生意気な、
跡部とリョーマ♀

関東大会一回戦、シングルス1――氷帝・跡部VS青学・手塚戦はついにタイブレークまで食い込み、勝利を制したのは跡部のほうだった。もともと万全な状態で挑んではいない手塚相手に、跡部は確かに勝ったのだという満足感を得ることもできずに監督・榊のもとへと向かった。それでも手塚ゾーンを惜しみなく、己の腕の限界まで戦った手塚は楽々と勝てる相手でもなく体力を消費した跡部はつぎの控え選手の対決――――準レギュラー日吉若の勝利に期待をこめていた。
目の前に立った跡部を榊はいつものようにかるく労い、次の試合の選手である日吉へと視線を向けた。日吉はもう試合へと気持ちを切り替えているのか、応援するほかの選手には目もくれずにラケットのガットの調子を確かめている。

そういえば青学の控え選手はだれだろうか、と跡部が反対側のコートへと目を向けると、ベンチで応急処置を受けている手塚があの少女と話しこんでいた。“越前”という選手は手塚の言葉に頷きながら、負傷した手塚にたいし取り乱すでもなく冷静に話している。その横顔は、やはり騒いでいた少女とはほど遠いものだ。

「――――行ってこい、越前」

手塚の低いがよく通る声が耳に届いて、少女はその言葉にたいして深く頷いた。すこしだけ揺れた瞳は決意を秘めたもので、跡部は不覚にもその瞳の強さに目を奪われた。
だが、手塚の言葉の意味をとらえるとすぐに顔をしかめた。いま、手塚はなんといったか?
まさか、あの少女が青学の控え選手だとでも言いたいのか。青学のテニス部員なら見た通り他にもいるのに、なぜあの少女にいまから試合へと向かう選手に告げるような言葉を投げかけたのか。

跡部の疑問に答えるように少女が「ウィッス」と素っ気ない口調で言って、青学の部員からラケットを受け取った。馴染むように違和感のない光景は、彼女が普段からテニスをしているからか。
跡部はどういうことだ、と思いつつこの空間で誰も彼女が青学の男子テニス部の部員としていまから試合に出場しようとしていることに疑問の声をあげないことに混乱した。
まわりがおかしいのか、それとも俺がおかしいのか…………。それとも、あの少女は実は少年だったとでもいうのか?
跡部はふらふらとスタンドに座り、控えていた樺地にドリンクを要求した。どちらにしても、試合はもうすぐはじまる。あとのことは氷帝が勝てばゆっくりと聞けることだ。
( 勝て、日吉。 )
跡部はそう頭のなかで念じて、コートを見た。そこにはやはりあの少女の姿が。Rと書かれた帽子をかぶり、日吉に対し無感情な表情で見つめている。

審判のコールが、鳴り響いた。



結果は6−4で青学の勝利となった。負けてしまった日吉はうつむいて唇をかみしめている。きっと自分のせいで氷帝は負けた、のだともまじめな日吉は思っているのだろう。誰よりも向上心が強くレギュラーへの執着が強いだけに、今回試合に出たのに負けてしまったのは堪えたに違いない。同じ二年生の鳳も試合では勝ったはずなのにコートに斑点のような染みが出来るほど涙をこぼしている。その横でダブルスを組んだ宍戸がその自分より頭一個ぶんはたかい後輩の頭を撫でている。
その光景を眺めながら、跡部は少女――越前リョーマへと視線を向けた。100%の本気で挑んだ日吉にたいし「20ゲームはいけるよ」などと言いながら打ち負かしたリョーマは何食わぬ顔で顔をあわせている。
彼女はスタンドで不二が言った通りただの男子テニス部のマネージャーではなかったのか?それともあれは不二の嘘とでも言うのか?
よくよく考えればあのときの不二は手塚の言葉を遮るようにマネージャーだ、と告げていた。手塚が言いかけた言葉になにか言ったらまずいことでもあったのだろうか。

跡部の探るような視線にリョーマはひじょうに居心地の悪いおもいをしながらはやくこの場を去りたい、と思った。もともと今回の試合は自分は補欠。出るはずは普通ならばなかったのだ。不二や手塚、大石もきっと出ないだろうと言っていたし、リョーマ自身も手塚の腕が万全ではないと知るまでは手塚の完全勝利を信じていた。
だが、跡部のインサイトにより追いつめられてきた手塚の姿を見て桃城とともにアップに向かった。アップをしながら、桃城のスマッシュを的確にかえしながらリョーマは脳裏では手塚の姿を思い浮かべてきた。
はじめて、父親以外に負けた相手。完璧なまでの完成されたテニス。隙の見えないプレイ。すべてが、リョーマにとって鮮やかでいて、目の離せなくなるようなテニスだったのだ。
( どうしてあんたがこんなやつに倒されてしまうんだよ。 )
斜め前から視線をよこす跡部をにらみ返して、リョーマは唇をかみしめた。
手塚を倒すのはこの男よりも先が良かった、とリョーマは切実に思った。あの真剣勝負を、自分としてほしかった。勝ちに執着する手塚―――そんな姿勢の手塚と戦ってみたかった。



「どうしてお前は試合に出ていた――――マネージャーじゃ、なかったのか」

跡部の追及に、リョーマは顔をあげた。他校の試合を見に行った先輩たちと離れて木陰でやすみながらファンタを飲んでいたリョーマは跡部の質問にこたえる義理はない、とすぐに視線をおろした。
その態度が跡部には我慢ならなくて、リョーマの帽子のつばを上に向けた。

「俺様が質問してるのに、答えないのか。越前」
「…………誰に言ってるか、わからなかったんで」
肩をすくめたリョーマはしかたなしとばかりに跡部の言葉にこたえた。その生意気な言葉は先程となんら変わりない。

「どうして女子のお前が青学の男子テニス部の部員で、レギュラーとして試合をした」
「……………………答える必要、ある?」
リョーマの言葉に跡部はうなずいた。
「ふうん。忘れてくれればよかったのに」
興味なさそうにつぶやくリョーマは答える気もなさそうで、跡部は眉を寄せた。
「女子が出ているのは違反行為だ。わかっているのか」

跡部の言葉にもたいして気にしていないようで、リョーマはそうだね、と素っ気なく言ってから手に持っていたファンタを飲みほしてゴミ箱へと放り投げた。綺麗な放物線を描いて、かこんと音を立ててはいった様子を認めてから跡部はまた視線を向けた。
今度はリョーマが口を開いた。

「書類上のミス、だったりする」
「…………………?」
「まさかさ、性別を間違えられてたりするなんて思わないよね。俺の言葉づかいのせいもあるかもしれないけどさ――――アメリカだったら起こりえないよ」
呆れたようにいうリョーマに、跡部はいまいち言葉の意味がわからずに言いかけているリョーマに言葉を促した。
「ちゃんと仕事、してほしいよねえ」そうつぶやいて、リョーマは跡部に向かって視線を向けた。じっと下から見上げてくる瞳はなんの感情も映していない。

「確かに俺は女だよ、跡部さんが言うとおり」
「だったらなぜ試合に……」
「さっきも言ったじゃん。書類のミス。俺、つい数ヶ月前までアメリカに住んでたんだけどなんの手違いか、書類上では男になってんの。意味分かんないよね。女だっての」
ふん、と鼻息あらく言いのけたわりにリョーマはこの状態を受け入れているらしい。それにしても、リョーマの言葉は予想のナナメ上だった。それが本当ならば、なぜ訂正しにいかないのか。
跡部のその疑問にこたえるようにリョーマは再度口を開いた。

「うん。だって男子っていうことにしておいたら部長とも対戦出来る機会が近いうちに来るかもしれなかったし、こうやって『強豪』と試合できるんでしょ。だったらしばらく大会が終わるまでは訂正しなくていいかなって。いろんな強いやつと、戦いたかったしね」
不敵な笑みを浮かべて楽しそうにいったリョーマは、続けて「でも、やっぱり不便だからどうせなら男で生まれたかったな……そしたら、堂々と試合だって出来るのにね」と言った。

「あーあ。それにしてもあんたにバレちゃうなんて、俺もまだまだだね。不動峰のひとたちも、ほかのひとも騙されてくれたのに。あんたって噂通り、女には見境なしだからなの?」
残念そうに言いながら、跡部に対して失礼も甚だしい言葉を投げかけたリョーマに、跡部はこめかみをひくつかせながら言い返した。
「まわりが腑抜けだっただけだろ」

確かに、リョーマの言う通り、リョーマと言い争っていた向日も少年だと思っているに違いない。もしあの向日がリョーマが少女だとわかっていたならば、先程の試合、リョーマが立っている姿を見た瞬間にやかましく口を開いたに違いないのだ。
一緒に寝ていたらしいジローに聞いても、「眠かったから寝てたからいたことなんか知らないC−」と言われ、唯一の頼みの樺地にも首をかしげ困ったような顔をしか向けられなかった。きっと三人とも手塚や不二の会話も聞いていなかったし、いちテニス部員だとおもって興味が失せたら気にも留めなかったに違いない。

「ちょっと、跡部さん。きいてる?」
つりあがった大きな瞳が跡部の目の前に飛び込んできて、訝しげに眉が寄せられた。果実をおもわせるあかい唇はすこしだけとがらせられている。
跡部は、おもわず身体を後退した。
「ああ、聞いている」
心情とは裏腹に落ち着き払った声でかえした跡部に、リョーマは顔をしかめた。

「へえ。じゃあいいんだね。さっき俺が言ったこと」
「……かまわない」
まさか今更聞いてなかったとは言えずに、跡部はしぶしぶそう言った。
リョーマは跡部が聞いていなかったことを知ってか知らずか、すこし呆れたように跡部のことを見つめて、いきなりラケットバッグのなかからメモとペンを取り出した。さらさらと慣れたてつきで書かれていく綺麗な筆記体と、番号の羅列。
それが携帯電話の番号とメールアドレスだと気付いた時には、それが跡部の手に押しつけられていた。

「俺が練習相手になってほしいってときはいつでもなってくれるだなんて、跡部さん優しいんだね。さっすが氷帝のキングは一味違うね」
にやりと笑いながら、してやったりという表情をしたリョーマを目の前にしてはじめて跡部はいま連絡先の書かれたメモが渡された理由を察した。
まんまとこのちいさなこどもにはめられたのだ。

「おいっ。待て。俺様はそんな約束一言も、」
「撤回は認めないよ」
「えち、」
「じゃあね。あんたとのプレー、楽しみにしてる」
ラケットバッグを背負い、ひらひらと手を振ってリョーマは跡部がすべてを言う前に駆け出した。重そうなラケットバッグを軽々と持ち上げながら颯爽と駆け出していく後ろ姿は、そこらへんの男よりもある意味男らしい。
その台風のような勢いに、跡部はメモを握りしめたまま忍足達がやってくるまでリョーマが消えた先を突っ立ったまま見つめていたのだった。



「おちびぃ。さっきあとべーと何話してたの?」
くるくるとよく動く大きな瞳がリョーマをとらえて興味津々に聞いてきた。聞かれたリョーマはひくりと口元をひきつらせて溜息混じりに「どこで見てたンすか………」と若干引き気味の声で言うと、それだけリョーマが嫌がっていることを察したのか、慌てたように言葉を重ねた。
「わあもう!ちがうよー。おちびのことつけてたんじゃないよっ。ただおちびが勝手に消えちゃったから探してただけなんだよ!」
「えー。ほんとっすかー」
「もう。信じてないなあおちびっ」
ぐりぐりと頭を押さえつけられながらいじられて、リョーマは痛いっす…ともらしながら菊丸の手をのけて帽子をかぶりなおした。
この先輩のやること大部分に悪気なんてないということはよくわかっている。

「まあ消えたことは悪いと思ってるっす……けどそんな探さなくたって、消えやしないんすから」
ぼそぼそと言うリョーマに、菊丸はかわいいなあ、とほわほわとした気持になった。すこしだけ声を小さくして、帽子を眼深にかぶりながらいうのは赤くなった頬を夢いられたくないからだと気付いたのはつい最近だ。一見クールすぎるように見えるリョーマも、照れたりするのだと思えて心が温かくなったのだ。

「もーかわいいなあ!おちびは!」
「なっなにいってんすかアンタ」
ぎょっとしたように眼をむいて、リョーマは慌てたように菊丸のおしゃべりな口をふさぐ。もごもごと、菊丸はなにか言っているがこのさい無視だった。
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べつに矢印も生じていない跡部とリョーマ♀。

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