僕の先輩は
(高校一年生になった手塚がでてきます、な塚リョ)
(正直、手塚はあまりでてきません)
モブ視点

今年の四月から入学した青春学園のテニス部は、とても変わった人たちがいる。その中でも特筆すべきなのはきっとあの先輩……越前リョーマ先輩だと思う。元々小学生の頃からテニススクールに通っていた僕は、六年生の夏頃にちょうど昨年の中学男子テニス全国大会の映像を見たんだ。やっぱり中学生ということもあって、テレビでの放映なんてもちろんなかったんだけれどその年はテニススクールのコーチが試合観戦しにいって、興奮気味に帰ってきたかと思うと僕たち受講生にその映像を見させたのだった。これにははじめ、ほとんどの受講生が期待していなかったんだけど、いざ見てみたら僕も含めて映像から目を離せなくなった。一昨々年、一昨年と優勝している立海大付属中はもちろんのことだったけれど、それより僕たち小学生を夢中にさせたのはその年に関東大会で優勝を果たし関東大会止まりだったようなレベルから大躍進を遂げた青春学園だった。
いまはもう卒業してこのテニス部にはいないけれど高等部にいる人たちや、現テニス部部長でこわくて後輩に厳しいけど自分にも人一倍厳しい海堂先輩や副部長でちょっと抜けたところもあるけど後輩に優しい桃城先輩ーーそしてあの越前先輩だ。越前先輩はちょっと気まぐれで、なんだかすこし冷たい感じもする。
すこし実はこわいんです、とひとつ年上でおしゃべりな堀尾先輩や穏やかなカチロー先輩やカツオ先輩に言うと爆笑されてしまった。先輩たちは同じ学年だし、慣れているからこわくないんですよ、と言えばまたもや三人は爆笑したのだった。彼らに言わせれば、越前リョーマがこわいと評するのがとても面白くて新鮮だったらしい。それをなぜかと問うことはしなかったけれど、いまならわかるような気がする。
入学当初は後輩にもかまわず一人で黙々とレギュラーの練習メニューをこなしてあまり他の人としゃべらない姿と、吊った鋭い光を放つ瞳とバランスよく配置された顔のパーツを含めてなんだか人間味がなくてこわかったのだ。桃城先輩や海堂先輩はびっくりするくらいテニスは強いけれど、二人が一週間に何度かする喧嘩を見ていると、僕たちと二つも離れているとは思えないくらい子供っぽくなる。だからかえって越前先輩がこわく思えていたんだと思うーーーーたぶん。
だから、いま目の前で僕たち後輩の指導をしている姿は、とっても新鮮で、ある意味では奇異にうつる。

「ラケット、もうすこし上で持ったほうがいいよ」

そんなことを考えながらぼんやりとうっていると、突然後ろから越前先輩の声がして僕は飛び上るほど驚いてうわあ!大きく叫んでしまった。僕の声に驚いたのは先輩だけではなくて、すこし離れたところで他の後輩指導をしていた桃城先輩がなんだなんだ、とやってくる。
僕は顔から火が出るくらい恥ずかしさでいっぱいになっていた。

「なんだあ越前。お前なにしてんだよ?」
「……何もしてないっすよ」
すこしむっとしたように桃城先輩に言葉を返す越前先輩に、僕は肩身が狭いおもいだった。余計なことを考えていたせいで先輩に過剰な反応をしてしまったし、本当になんだか申し訳ない。
しかも桃城先輩なんて副部長だ。部活中に騒ぎでも起こしているだなんてあの人の耳に入ったらーーー

「おい。桃城!越前!だらだらしゃべってるヒマがあったら後輩指導しろっ」
鋭い叱責の声に、僕は再度飛び上った。耳を貫くようなどなり声は、部長の海堂先輩のものだ。怖さ半分、先輩達が文句を言いながらも元の位置に戻ったため安心したの半分だった。
それでも桃城先輩は普段から海堂先輩とは確執?があるせいか、元に戻って一年生を指導しながらも海堂先輩の文句を言いながら指導している。あれじゃあ、きっと海堂先輩には丸聞こえに違いない。なんてことをする人なんだ、桃城先輩は。

「てめえは何十周か走りたいのか、桃城」
「やだねっ。マムシ野郎に指図されるなんてごめんだ!」
ぎゃあぎゃあと顧問の竜崎先生がいないからか、騒がしく喧嘩しはじめたふたりに、後輩はおろおろとして、見慣れているらしい二年生や三年生はとばっちりを食らうのが嫌なのかおざなりな止め方しかしない。そんな中、唯一その空気を霧散させたのは越前先輩だった。

「はやく俺テニスしたいんスけど。くだらないケンカやってないでくださいよ。センパイ」
越前先輩は一つ上だという桃城先輩と海堂先輩に歯に着せぬ言い方でそう言った。そんなこと言っちゃってもいいのかな、とひやひやしながら見つめていると、桃城先輩と海堂先輩はふたりはお互いに顔をじっと睨みように見つめあったあと、桃城先輩が先に「つまんねーな。つまんねーよ!」と叫んで海堂先輩に背を向けた。それは二人にとっては仲直りの合図のようなものなのか、海堂先輩も溜息をついたあとは何事もなかったようにふるまっていた。
( ……越前先輩って、すごい。あのふたりをとめちゃうことができるなんて。 )
僕は越前先輩の、後ろ姿を見つめた。青学のレギュラージャージに包まれている姿はどこか華奢で、それでも僕には大きく感じられた。
あとで知ることになったんだけれど、越前先輩はあの『手塚国光』先輩から青学の柱を受け継いだひとらしい。やっぱり越前先輩はすごいんだ!と僕はまた憧れのような気持を抱いた。



今日は日曜日で、レギュラー以外のメンバーはお休みの日だった。あの素晴らしい先輩たちの鮮やかなプレーやテクニックを見られないのは残念だけれど、休息を求めていたのもまた事実だった。僕はせっかくの休みを有効活用しようと、部活にかまけてさぼっていた試験勉強をしに図書館へと向かっていた。もう夏も近付く季節のせいか、シャツに張り付く汗は以前よりも多い。それに、日差しがつよい。
もうすぐ、地区大会がはじまって、都大会、関東大会ーーー全国がはじまる。去年の全国大会のようなあの高揚感を、目の前で味わえるのだろうか。
楽しみだな、と思いながら図書館へと向かうために角を曲がると、そこには見慣れた姿が立っていた。すこし遠いところで身長の高い男の人としゃべっているのは、越前先輩だった。トレードマークの帽子を今日もかぶったまま、男の人と話しこんでいる。誰だろう、とその顔をちらりとうかがうと、そこにはあのDVDにいた人がいたのだ。
――――手塚国光、先輩。
堅そうな印象を与える精巧な人形のような美しさを持つ顔立ちはあのときにみた映像と同じように無表情で、たいする越前先輩もいつもの顔だった。普通にそれだけを見れば、仲が良さそうになんて見えるはずもないのに、このふたりだとどこか親密な空気なんだろうなと思ってしまう。
何を、話しているんだろう。
すこし身を乗り出して伺おうとしていたら、僕はやっぱり間抜けなのか、足をひねってこけてしまった。うわ、とすこし叫んでしまったから先輩たちも僕のほうへと顔を向けた。
……穴があったらはいりたいって、こういうことなんだ。
僕は恥ずかしさで顔を赤くしながら、慌てて立ちあがった。越前先輩はすこしだけ驚いたような顔で僕の方を見つめていた。

「何してんの?」
先輩の言う言葉はもっともだ。僕は返す言葉が見つからなくてうんうんうなってやっとのことで声を絞り出して、図書館へと向かう途中だったという旨を告げた。すると越前先輩は手塚先輩と顔を見合わせて「テスト、ちかいの忘れてた。部長」と言うと、手塚先輩は顔をしかめて「いまはもう部長じゃない」とたしなめた。

「いいじゃんべつに。細かいよ、手塚先輩」
「普段から気をつけておくことが大切だ」
見た目を裏切らない真面目さを発揮している手塚先輩は眼鏡を押し上げながらそうつげた。
僕はその光景をぼんやりと見つめながら、やはり目の前で見せられるふたりの言いようもない親密さを感じていた。

「越前、お前も後輩の前なんだからもうすこしきちんとしてだな…」
「うるさいよ、先輩。だいたいそんなことちっとも期待なんてしてないくせにさ」
べっと舌を出して手塚先輩をからかうように言う越前先輩はすごい度胸のあるひとだ。僕だったら手塚先輩とはなすということだけで倒れそうになる。
緊張と暑さで頬を赤くしていると、越前先輩は僕になにかを押しつけてきた。洗剤のにおいが、ふわりと鼻腔に入り込んだ。花のにおいだった。

「汗、すごいよ。拭えば」

それは越前先輩らしい言葉で、そっけないものだった。それでもそれが越前先輩なりの言葉なのだとようやくわかってきた僕は、きっといまから行く部活のために持ってきていたのだろうタオルを返すことはせずにありがたく受け取った。
ありがとうございます、と言うと先輩はべつに、とまたそっけない口調で言った。手塚先輩が仕方なさそうに越前先輩を見下ろしている。

「じゃあ。勉強、がんばって」
ひらひらと手を振って別れをつげてきた先輩に、僕は部活でもないのに声を張り上げて、「明日もよろしくおねがいします!」と叫んだ。その様子に越前先輩はあっけにとられたようにきょとんと眼を丸くしたけど、すぐに口の端をあげて笑った。
また明日。越前先輩はそう言って、手塚先輩とともに僕が来た道へと歩いて行った。その後ろ姿を眺めながら、僕は明日の部活がまたすこし楽しみになったのだった。
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じつはこれがはじめての男の子越前

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