1:まどろみのなかの少女
跡部と手塚とリョーマ♀のみつどもえ

忍足侑士は、先日のミーティングで可決された関東大会シード校との合同合宿へと向かうため、遠方からくる生徒を収容している寮からのろのろと歩いて学校へと向かう。氷帝は、通う生徒からの補助金が多いせいか、それとも出身者の政界進出度合いが高いせいか、卒業生からの補助金までもまわってくる。そのおかげで、侑士はのんびりと登校出来ているのだった。青学や立海の生徒たちは、附属校ということもあるためか、目的地までは公共交通機関をつかって行かなければならないのだった。
こういうときはラッキーやなあ、と侑士は独りごちながら学園の門の前まで来た。
「なんや、宍戸はもう来てるん?はやいなあ」
「お前が遅いだけだって」
苦笑した宍戸は帽子をくるくるとまわしてかぶり直した。いつもならば見慣れた長身の鳳も今日は隣りに居なくて、侑士はいくばくかの違和感を感じながらおなじように立ったままだった。夏が近づいているせいで、待っている間にも汗は肌を伝う。はやく冷房のきいたバスにはいりたいなあ、と思いながら、宍戸とともにたわいもないことを話しながら時間をつぶす。

「去年までいた女子マネージャーも、今年は跡部の意向でなくなってしまったし、ほんま楽しみがないわあ。跡部もなんで女子マネ、なくしたんやろなあ。あいつやって、一昨年はなかなか好き放題やってたくせにな」
けらけらと笑いながら、いたずらな瞳を向けた忍足に宍戸は苦笑した。すこし大げさな気がしなくもないが、忍足の言うことがおおかた当たっていたからである。中学一年生のころ、年上のテニス部マネージャーを食ったり、足りなくなったらほかの生徒にも手を出していた跡部がすこし懐かしい。あのころは、本当に女遊びがひどかった。
「跡部もおとなしくなったよな。なにがきっかけだったんだか……」
「一時期、本命でもできたんじゃねーかっていう噂もあったけど、結局はよくわかんねーままだったよな。あいつが彼女ぱったりつくらなくなったのが、あいつが部長になったときと同じ時期だったし、テニスに打ち込みたかっただけじゃねーの」
「跡部あんまり個人的なはなしせんしなあ。俺らもようわからんままやった」
はは、と忍足が笑っていると、足元に大きな影がさす。鳳でも来たのか、とおもってふたりが振り仰ぐと、そこには腕組をしてすこし苛立った顔をしてこちらを見下ろしている跡部と、隣りで忠実にひかえている樺地がたっていた。

「あー…おはよう。跡部」
ひきつった笑みを浮かべて手をあげた忍足に、跡部はしかめつらのまま口を開いた。
「なかなか清々しい朝じゃねーの。お前たちの勝手な言葉を聞くまでは、な!」
ぐいっと耳たぶを引っ張ってやると、忍足は痛い!と叫びながらやめろー!と叫んだ。もうすこしで餌食になりかけた宍戸は、忍足を犠牲にしてするりとぬけだしていつの間にかきていた向日たちのところへとおさまっている。

「おいっ。こら、宍戸ぉ。お前逃げんなやあ」
涙目で訴えてくる忍足に、向日は「犠牲がひとりですむならそれでいいだろ」と言ってのけている。鳳もわめている忍足にたいしてすこしだけ気遣わしげな視線を向けたが、普段から宍戸を心酔しているだけにあちらの味方だった。大丈夫ですか宍戸さん、などといらぬ心配までしている。

「これに懲りたらもう余計なはなしすんじゃねーぞ」
「わかってる。おなじ轍は踏まんわ…」
解放された忍足がまわりを見渡すと、そこには見慣れたジローの姿がまだなかった。どこでも寝てしまうジローなのだから、こういう日でもきっと家でまだ寝ているに違いない。なにせ、自分の試合の順番がまわってきていても、相手が己の能力に匹敵、またはうわまわるレベルでなければジローは寝ぼけ眼でプレイをする。それは跡部も榊もこまっていることではあったのだが、それでも格下の相手にはそんな状態ですんなりと勝ってしまうのだからおそろしい。

跡部は顔をしかめて携帯電話を手に取った。きっといまからジローの家に電話するに違いない。これもまた大会などでは見慣れた光景なので、氷帝レギュラーはまたか、と呆れたような顔をしただけだった。
コール音が何回か鳴り響くが、ジローが携帯に出る気配はない。そのうちに留守番電話サービスへと切り替わりそうだ。
「……ジローのやつ、寝てやがるな」
跡部は一層眉間のしわを深めて、関係のない侑士をにらんで、まだ校門前にひかえていた黒塗りの車を呼びつけて「ジローを連れてこい」と不機嫌そうな声で命令した。忠実な跡部の部下は、年下の少年に偉そうに命令されても、文句を言わずに車を発進させた。そう遠くはないジローの家ならば、迎えのバスがくるまでに連れてくることも容易だろう。

「今日は監督はたしか来ないんだよな?」
「ああ。青学の監督に任せるらしい」
そう言われた向日の頭に浮かんだのは、ピンク色のジャージを着こんだ老齢の女性だ。年齢のわりに覇気もあり、あの個性あふれる青学レギュラーの首根っこをつかんでいるその姿はたくましい。

「これはもうかわええ女の子がおらんとやる気でーへんわ……」
女子要素が皆無な合宿を思い浮かべて、侑士はうなだれたのだった。

合宿先に着くと、そこにはもう青や黄色のジャージを身にまとった、シード校と名高い学校ばかりが出そろっていた。受付には、先程来たばかりなのだろう立海が集まっていた。来たばかりの跡部たちも、受付を済ますべくそちらへと向かった。
「よお。久しぶりだな、立海」
不遜な態度で挨拶をする跡部に、一番後ろでふたりでしゃべっていた丸井と切原は、跡部のその姿を目にしたとたんうわあ、と失礼極まりない態度をとった。

「相変わらずだな、跡部。お前たちはいま来たところか」
丸井と切原の失礼な態度はなかったかのように言葉をかける柳に、跡部もたいしたことではない動じないようでうなずいた。
「ああ。ひとり遅刻魔がいるからな」ちらりとジローに目を向けると、樺地に抱えられて寝ていた。それはもう、豪快に。
「芥川は相変わらずだな」
仕方なさそうにつぶやいた柳も、立海にもジローのような部員がいるのか、すこしだけ優しさをにじませた瞳で微笑んだ。

跡部は柳と軽く会話をしながら、やたらと手間取って時間をかけている受付へと視線を向けると、そこにはまだ小さな少女がひとりで屈強な男(この場合は真田のことだ。)を目の前にしながら、一生懸命事務処理をしていた。だが奈何せん、少女はまだ幼く、それに目の前に居る男の重圧――もちろん本人はそのつもりなど、さらさらないのだが――に耐えきれないのか、焦っていくばかりのようであった。
おいおい……なんでこんな子供にこんなことやらせているんだよ、と跡部がすこしだけ運営側に呆れながらその様子を眺めていると、その慌てている少女の横にもうひとり人がいることに気付いた。
( ――――……子供…………? )
頭から青色の見慣れた青学のジャージをかぶって、どうやらうつぶせになっている人間は身動きひとつするようすを見せない。横に居るおさげの少女も手伝ってもらうつもりはないのか、横の人間を起こす気配もない。

不思議そうに跡部がじっと見つめていると、先程までいなかった手塚がこちら側に歩んでくるのがわかる。しかも、若干小走りだ。

「越前ッ!なにをそんなところで寝ている。起きないか」
手塚はそのうつぶせになって寝ている人間のジャージをはぎ取ると、怒鳴られた子供は飛び上って起きた。目をぱちくりとさせて、怒鳴った手塚を見上げて黙り込んだと思ったら、たいして気にしてもいない様子で口を開いた。
「あ。部長。おはようございます」
「おはよう、じゃないだろう。お前はいつも寝てばかりで……」
こめかみを押さえながら言う手塚に、起きたばかりの子供は不思議そうな様子でそれを投げめている。そして首を傾げながら、「だって竜崎だって起こさなかったし」と平然と言い放った。
日ごろから他人にも物怖じしないリョーマならまだしも、引っ込み思案がちな桜乃なら、いくらクラスメートで同年代のリョーマといっても、桜乃はリョーマに心酔している節があるし、むやみに起こすことはしないだろう。それをわかっていないのか、当たり前のようにいうリョーマに手塚は溜息をついた。

「寝ているだけならもうそこにいなくてもいいだろう。桃城たちのところに行くんだ」
「えーっっ。ブチョー、横暴ッス」
ぶつぶつと文句を言いながら、手塚に非難がましい視線を向けるリョーマは、それでも部長である手塚の言うことには従うのか、ゆっくりと椅子から立ち上がった。立ちあがっても手塚の肩よりも下にある体格を見ると、まるで小学生のようだった。

「越前が悪かった。竜崎さん」
「へっ。とんでもないです!もともと私一人でやることになってましたから……。そっそれに……一人でも二人でも私は事務処理おそいから…」
手塚の謝罪にしょぼんと落ち込んだ風に言うおさげの少女は、頼りなげな苦笑いを浮かべた。その間にも、ほかの学校が到着してきて、事務処理待ちの列はどんどん長くなっていく。
「……俺も手伝おう」
なんらかの責任を感じたのか、手塚は先程までリョーマが座っていた椅子に座る。その姿を見て慌てたのは桜乃で、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて面白がったのはリョーマだった。
「手塚先輩っ。そんなことしなくても大丈夫ですっ!」
「部長優しいね。後輩の責任とってくれんの?」
両脇からくるまったく別の言葉に、手塚は顔をしかめる。もちろんしかめたのは先程まで寝ていた帽子をかぶった子供に違いはない。
「ここは俺がするから越前、お前ははやくいってこい」
「はいはい。わかりましたよ」
肩を竦めてリョーマが歩いていく方向には、もちろん青学の選手はいない。むしろ真逆だ。
越前、と手塚の咎める声が響く。
「ぶちょ、ジュース。ジュース買うだけっす。買ったらすぐ行きますから!眉間のしわ!とったほうがいいっすよ。余計におっさんに見えますって」
悪気はないのだろうが、手塚は一層顔をしかめると、諦めたように溜息をついた。

「すごい選手もいるものだね。手塚」
リョーマがいなくなったあと、手塚の苦労が目に浮かんだのか、柔らかい笑みを浮かべながら話しかけてきた幸村に、手塚は頷いた。幸村の話しに返答しながらも、同時に処理していく。
「それにしても小さな子だったけど、あれが噂の一年生レギュラーかい?」
「ああ。四月の校内戦で決定したレギュラーのひとりだ」
「だとしたら、意外だったなあ」
「?なにがだ」
不思議そうに、手塚は顔をあげた。
「一年生レギュラーだなんていうから、屈強な男の子なのかとおもったよ。真田みたいな」
ふふ、と悪びれもせず言う幸村に、たとえられた真田はあまり良い顔をしていなかった。

「それに、あの子……女の子だろう?」
こっそりと手塚の耳元で囁いた幸村に、手塚はぎょっとした様子で幸村を見上げた。微笑む姿は相変わらず聖母のような美しさなのだが、得体のしれなさでは不二の上を行く。
「言いふらすつもりなんてないから安心して、手塚」
柔らかく微笑んだ幸村に手塚は顔を青ざめさせて頷いたのだった。
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忍足と幸村を出したかったんです…。

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