4:不愉快なおとこ
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

リョーマは以前と同じように、昨日のシャワールームでの出来事はなにもなかったかのように練習をこなしていた。確かに最後までしていないのだから、身体が疲労を訴える量は圧倒的に少ないだろう。チームメイトも誰も気づかずに、淡々とトレーニングメニューをこなしている。菊丸にいたっては、青学メンバーと一緒にいるときと変わらずに、リョーマをからかいじゃれつきながら過ごしている。
まるで猫がじゃれついてくるように、肩に腕をまわしてくる菊丸に、リョーマは重みを感じながら顔をしかめた。青学の部員でリョーマを女性と知っているのは、手塚と乾、そしておそらく不二しかいなかった。菊丸や桃城とは比較的親しいが、性別を教えるにはどうしても不安が拭えなかった。あからさまに態度を変えてきそうで、まわりにバレてしまったらと、都合が悪かったのである。
とはいっても、手塚は手塚であんなことをしてしまう複雑な関係になってしまったし、乾にいたっては女子だからといって、容赦なくほかの部員とおなじようにあの糞マズい乾汁を渡してくるのだからたまったものではない。けれどトレーニングメニューをきちんと考えてくれているのは、ありがたかった。
( 不二先輩は………………。 )
時折感じる不二からの意味深な視線や言葉は、ひやりとしたものを背筋に感じさせる。気付いているかもしれないのに、その決定的な言葉は決して口に出すことはない。不二らしいと言えば不二らしいのだが、その怖さと言ったら計り知れない。もしかしたら、本人はわかっていてそういう風にしているのかもしれないけれど。

リョーマがぼんやりとそんなことを考えながら適当に菊丸をあしらっていると、突然肩にかかる重みがなくなったように軽くなる。珍しく菊丸が察して引いたのかとおもって振り向くと、そこには見覚えのある、けれど面識はほとんどないといっても過言ではない男が立っていた。

「…………あんた、」ぼそりと声を出したリョーマに、跡部は菊丸の首根っこをつかんだまま口元の弧を描かせた。

「よお、久しぶりだな」
不遜な笑みを浮かべる跡部に、リョーマは面倒くさいひとが来たな、と顔をさらにしかめて跡部を見上げた。青学の生徒からも聞く評判は確かに間違っていなくて、顔の造作はとびきり整っている。すこし薄めの唇も、異国人のような髪色や瞳も、この偉そうな態度を足しても圧倒的に見目の美しさが勝っている。だが、リョーマは手塚の腕を潰しかけたことを思い出して、どうしても好感を持てなかった。あのプレイスタイルを突き抜けた精神力、試合運びは褒めるに値するが。
黙り込んでいるリョーマをどう思ったのか、離せ!と叫んでいる菊丸を離すと、跡部は仁王立ちしてリョーマの前に立ちふさがった。

「………何か用っすか」
先に口を開いたのはリョーマで、そのそっけない態度に不満そうに顔をしかめたのは跡部だった。ちらりと見上げるリョーマの瞳に迷惑そうな色がこめられているのを見ながら、跡部はいつもと変わらない口調で言葉を返す。
「用がなければ声をかけるわけがない。そんなこともわからねーのかよ。あーん?」
「別に俺は用ないんで」
つんとそっぽを向くリョーマに、跡部は苛立ちを隠さずに口元をひきつらせる。
「…俺はお前に用があるんだよ」
「ふーん。じゃあとっとと済ましてくださいネ」
はやく帰れといわんばかりの態度をとるリョーマに、跡部はつむじを見下ろしながらふつふつとわき上がって来そうになる怒りを押さえながらリョーマの腕をつかんだ。これには反応薄いリョーマもさすがに跡部に非難がましい視線を向けた。
「いま。練習中なんすけど………」
離してください、とリョーマは振りほどこうとするが跡部の強くつかんでいるわけでもないのに振りほどけない。必死になるリョーマに跡部は涼しい顔でつかんだまま、リョーマを引き寄せる。思わず引っ張られたリョーマは呆気なく跡部にそのままつかまってしまい、ちょっと!と大きな声をあげた。

「真田、すこし借りる」
真田の名前を呼んだ跡部は、リョーマと跡部のことは無視してトレーニングメニューをこなしていた真田に目を向けると、真田は不本意そうだが頷いた。
「ちゃんと戻ってくるならば、さして問題ない」
「ちゃんと帰すさ。べつにとって食おうとしているわけじゃない」
にやりと笑った跡部に思わず菊丸が嘘だあ、と声をあげてしまい、慌てて口を噤んだ。跡部の腕の中ではリョーマが腕を振りほどこうともがいている。さして強い力で押しとどめているわけでもないのに、ふりほどけない状況にリョーマは無駄だとわかっていても抵抗する。
いい加減あきらめないリョーマに、跡部は軽々と持ち上げて脇に抱えた。小柄で、しかも男のように筋肉隆々というわけでもないリョーマは跡部に軽々と抱きかかえられ、そのうえまわりにじっと見つめられながらということもあって、羞恥で顔から火が出そうだった。
( このクソ野郎………!絶対あとでシメる……!! )
跡部におとなしく抱きかかえられながら、リョーマはぷるぷると怒りに震えながらこぶしを強く握りしめた。


人目のあまりつかないところでリョーマはやっと解放され、とりあえず跡部との距離をとった。猫のようにこちらを威嚇しているリョーマに、跡部は思わず笑いがこみ上げたが、それを寸でのところで押さえるとリョーマの眼前に迫った。
「お前……昨日シャワールームにいたな?」
上から見下ろされながら言われた言葉に、リョーマは驚きで目を見張る。咄嗟に言葉を返せずに、つたない口調でしどろもどろに返すのが精いっぱいだった。
「な、なんで……あんたが知ってんの?鍵、かけてたはずだけど!」
なけなしの敬語口調も投げ捨て、まなじりをつりあげて責める口調で詰るリョーマに、跡部はにやりと意地悪く笑った。
「見られてまずいことでもあったのか?」
迫ってくる跡部に、リョーマは視線を先にそらしてややうつむいた。悔しそうに噛みしめる唇はすこしだけ紫色になりはじめている。頬は見られていたかもしれないということの焦りと、羞恥で赤く染まっている。
そんなリョーマの様子を眺めていた跡部は、満足そうな笑みを浮かべた。
「手塚と、一緒にいたみたいだけどな……?」
「…………別に、シャワールーム使ってただけだし。部長がいたらなんか問題でもあるわけ?」
どきどきと止まぬ鼓動を感じながら、リョーマは震えそうになる声を叱咤してなるべく平静通りの口調で、不遜に言い放った。あんたには関係ないし、と付け加えたリョーマは跡部の目を見ることが出来ずに、さらにうつむいた。
その動揺しきった姿に跡部は、手を伸ばしてリョーマの腰を撫でるように触った。
「あの青学ルーキーが女だったなんてなあ……。聞いたらみんな驚くぜ」
「……………………っ……」
跡部のてのひらが腰から上半身にかけてたどるようにゆっくりと進んでいく。リョーマはその手つきに、頬が羞恥とは別の意味で火照るのをとめれずに、赤をのぼらせる。いつの間にか噛みしめていた唇には赤みが戻っていて、薄らと口元はあけられていた。目尻にはすこしだけ涙が浮かんでいる。
「やめてよっ……!」
リョーマが跡部の腕をつかんで離そうとするが、びくともせずにそのつかんでいた腕さえ絡めとられてしまう。
「手塚に言いつけでもするのか?越前」
びくりと身体を震わしてリョーマは跡部を見上げる。跡部は、いつも見るあの人を見下したような表情でリョーマのことを見ていた。
その間にも跡部のてのひらが今度は臀部のほうへと向かっていて、リョーマはやわやわと揉まれる感覚に身をよじる。この前、手塚と最後までしていなかったことも響いているのかもしれない。揺らしそうになる腰を感じながら、リョーマは首を横に振った。
「そうだな。言えるわけねーよなあ……。お前ら、付き合っているわけじゃないんだろう。あんなことをしていて」
やはり見られていた、とリョーマは顔をしかめた。会話も全部聞かれてしまっていたのだと思うと、あんなところでしてしまった自分の行為が悔やまれる。
「じゃあ……あんたはそれを知ってどうするっていうのさ。俺にこの合宿を去れとか、言うつもりなわけ?」
精一杯強がってにやりと笑って見せたリョーマに、跡部はおかしそうにくつくつと笑った。そしてそんなわけないだろう、と言うとリョーマを強く抱き寄せる。
「この合宿に、女のマネージャーたちがいないのはなぜかわかるか?」
リョーマは短パンからむき出しの足を撫でられ、もがくが抱き寄せられ身動きが取れずに、その行動は跡部を喜ばせる材料にしかならなかった。短パンの中にすらはいりかける手の動きに、リョーマはさすがに悪ふざけが過ぎるとつよく跡部を睨んだ。
「離してよ……!」
「質問に答えろ」
跡部の片腕がするりとシャツのなかに侵入してきて、腹まわりをつめたい手が這う。ひやりとしたその感触にリョーマは身体を震わせた。
「やだ…っ……!離してってば!!」
跡部が胸を締め付けているベストのチャックに手をかけたのがわかって、リョーマは必死に抵抗した。リョーマを抱いたことがある手塚でさえしたことのない行為だった。ジジジ、とゆっくりとチャックが引き下ろされて、リョーマは胸の締め付けが緩くなったことにぎゅっと目を閉じた。

「…………………………?」
なにも跡部が手を出してこないことに、リョーマはおそるおそる目を開けていまだ抱きかかえたままの跡部を見上げる。跡部はリョーマを抱きかかえたまま、無表情にリョーマのことを見下ろしていた。美しい人形のような美貌と相まって、ある種のおそろしさを醸し出していた。
「何されると思ったんだよ」
跡部がリョーマの頬を指先でつかんで持ち上げる。痛い、と叫んだリョーマはその手をはたき落してじんじんと痛みを訴える頬を押さえて、恨みがましい視線を跡部に向けた。
「あんたが変なところばっか触るから!」
「嫌なら逃げればいいだろ。そんな強い力でやっちゃいねーぜ。あーん?」
「あんた男じゃん!ばっかじゃないの!力の差、考えてよね……!」
脱がされかけたベストのチャックをあげながら、リョーマは跡部を見上げる。
「おろしてよ」
「さっきの質問にまだ答えてねーだろ」
「なにそれ。どうでもいいでしょ。はやくおろせ!」
「答えたら下ろす。だから答えろ」
「…………男同士のほうが楽だから」
不機嫌そうな様子で答えたリョーマに跡部は首を横に振った。
「一年生のときに、俺が合宿にいた女を抱いたからだ。わかるか?」
「…………あんた最低」跡部の言葉に、顔をしかめてリョーマはつぶやく。
「あっちも合意の上だ。問題ないだろ。それに、お互い溜まっていたし。そのせいで次の年から男しかいなくなったけどな」
「……じゃあいま女マネいないのって、あんたのせいじゃん」
青学の先輩にもそのことを不満げに言っていた人間がいたのを思い出し、リョーマはそう言った。
だが、跡部はそんなことも気にしていない様子でリョーマを再度抱き寄せてにやりと笑った。
「女だってこと、ここにいるやつら全員にバラされて合宿を追い出されたくはないだろ?」
「………そりゃあ、そうだけど……」
嫌な予感にリョーマは顔をしかめて歯切れの悪い口調でもごもごとしゃべった。そんなリョーマに、跡部は追い打ちをかけるように言葉をつむいだ。
「だったら俺の言うことに逆らうな。従え」
当然のごとく言い放った跡部に、リョーマはぎょっとして目をむいて見上げた。あんた馬鹿じゃないの、と言いそうになったがこれ以上話しをこじらせたくはなかったから言い噤んだ。
その態度を納得と受け取ったのか、跡部は勝ち誇った笑みを浮かべて「今日、入浴が終わったら俺の部屋に来い。わかったな」と言った。その偉そうな、拒否されるとも思っていない態度に思わず「誰が行くかよ!」と言ってやりたかったが、自分のいまの状況がそれを許してはくれない。リョーマはひじょうに不本意そうな顔で、渋々頷いたのだった。
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初期跡部って絶対女好きですよね
いつのまにメス猫とかいうようになったのか……。


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