7:さて、捉えたけれど どうしたものか?
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

すこし離れたところから向けられる視線のあまりの痛さに、リョーマはずっと何か含んだ瞳で見てくる不二を睨んで顔をしかめた。そんな失礼とも取れかねないリョーマの態度にも不二は怒りを露わにすることはなく、むしろ口元にうっすらと微笑みを浮かべている。その得体のしれなさを、リョーマは不気味におもっているのだが、当の本人である不二がわかっていてそうしているのだから、性質が悪い。そよそよと吹くひかえめな風に揺らぐ色素の薄い髪の毛をなびかせて、木陰にたたずんでいる様子は絵画的な美しさを秘めている風景なのだが、リョーマにとっては一種畏怖の対象にしかならない。
昨日、跡部と待ち合わせをしていたことも知られているということもあって警戒しているリョーマは、そっと自分の姿を真田の身体の影になるように移動する。近くでは、真田がリョーマの動きを訝しげな眼で見下ろしていた。
だが、ほっとしたのもつかの間、不二の柔らかなすこし高めの声がリョーマの耳に届く。
「越前」
「……………………………」
練習はどうしたんすか。そう聞く勇気もなく、リョーマはちらりと真田のそばからそっと不二をうかがった。べつに近距離にいたわけでもないのに、不二の声は妙に大きく聞こえた。なんだかおそろしい。
「なんか用っすか。不二先輩」
リョーマはいやいやながら聞くと、不二はにっこりとほほ笑んで手招きをする。その手招きを断れないとおもっている自分を自覚しながら、リョーマはとぼとぼと不二のもとへと行きたくなさ気に歩み寄る。
不二が立っている木陰まで来ると、不二は優しく微笑んだ。

「すっごく大事な用ってわけでもないんだけど、聞いてくれる?」
「……断らせないくせに」
ぼそっとつぶやくリョーマに、不二は苦笑いをする。
「断ってくれても、いいんだよ?」
その言葉を冗談としか受け取れないリョーマは溜息をついて、肩をすくめた。
「別にいいっすよ。けど真田さんがなんか言ってきたら不二先輩も弁護してくださいよ。じゃないと俺、切原さんみたいにゲンコツくらっちゃうんすけど」
頬をふくらまして言うリョーマに、不二はすこしだけくつくつと笑い声をもらして頷いた。そんな不二の態度にも、リョーマは複雑な気持ちにしかなれなくて、いじけたように足元の小石を蹴飛ばして不二を見上げた。

「で、なんすか」
ふてくされたようにきいてくるリョーマに、不二はすこしだけ聞きづらさを感じながらも口を開く。
「昨日の、跡部とのことだよ。きみって跡部と付き合ってたりするの?」
不二の言葉にリョーマは肩を揺らして、わずかながら動揺に揺れる瞳を向けた。じっと見つめてくる瞳は夜空のようにきらきらとひかって、不二は吸い込まれそうな感覚を味わいながら、不安げな手塚の背中を思い出して、目を細めた。
たいして、リョーマは答えにくいのか否か、視線を逸らして気が進まなさそうにこたえた。
「…べつにそういうんじゃないっす。昨日は確かに待ち合わせしてたけど、付き合ってるわけじゃない」
リョーマのはっきりとした、けれどなにかを隠しているかのような口調に不二はもどかしくなる。手塚と付き合っていると、不二は個人的にこの一カ月のふたりのわずかに変質した空気にそう判断していた。けれど、昨日の跡部とリョーマ、そしてリョーマを連れて帰ってきたはずの手塚のあの落ち込みよう、なにより帰ってくることはなかった跡部、このすべてがその不二の見解を揺らがせていた。案の定、リョーマは跡部と付き合っているのかという質問にたいして、いつものような鋭く尖った刃物のような雰囲気を見せない。
動揺しているようにおもえる。

「……じゃあ。手塚とは付き合ってるの?」
「――――部長とも…そういうんじゃないっす。誰とも俺は付き合ってない」
じろりと睨んで、リョーマは迷惑そうに不二を見つめる。不二の言葉にたいする非難がありありと浮かんでいる瞳を見つめて、不二は首を横に振った。
「ごめんね。嫌な気分にさせて……」
「わかったならもうこんな質問にしないでほしいっす。不愉快だから」
引きを見せた不二にリョーマもそれ以上激しい感情をあらわにすることはなく、すこし責めるような口調で言うとやっと固くなっていた筋肉の力が抜けたようにほっと溜息をついた。
結局呼び出したものの、核心までつかめなかった不二はやや不満だった。

「でも、なんでこんなこと聞いたすか。不二先輩、こういう話題とか好きなんすか?」
リョーマの探る様な視線に、不二は苦笑する。
「好き、とかじゃないんだけどなあ……。越前は、なんでかわかる?」
逆に質問されてしまったリョーマは、うっと息をつめて首を横に振って「全然わかんないっす」と言う。
「はっきりとは僕もわかってないけど……あえていうなら、手塚のため。かもね」
ふふ、と優しく笑う不二の言葉の意味がよく理解できなくて、リョーマは首を傾げる。手塚のため、というのは不二が手塚に対してチームメイトだからということだけからではない好意を抱いている、ということなのだろうか?
訝しげなリョーマに、不二はくすくすと笑って面白おかしそうに言う。
「もしかして僕が手塚のことを好きだから、とか思ったの?」
思ったことをずばり言いあてられ、リョーマは居心地悪そうに頷いた。そうすると、また不二がおかしそうに笑う。
「うーん……。やっぱり越前はおもしろいね。他の子と発想がちがうかも」
髪の毛を撫でられて、リョーマは不二に子供扱いされたような気がしてむっとしてしまう。そういう態度こそがまさに子供なのだが、当の本人であるリョーマはまったく気づいていない。

「不二先輩のそういうところ、嫌っすね」
苛立ちながら嫌味を込めて言うと、不二はまったく気にしていないように涼しげに笑った。


リョーマが立ち去って、不二が元の場所へと戻るとそこには険しい顔つきの跡部が立っていた。きっとリョーマを呼び出して話している様子を目撃していたのだろう。こめかみには手塚のようにしわが浮かんでいて、腕を組んでしまえば完全に一致する。
それを想像すると、吹き出しそうになってしまった不二はおもわず険しい顔の跡部を前にして、笑みを浮かべてしまう。それをどう受け取ったのか、馬鹿にされているのとでも思ったのか、より一層跡部のしわが刻みこまれた。

「不二。なんであいつをいちいち呼び出したんだ。あーん?」
「越前のこと?べつに、昨日のことを聞いただけだよ」
毒気のない笑みでさらりと言う不二に、跡部は苛立ちを感じながらも続ける。
「余計なことしてんじゃねーよ。だいたいてめえには関係ねーだろ」
跡部の言葉に、不二はやけに神妙にうなずいた。「うん。まあ、関係はないよ。直接的にはね」
あっさりと認めた不二に、やはり跡部は調子を狂わせられる。あの手塚が苦戦するはずだ、と思いながら跡部は頭を抱えたくなる。厄介な人物に見られてしまったものだな、と。

「だったら引っこんでろ。これは俺とあいつのことだ」
「でも、僕は君たちのことを放っておくわけにはいかないんだ」
にこやかにほほ笑む不二の、心理が読めない。いったいなにを考えていちいち他人のことに首をつっこもうとしているのか、と跡部は不思議でしょうがない。

「なんだよ。お前、もしかして越前のことでも気になっているのか」
鼻で笑うように跡部が言うと、不二は驚いたように目を見張って、笑い声をあげた。
「あはは。君と越前は、よく似ているね。さっき、越前にも似たようなことを言われたよ」
「……………………」
「僕が手塚のことを好きなんだって。みんな、勝手なことを思うね。…男が男を好きになるなんて、ありえないとおもうけど」

ちらりと探るように向けられた視線を、跡部は逸らすことなく見据えた。その瞳の真摯さに不二は、ある種の羨望をおぼえる。――自分もこんな風に堂々とすることができたら…と。
そんな不二の一瞬の葛藤を跡部は知る由もなく、ただ見つめ返し、口を開かない不二を不思議に思うだけだった。

「お前が男を好きになるのを嫌悪しようがしまいが、俺はお前のことを好きなんてことはありえもしないから安心しろよ。不二」
跡部の不遜な言い方に、不二は溜息をついた。
「僕だって君みたいな男を組み敷くのは、趣味じゃないよ」
お前が組み敷くのか、と跡部は嫌そうな表情を浮かべて不二を見た。不二は、満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「まあ、越前だったら組み敷くのも、ためらいは少ないかもね」
ふふ、と微笑んでそうあぶないことを言った不二に、跡部はぎょっとして目を見張る。そんな跡部の表情を目にして、不二は笑う。

「僕はね……越前と君がどうして昨日、約束していたのか…とても気になる。あれはどうして?」
跡部自身も気にしていたことを不二に問われて、跡部はおもわず身を固くした。昨日のこと――リョーマとのセックスをしたことだ。
不二の嘘は許さないとでも言いたげな視線は、跡部を捉えて離さない。そして、跡部にはなぜ不二がいちいち立ち入ったはなしをしてくるのかが理解できなかった。先程の自分の考えたことが違うなら、なぜ不二はリョーマと自分の関係を問いただしてくるのか。
「不二。さっきも言ったはずだ。関係のないお前に本当のことを言うつもりも、言う理由も存在しない」
あくまで本当のことは話すことはない、と頑なに告げる跡部に、不二は諦めたように肩をすくめてしょうがなさそうに溜息をついた。

「ほんときみって越前と似てるよ。ふたりとも理由をいってくれないし」
「……あいつにも同じこと聞いたのかよ。趣味ワリィ」
思わず顔をしかめた跡部に、不二は気にしてもいない様子でうそぶく。
「越前にも、嫌がられちゃったね」
「…………変な野郎だな」
後輩に嫌われでもされたいのか、と跡部は変なやつだと思うが、そんな跡部の視界の片隅にある光景がうつって、思わず惹かれた。

「……………………………………」
妙に静かになった跡部に、不二も跡部の引き込まれた視線のさきに目を向けると、そこには手塚とリョーマが立ち話をしていた。すこし顔色の悪い手塚に、リョーマがもっていたミネラルウォーターを渡していた。
傍目から見れば、微笑ましい先輩後輩の図に見える光景を、跡部はどんな気持ちで見つめているのだろうか、と不二は感慨深く思った。
どちらを見ているのかわからないが、跡部の瞳には、まぎれもない嫉妬の色が浮かんでいた。
( 跡部。きみは…もしかして…………。 )
不二は脳裏に浮かんだことが本当のことでなければいいのだけれど、と思いもう一度ふたりの姿を見つめ直した。
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不二先輩って絶対に策士だよ…。

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