへんし。なんやろな、っておもって」 にこやかに笑った侑士に、リョーマは不愉快そうに眉を寄せた。 「べつに。関係があるだなんて勘ぐったあんたの勘違いじゃない?」 冷たく、生意気な物言いのリョーマにめげることなく侑士は声を荒げることはなかった。 「いーや。勘違いちゃうわ。あの跡部がどうでもいい一年ルーキーなんかにわざわざ練習時間割いたりせーへん。お前のなにがあいつの興味を惹いたんかな?」 不思議そうに問われ、リョーマはさあ、と気のない返事をかえした。跡部のことなんて、自分に聞かれても答えれることなんてない。知っているのは、氷帝の部長で大金持ちのナルシストでちょっとおかしいやつ、ということだけだ。それも、間違いなのかもしれないけれど。 あのさ、とリョーマが苛立ち混じりに言葉を発そうとしたところで、「おい!」と大きな声が割って入ってきた。侑士とリョーマが勢いよく振り向くと、すこし離れた角のさきで跡部が腕組をして立っていた。 「跡部……なんや、もうきたん?はやすぎや、お前。もっとゆっくりはいればええのに」 「うるせー。お前は黙ってろ忍足」 つかつかと目の前までやってきて、リョーマは跡部に首根っこをつかまれて引きずられる。あっという間にリョーマを取られてしまった忍足は、呆れたように跡部を見て仕方なさそうに笑った。 「こわいなあ〜ほんま。そんな警戒すんなら、お前が俺に素直に言ってくれればええんやで」 「なんでお前に言う必要があるんだよ。馬鹿か」 「関西人に馬鹿はあかん。一年のころから言ってるやん。いい加減おぼえーや」 「いちいちそんなこと覚えてられるか」 頭上で繰り広げられる罵倒(実は跡部から一方的ともいえる。)に、リョーマは呆れながら見上げる。やっぱりこのひとたち、おかしい。 「……喧嘩ならふたりでやってくださいよ。俺を巻き込まないでほしいっす」 リョーマの一言に、跡部と侑士は同時に見下ろした。 「あーん?お前なに自分無関係ですみたいな顔してやがる」 「そうや。他人事はゆるさへんで」 はあ?とリョーマは呆気にとられる。自分がこのふたりの言いあいの応酬に関係しているとか、まったくもってわけがわからない。本当に人を巻き込まないでほしい。 「とにかく。俺もう眠たいから寝たいんで。部屋に返してほしいっす」 じくじくと痛む下腹部も気になるし、とリョーマは声には出さず付け加えて跡部に申し出た。なにか反論でもされるかとおもったけれど、意外とすんなり跡部は頷いたのだった。 「ならさっさと帰れ。間違っても忍足に近づくんじゃねーよ」 「俺から近づいてないよ。あの人が近づいてきた」 「偶然会っただけや。俺やってべつに狙ってたんちゃうわ!」 あらぬ誤解をされる、と慌てて言う侑士を一瞥して、跡部はリョーマをつかんでいた衣服を離した。窮屈感から解放され、リョーマはほっと息を吐いた。 「……うん。あんたって意外だね」 ぼそりとつぶやいたリョーマの声を拾った跡部が、訝しげな顔をする。 「いや。なんでもないよ。おやすみ、跡部さん。忍足さん」 かぶり振ってリョーマがそう言うと、侑士はにこやかに手をひらひらと振って「なんや。かわええとこもあるやん」などと言っている。その横でその言葉を聞いた跡部がまた顔をしかめて侑士の横っつらをはたいていたのだが、リョーマが振りかえることはなかったのでそれを目にすることはなかった。 リョーマが部屋に戻ると、桃城と話していた菊丸が振り向いて「あ。おちび」と呼んだ。リョーマは眠気と下腹部の痛みを感じつつ、菊丸のほうに行くと、菊丸はふにゃりと笑った。 「おちびもしかしてもう眠いの?消灯まであと一時間くらいあるけど…」 ことんと首を傾げて言う菊丸に、リョーマは渋い顔をする。 「……まだあんまり体調が万全じゃないんで」 その言葉に、朝のことを再認識した菊丸は罰が悪そうにうなずいた。 「そ、そうだよね。ごめんねおちび」 朝にリョーマが倒れてしまったことに責任を感じているのか、眉をさげてしょんぼりとしたようすを見せる菊丸に、リョーマは苦笑した。 「もともと体調悪かったから……べつにもう気にしないでほしいっす」 首を横に振ってそういうと、菊丸は安心したように笑う。そして小脇に抱えている雑誌を指さすと、「それ、俺から手塚にかえしとくよ。おちびはもう寝るんだろ?」と言った。 「ああ。……いや、俺から返すっすよ。こんなに曲げちゃったし」 肩をすくめたリョーマがそう言うと、菊丸もそれ以上言うことはなくうなずいた。けれども、手塚と跡部が同室だったことを思い出し、おもわず顔は渋くなる。もう跡部も戻っているだろうし、会うとまたなにか言われ面倒くさいことになってしまうだろう。だが菊丸に行くといってしまった手前、リョーマはとりあえず部屋から出た。消灯まで一時間を切った廊下はがらんとしていて誰もいなく、みなもう部屋に戻ってしまっていることを告げている。 跡部がいないといいけれど、と思いながらリョーマは手塚たちのいる部屋へと向かった。 部屋のドアを叩いて「手塚部長いるっすか」とドア越しに聞くと、すこし間があってドアが開いた。開けたのは手塚で、すこし驚いたように目を見張ってリョーマを見下ろしている。 「これ。……ちょっと曲がったけど、破れてないっす。すいません」 ぼそぼそと謝りながら差し出してきたテニス雑誌を、慌てて受け取って、手塚はうろたえる。数日前にリョーマに対する疑念が生まれてから、まだあのことをふっきれていなかった。付き合ってなどいないのだから疑ったりすること自体おかしいとわかっているのだが、どうしてもリョーマにたいして自分にたいする行動の理由付けを期待してしまう。そして、自分自身もなぜリョーマにたいしてなんらかの理由を期待してしまうのか、よくわかっていなかった。 「いや……気にしなくていい。それより、具合は大丈夫なのか」 手塚の質問に、リョーマは苦笑する。 「ああ。べつに……。月一のモノだから、気にしなくていいっすよ。まあ今回はちょっと無理しちゃったけど」 「そうか……ならいいんだが」 手塚がそう言ったっきり、リョーマもなにも返すことはなく、手塚もなにも口に出せなかった。ただお互いぼんやりと、離さずに部屋の前で突っ立っていた。 そこに、明るい関西弁の声がかかる。 「あれ?越前、お前、部屋に戻ったのとちがうん?」 すこし離れた廊下のほうから不思議そうに聞いてきた侑士は、スリッパをぺたぺたと言わせながら首を傾げた。隣りには、明らかな不機嫌顔の跡部がいて、リョーマと手塚をにらみつけている。 「お前、さっさと部屋に戻っとけっていっただろうが。どこで道草食ってやがる」 「ちょっと引っ張らないでよ!」 シャツの後ろ引っ張られ、跡部に抱きとめられるようなかたちでよろけたリョーマは首をひねって跡部を見上げた。眉を寄せて上から見下ろしてくる跡部は、なぜか怒っているように見える。 引っ張ってくる手の力にも容赦なく、危うく転ぶところだった。 「危ないなあ。そんな力で引っ張ったら、すっ転ぶとか考えないわけ?」 「転ばなかっただろ。いいじゃねーか」 「転ぶかもしれないだろ!」 じろりとにらんで跡部を糾弾するリョーマの姿に、すっかり取り残されてしまった手塚は行き場のない手を空中に放り出したまま、困ったように眉を寄せた。 「ほんま、あいつらなんであんな仲ええねん。意味分からへん」 肩をすくめて言う侑士に、手塚は視線を向ける。訝しげな視線の手塚に、侑士は口を開く。 「なあ手塚。お前ならわかるんちゃうん?なんであいつら仲ええの?」 「そんなこと俺に聞かれてもな……」 こっちがなんなのか聞きたいくらいだ、と手塚は思う。 手塚のさっぱりわからない、とでもいう姿に侑士も諦めたようで、落胆したとでも言いたげな視線を向ける。 「女がダメなら男……っちゅーわけでもないやろな」 ぼそりとつぶやいた侑士の言葉に、手塚はあらぬ光景が浮かんで、顔をしかめたのだった。 - - - - - - - - - - 忍足ももっと出したかったです(後悔) |