2:影がついてくる、その前に 跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ 合宿は、学校別ではなく、シャッフル制の特別編成チームでのマッチになった。てっきり学校別だとおもっていたメンバーはみな驚き、とくにダブルスのペアなどはいつも組んでいる相手とが組みやすいこともあり、ほとんどが良い顔をしていなかった。その中でも青学の菊丸・大石ペアは、とくに菊丸のほうがごねていた。 「なんでシャッフル制なんだよぉ。いつも通りでいいじゃんっ」 「英二……。たまには違う練習の仕方でもいいじゃないか。それに、何週間も続くわけじゃないし」 あいまいに微笑んだ大石自体もあまり快く思ってはいないのか、それでも菊丸をなだめるような言葉を投げかけた。投げかけられた菊丸は自分が無茶なことを言っていることもわかっているがゆえに、大石の言葉に反論することはできなくて、しゅんとした様子で「そうだね…」とちいさくつぶやいた。 「でもいつものレギュラーからは大石ともはぐれちゃったし、一緒なのは桃とおちびだけかあ」 「はは、俺もタカさんとだけだしな。まあいいんじゃないか、他校とのこういう交流も」 人好きのする笑みを浮かべた大石は、いまだに不満げな様子をみせる菊丸を諌めるかのようにことさら柔らかい声で言った。さすがは青学ゴールデンペア、片割れの操縦には慣れていたのだった。 そしてこういうトラブルの類は他校でもあるのだった。 「さ、真田副部長と一緒…………」 この世のおしまいだとでもいうような表情を浮かべて、乾いた笑い声をもらす赤也に真田は顔をしかめた。日頃から真田を恐れている(鉄拳的な意味で)せいか、こういうシャッフル体制なら別々になりたいとおもっていたのだろう。 隣りで静かに座っていた柳に、赤也はちらりと助けを求めるような視線を向けたが、柳は気付いているが気付いていないふりなのか、まったくなんの行動をおこさない。 「やっ柳先輩。先輩は副部長とでもイイっすよね?!」 がしりとジャージの裾をつかんで戦々恐々とした目で見てくる赤也に、柳は素知らぬふりで「さあ、何のことだかわからないな」と言うだけだ。 「お願いしますよ〜!俺あの人以外だったら別に誰とでも……」 「決められたことだ、しょうがないだろう」 平然と言ってのける柳に、赤也は若干涙目になりながらも訴えかける。 「そこをなんとか!先輩!」 「無理だ」 「お願いしますよぉ!」 「決定事項だ」 「…………………………………」 しゅんとした様子で柳に変えてもらうことをあきらめた赤也は、うなだれた様子で近くでのんきにガムをふくらましている丸井に近づいた。「お前も貧乏くじ引いたなあ、赤也」と面白半分で言う丸井を睨みつけながらも、赤也はやはり溜息をついて首を垂れた。 「まあお前がちゃんとすりゃ真田も怒らねーだろぃ」 頭をなだめるように優しく叩かれて、赤也はそれでもやっぱり嫌だな、と再度溜息をついたのだった。 * 練習漬けのハードな一日が終わると、赤也は心労も耐えきれずにベッドにダイブした。二段ベッドが広めの部屋のなかに四つあり、赤也の上は青学のリョーマとなっていた。まだ誰も帰ってきていないなか、赤也は今日一日真田の監視があったように思えた息苦しい練習を思い出して顔をしかめた。いつも確かに真田と部活をしているのだが、チームのなかに立海の部員がほかにいない今、真田の厳しい視線を感じるのは自分一人だけと言っても過言ではない。他校の生徒にも同じように接したらいいのに。そうしたら矛先は自分だけじゃないのなあ、と思う赤也は、このシャッフルチームのなかでも自分が一番粗相をおかしていることには気づいていないのだった。 うんうんと唸りながらごろごろしているうちに、部屋のドアが開いて青学のメンバーがぞろぞろとはいってくる。わいわいと楽しそうにしゃべる桃城と菊丸のうしろを、リョーマが無言で歩いている。手にはお気に入りなのかいつも見かければ飲んでいるファンタグレープと、暇つぶしに読むのか月刊プロテニスがあった。 「あれ?切原一人かよ。真田さんは?」 「さあ。幸村部長か柳先輩と一緒じゃないの」 興味無さげに赤也が返事を返すと、その会話を無視してリョーマは手に持った雑誌とジュースをベッドの上に放り投げて梯子を登る。どうやら眠たいらしく、梯子を登る様子は見ててすこし危なっかしい。 「えー。おちびもう寝ちゃうの?」 つまらなさそうに問いかける菊丸に、リョーマはもう半分眠りの世界に入り込んでいるような声で「疲れたから……眠いっす」と返事をして布団に入り込んだ。もぞもぞと布団のなかで身じろぎする音がしたと思ったら、すやすやとした寝息が耳に入ってきたので赤也は目を丸くした。……なんて図太い神経しているんだ。 「おちびはマイペースだなあ。あいつ、雑誌下敷きにして寝てるぜ。たぶん」 「手塚部長からの借り物なのになあ」 と桃城と菊丸はたいして心配もしていない声色で話しをした後、荷物を整理してまた部屋を出て行った。きっといまから風呂にでも入りに行くのだろう。 赤也自身はもう風呂にはいって身綺麗になったこともあって、リョーマと同じように寝転んで目を閉じた。こんなはやい時間に寝るのは慣れてないけど、と思いつつリョーマのかすかな寝息に誘われるように眠気に身を任せたのだった。 朝はやはりというか真田の野太い声で起床した。のろのろと起き上がって、自分が起きたのになぜかいまだに誰かを起こそうと奮闘している真田のほうを見上げると、真田が困り果てたようにリョーマのほうを見ていた。もう桃城も菊丸を起きていて、歯を磨いたりユニフォームに着替えている。その真田の努力している姿を眺めながら菊丸は笑いながら言った。 「おちびを起こすのは無理だよー真田。大会当日でも遅刻してくるんだから」 にゃははと笑う菊丸に笑い事じゃないだろう、とその話しを聞いてぎょっとした赤也はこれがうちの学校だったらレギュラー失格レベルだよ、と呆れていると、真田は呆れたように溜息を吐いていまだに寝ているリョーマにどうしたものか、と視線を向けた。真田に視線を向けられているリョーマは布団のなかにもぐりこんでおり、隙間からかすかな寝息をもらしている。これだけ部屋のなかが人が起きだして騒がしいのに、のんきに寝ていたのだった。 「真田じゃ頼りないから俺が起こすよ」 菊丸が得意げな顔で梯子に足をかけながら、布団をべりっとはぎ取る。寒さが身にしみたのか、長袖をきたリョーマがぶるっと身を震わせ身体を縮こまらせる。その子猫のような様子に菊丸はすこし起こすのがためらわれたのだが、真田がじっと後ろから視線をよこすこともあり、揺さぶった。 「おーちーび。起きろよ!朝だぞ!」 耳元で言うが、リョーマはまったく起きる様子を見せない。それどころか、うるさいとおもったのか寝返りをうって逃げる。 菊丸が、むっとした顔でベッドのなかにはいりこんだ。 「朝!いま合宿だよ!おちびっ」 がくがくと肩を激しく揺さぶりながら起こそうとする菊丸に、リョーマが目覚ましをとめるかのように手を空中でもがくと、なかなかみつからない目覚ましに諦めたのか、足元でぐしゃぐしゃになっている布団を顔の上まで引き上げた。 「…………菊丸、」 と真田が固まっている菊丸に声をかけた。 「もーーーーっっっ!起きて!おーちーびー!!」 部屋の外まで響き渡る様な大音量で叫んだ菊丸に、部屋のドアが勢いよく開いた。どうした、と落ち着いた声が耳に入ってくる。 「て、手塚」 驚いたように見つめる菊丸に、手塚はじっとその厳しい視線を菊丸の横で布団に包まれるようにまるくなっているリョーマへと目を向ける。それを認めると、呆れたような視線を崩さずに近づいた。 「越前、グラウンド三十周だ!」 手塚の聞き慣れきったセリフと声に、リョーマは布団を蹴り飛ばす勢いで慌てて起きたせいで、覗きこんでいた菊丸と頭をぶつけてしまったのだった。 「もー…ほんと、頭痛い……」 ずきずきと痛みを訴える額を押さえながら、リョーマはちらりと隣りに立っている菊丸を見上げて恨めしそうな視線を向けた。その視線に菊丸は素知らぬふりで「ん〜元々、おちびのせいじゃん?」と言うが、リョーマはむっとした様子でその言葉を無視する。 先程部屋でぶつけてしまった額はお互いに手当されていて、それをてきぱきと手当したのはもちろん同じ部屋ではない大石だった。さすがは青学の母、なぜか救急手当て用品を持ち込んでいた。 「でも大石先輩ってほんと準備いいっすよね……。こういうこと、予測してたのかな」 「俺達んとこは故障も出してるしね〜。心配なんじゃない?」 あっけらかんと言う菊丸に、リョーマは大石の胃のことを思い浮かべて顔をしかめた。 - - - - - - - - - - グラウンド〜周とかいっちゃう手塚ってすごく手塚らしい |