8:浮かぶ、浮かぶ、浮かぶ
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

「合宿もあと二日で終わりっすね。いやー。長かった」

にこにこと笑顔を浮かべながら、食事を口に運ぶ赤也は嬉しさを隠せないようだった。テニスが嫌いなわけではないのに、そんなことを言ってしまう所以はおそらくこんなときでも一緒のチームになってしまった、真田のことがあるのだろう。案の定、その言葉を聞いた真田が顔をしかめて赤也を眺めていた。
その視線に気づかないまま、赤也は会話を続ける。
「合宿のあとは部活も一日休みだし、久しぶりに遊びたいっす…」
「なんだよー。立海のくせに合宿のあとに休みあるのかよ。うらやましい限りだぜ!まったくぅ」
唇を尖らせて、不満そうに言ったのは向日だった。自慢の赤髪のおかっぱは、この合宿の間にケアをし損ねてしまったのか、やや外に跳ね気味だった。全体的に、どの部員にも疲労の色がうかがえる。
「跡部のヤロー。あいつ、少しは休ませろよな!大会が迫っているのはわかるけど、ちょっと急かせすぎだとおもうぜ」
別枠で全国大会に出れることになった氷帝は、おそらくこのチャンスをつかって優勝をとろうと躍起になっているのだろう。ハードな練習スケジュールは、そのことが背景にある。
ぶつくさと不満を言いながら、すこし焦げすぎた卵焼きを突きながら向日がちらりと跡部たちのいる方向を見て、溜息をついた。
「氷帝が休日返上で練習しているならば、俺達もそうするのが最善かもしれん。そうだろう、赤也」
「えっ…そりゃないっすよ〜!」
ぎょっとしたように目を丸くして、赤也はへらっと笑う。真田ならば氷帝を意識して、せっかくあったはずの休日を練習に変えてしまうのもありうるだろう。内心冷や汗をかきながら、赤也は余計なことを言ったなあ、とすこしだけ向日を恨んだ。

「そんな練習ばっかしてたら、切原だって肩こっちゃうよ〜真田!」
ぽんぽんと真田の肩を叩いてにこにこと無邪気な笑みを浮かべて話しかけてきた菊丸に、真田は顔をしかめた。
「練習は、立海のテニスの向上のためにある。だいたいこの合宿で翌日休まないといけないほどの体力では、全国は勝ち残れん」
昨年度優勝校が言うと様になるな、と菊丸は思いながら「そうだね〜」と間延びした声で相槌をうった。
「でも真田がそんなしかめっつらして、仁王立ちして監視してきたら、肩こっちゃうってば。緊張で!」
まったく悪びれず、やや失礼なことを平気で本人に言い放った菊丸に、菊丸の隣りで箸を進めていた桃城が気まずそうに視線をそらした。関わりたくないのであろう。菊丸の正面で、机上で繰り広げられる会話を耳にしながらのろのろと口に食べ物を運んでいたリョーマは逆に、やっと顔をあげてふたりの様子を眺めている。

「ねー!おちびだって真田がこーんな風に見てきたら緊張しちゃうだろ?」
まなじりを指でつりあげて、怒ったような仕草をする菊丸に、リョーマは淡々と返す。
「いや。全然緊張とか、ないっす。楽勝っすね」
まったく期待していた答えとちがう返答がかえってきて、菊丸は頬をふくらました。
「そこは緊張します〜!!とか言っちゃうところだろ。乗りが悪いぞおちびぃ」
ぐりぐりと頭を撫でるように押さえつけられ、リョーマはその菊丸の手を容赦なく叩く。じろりと睨んで「痛い」と端的に言うリョーマの機嫌はよろしくないのだろう。いつもなら冷たいだけの空気が、どこかびしびしとしていて、それこそ緊張感を含んだものとなっている。
思わずたじろいでしまった菊丸が、ぱっとその手を離した。

「……………………………」
無言でリョーマが魚の身をほぐしながら、それを口に運ぶ。すっかり静まり返ってしまったこの机上で、気軽に会話を交わしているメンバーは誰もいなかった。向日や赤也でさえも口を閉ざしている。
「……おちび?」
おそるおそる菊丸が声をかける。
「……………………………」が、リョーマからの返事は全くない。
どうしよう、と菊丸が眉尻をさげて桃城を見るが、桃城も助けを求められこまったように肩をすくめた。練習以外でのいくつかの休息であるはずの食事時間に、こんな重苦しい空気は耐えがたい。
そう思ったのは向日だけではないようで、トレーをもって立ちあがった向日に付き添うように赤也も席を立った。
「トレー、片付けてくるっす」
普段ならばだらだらとおしゃべりに興じてトレーを片付けるのも食堂のホールを出るのも最後だというのに、向日と赤也はこういうときだけは素早い行動を示した。その態度に、真田は呆れて言葉も出ない。
けれどもここに向日や赤也がいたからといって、リョーマが発するこの空気を霧散出来るはずでもないので、誰も止めはしなかった。これ幸いとばかりに、赤也と向日はさっさとテーブルから離れていく。

「おっおい越前〜…英二先輩がちょっかいだしてくるなんて今更だろ?そんな怒ってんなって!」
ぽんぽんと優しく頭を叩かれ、リョーマはゆっくりと頷いた。ごめんねおちび!と菊丸も謝ろうと椅子から勢いよく立ちあがったのと同時に、リョーマの身体が傾く。

「越前!」
咄嗟に桃城が手を伸ばし、身体を傾かせたリョーマを抱きとめた。驚いたまま、リョーマの帽子を取り去って顔を覗き込むと、つりあがった猫のような目は閉じられていて、かすかに息は荒く呼吸をしている。薄らと額ににじむ汗と、それなのに青白い顔色を見て、桃城は菊丸と真田を振り仰いだ。



茹だる様な熱さが、身体を支配している。いま、何時だろう。というか、自分はいったいなにをしていたっけ。屋外のテニスコートで、桃先輩とミニゲームをしていたんだっけ。それとも、菊丸先輩にじゃれつかれて逃げている最中だったっけ。それとも、真田さんに怒られているんだっけ。それとも――――

「ああ。目が覚めたようだね…」

聞き慣れない男の声に、リョーマは自分の体調も考えずに飛び起きた。おかげで、まだ寝起きではっきりしない頭は痛みに悩まされていて、手先も冷え切っている。季節はまだ冬ではないというのに、おそろしいほど指先は温度をなくしていた。
痛みに顔をしかめて、頭を抱えたリョーマに、男は慌てたように椅子から立ち上がった。

「そんな急いで起き上がらなくても!安静にしておかないと……。油断は禁物だ」
頭を子供にするように優しく撫でられ、リョーマは自分が見ず知らずの他人に取り乱した姿をさらけ出してしまったことに気付いて、羞恥にシーツで顔を隠した。顔こそ赤くなっていないが、不満そうに唇を尖らすその姿に、リョーマが運ばれてから小一時間様子を見ていた医師もおだやかな笑みを浮かべた。

「君は運ばれたときからもう気を失っていたから覚えていないかもしれないけど、チームメイトの子たちかな?とても心配そうだったよ」
ここは合宿先の医務室なのだろう。独特の好きになれない臭いと、綺麗すぎるシーツはあまり人が使っていないことを示している。老齢の医師は、状況が読めずにいまだ目を白黒させているリョーマをどう思ったのか、幼い子供にするように優しく微笑んだ。
「さっきもね、慌てたようすで男の子がひとり駆け込んできたよ」
「…………はあ」
乱れた髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら、リョーマは気まずそうにつぶやく。なぜ急に倒れてしまったか、原因は自分がよくわかっていた。いつもならもってきている生理痛の薬をあと数粒というところで切らしかけていたのだ。限界を感じたら飲むつもりでいたが、思ったよりも自分の限界はきていたらしい。大勢の前で倒れてしまったことを思い浮かべて、リョーマは溜息をつきたくなった。いますぐに練習に参加したい気分ではなかった。
医師もすぐに戻らせるつもりはなく、指先も冷たくなってしまっているリョーマに温かな湯気を立ち昇らせているマグカップを差し出してきた。ゆらゆらと立ちのぼる湯気に、妙な安心感を覚える。
「……ありがとうございます、」
それを受け取って、ゆっくりと口に含んだ。気を使ってくれたのか、ちょうど口当たりの良い温度になっている緑茶はのどによく染みこむ。しまいには茶褐色のよく見かける饅頭までもらってしまい、リョーマは苦笑した。
不思議と食べても、気分が悪くなることはなかった。きっと、朝ごはんを十分に食べていなかったからお腹も減っていたに違いない。

「そういえば…さっき来ていたって、誰っすか。こわそーなしかめっ面した黒い帽子かぶった人っすか?」
「いや、その人は君を運んできたけど、さっき来ていた子とは違うよ」
医師はううん、と唸りながらかぶりを振る。
「ハーフかな?すこし髪の毛が金髪ぽかったしねえ」
「金髪…………?」
そんな人いたっけ、と思うが異国人らしいといえば名古屋星徳のリリデアント・クラウザーぐらいしかいない。けれどあのプラチナブロンドをハーフと表現するのは難しいし、それにクラウザーとの関わりは皆無といっても等しい。
じゃあいったいだれが、と頭に疑問符を浮かべたリョーマは「あ、」と間の抜けた声を出した。
( 馬鹿じゃないの……。……なんでわざわざ来るんだか…………。 )
頭に思い浮かんだのは、あの偉そうな男の顔だった。あの日の夜にベッドでいたしてから、ずっと話していなかった。すこしも気にならなかったわけではないけど、自分はそれ以上に気になることがあったからだ。
跡部は、どうして自分のところへとわざわざやって来たのだろうか。


「……あの。これ、ありがとうございました」
飲み終わったマグカップを差し出して、リョーマは軽くお辞儀をした。医師はにこにこと笑って、「無理はしちゃいかんよ」と言うと優しく見送ってくれた。
ほのかな甘みと、痺れる気持ちに、リョーマは顔をしかめた。どうしてこういう弱っている時に思い出すのは、いつもあの人なのかと、自分自身に問いたい気分だった。
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どう考えても跡部優勢だとおもっていました。

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