寝てる子だあれ
ノーカップリング!

関東大会一回戦、ダブルス1――宍戸・鳳VS乾・海堂戦の最中、樺地は窮地に立たされていた。氷帝学園テニス部部長である跡部からどこかで寝ているはずのシングルス2にでるジローを起こしてこいと言われ、ジローの姿を発見したものの、そのジローをかついで連れていくことは出来ない状況だったのだ。てっきりいつものようにひとりで木陰で寝ているかとおもいきや、寝ているジローの隣りには一回り以上ちいさいテニスウェアを着たこどもがいたのだ。
件のジローというと、隣りのこどもと一緒に盛大に眠りの世界へと入り込んでいて、こうやって人の気配にも、いたるところから聞こえる試合の歓声にも気付く様子はない。

樺地は自分の試合も控えているため、ここはしょうがないがジローには起きてもらうことにした。いつもだったらジローをかついで運ぶのだが、となりにいる子供(ジローとこどもはお互いに縋りつくように寝ている。)を無理やりに引きはがすのも忍びない。健やかに寝息をたてて寝ているふたりの姿は見てて微笑ましかった。

とんとんとジローの肩を叩いてみるが、ジローはやはりいつものように寝入ったまま起きるそぶりを見せることはない。もう一年以上は付き合っている樺地は根気強く起こそうと試みるが、しぶとく寝入るジローは気付くはずもなくぐうぐうと寝息をたてている。
このままだととなりのこどもまで起こしかねないな、と判断した樺地は歓声がとどまることを知らないコートのほうを見つめながら、ジローとこども、ふたりぶんの身体をひょいと持ち上げた。小柄な体格通り軽い体重であるこどもは樺地の肩に負担をかけることもなく、かといって起きることもなく、ジローとふたりで平和そうに寝ていた。
そして樺地がいつもより遅い時間にコートのほうに戻り、氷帝レギュラー陣――というより跡部がいるところへと戻るとふたりをスタンドの上へとおろした。ジローとひっつくように寝ているこどもの姿に気付いた跡部が、不思議そうな声をあげた。

「アーン?余計なもんひっついてるじゃねーか」
起こさないようにと気をつかった樺地の心遣いも虚しく、跡部はひょいっとその子供を持ち上げた。無理やり引きはがされ、こどもは「……う…?」とうめき声をあげてぼんやりと腕をつかんでいる跡部を見上げた。先程まで寝ていてわからなかった顔にある大きなつり目が跡部の顔をとらえた。

「……………?だれ……」

鈴の鳴る様な可愛らしい高い声がつむがれ、こども――少女は起き上がって腕をつかんだままの跡部の手を外してぼりぼりと頭をかいた。見た目にそぐわない少年のような仕草に、跡部は普段まわりにいる女性との違いに口元をひきつらせた。

このふたりの様子に気付いた向日が、大きな声をあげた。

「あー―――っ!跡部なにスタンドにガキ連れ込んでんだよ!しかもそんな小学生みたいなの!」
良い意味でも悪い意味でも正直な向日は少女にたいする感想を包み隠さずに言い放ち、言われた跡部が誤解だ!と叫ぶのと、ジローがやっと騒ぎにうるさいなあ、と目覚めるのと小学生扱いされた少女が怒って怒鳴りつけるのは同時だった。
一気にうるさくなった氷帝レギュラー陣に、青学選手たちが固まっているなかの一人――不二が目を向けた。

「あれは……」
ぽつりともらした不二の視線のさきには向日に食ってかかって怒っている少女の姿だ。見慣れた姿がなぜあんなところにいるのか、と考えながら不二ははやくあのなかから少女を連れだすべく、氷帝の生徒が多く集まるスタンドのほうへと足を進めた。
後ろから河村の「不二?どうかしたの?」という不思議そうな声にも「ごめん、ちょっと」と簡潔に述べて急ぐ。トラブルメーカーというか少女の生意気な言動が他校生や学内でもやっかみを受けていると知っている不二は、早急にこちらに引き戻すべきだと考えたのだ。

一方、向日になにか弁解しようとした跡部は目の前で応酬される喧嘩に入り込むこともできずに見つめているだけだった。起こされたジローはうるさあい!と叫んでいるがその言葉も放っておかれ向日と少女は言いあいを続けている。
ただし中身はたいそうくだらないもので、小学生レベルといってもいい。

「――――ごめん。うちの生徒……返してもらってもいいかな」
呆然と見つめていた跡部の肩をつかんだ意外にも力強い手に、跡部は振り返った。声でもちろんわかっていたが、跡部は不二の言葉の意味を誓い出来ていなかった。………青学の生徒だったのか。

不二の登場に気付いていない少女に、不二は歩み寄って少女につかみかからんばかりの向日を手で制して少女の前に立ちふさがった。微笑んだ表情のままだが目は笑ってはいない不二に、少女は口をひきつらせてひぃ!と情けない叫び声をあげた。

「ふっ不二せんぱーい……」
「まったく、朝からどこにいたの?スタンドに姿は見えないしこんなところにいるし。きっと君のことだからまたどこかでお昼寝でもしていたんだろうけど、心配するからちゃんと目の届くところにいてくれないと、困るよ」
「…………べつに迷子になったりなんかしないよ」
むっとした表情でつげる少女に不二は首を横に振った。
「迷子だけじゃないよ。僕たちが見ていないところで君が怪我したり絡まれたりするのはいやなんだ。前になったことがあるから越前もわかってるよね?」
そのときのことを思い出したのか、気まずい表情でうなずく少女は先程まで向日と言いあいをしていたものと同一人物には見えない。
殊勝なその態度に不二はようやく納得したのか、よしよしと小さな子相手のように優しく頭をなでてやると少女の手をひいて跡部へと向き直った。

「もしかして君が越前を連れてきてくれた?」
「ジローのついでだけどな」
ちらりとまた寝始めたジローに視線をよこした跡部は肩をすくめた。
「そう。どちらにしても、君には感謝しなくちゃね。越前も一緒に連れてきてくれてありがとう」
不二からのお礼の言葉に跡部はべつに、といって少女を見下ろした。まだ眠たいのかまたうつらうつらとしはじめ潤んできた瞳はもう焦点があっていない。不二のジャージの裾をつかんで眠そうに目をこする様子はまさにこどもだ。

「不二先輩……いまダブルス…………海堂先輩と乾先輩がしてるの?」
眠そうな表情をしながら繰り広げられる熱戦を見つめながら少女は不二に問うた。不二は頷いた。
「うん。さっきのダブルス2は英二たちが勝利をおさめたけどね」
「!そっか。良かったッスね」
ぱちぱちと試合を見つめる少女は興味深そうにラリーを追っている。海堂のポールまわしにも驚かずに目で追って観察していた。

「…………ところで不二。そのこどもはお前のところの生徒なのか?」
素っ気ないテニスウェアに短パン。短く切られた髪の毛はショートヘアで、顔立ちこそ整っていて綺麗なものだが、どうにも少女という感じはしない。すらりと伸びた身長のわりに長い手足はスポーツするようにも思えないほど筋肉は見受けられない。
その跡部の評価が少女にも伝わったのか、むっとした表情で口を開いた。

「うるさいな。あんたはとてもじゃないけど中学生には見えないよ」
「越前!」
咎めるような不二の口調にも少女は怯まない。下からにらむ大きな瞳はもう眠気など存在せずに跡部に対してだけ向けられている。

「アーン?うるせえガキだな。お前ら青学は目上の人間に対する教育もなっちゃいないのか」
「越前、もどるよ」
面倒なことを起こす前に、と不二が声をかけるが、もともと眠いところを跡部のせいで起こされた少女が聞くはずもなく、不敵な笑みを浮かべて言い返す。
「あんたに対する敬意は、必要ないと思うけど?」
「社会の常識ってものだ。そんなこともわからないのか?」
「あんたに言われたくないね、氷帝の部長さん」
跡部の交際関係の荒さを揶揄していると受け取ったまわりは、徐々に険悪になるふたりの雰囲気をとめようと必死にふたりを引きはがそうとするがなかなかうまくいかない。先程まで少女と言い争いをしていた向日もいまは止める側へと走り、ばちばちと火花を散らすふたりの間に割って入る。

「おっおい跡部!試合見とかなくていーのかよ?いますごく佳境だぜ?」
「越前、あっちにファンタがあるからね」

向日、不二の言葉も虚しく言葉の応酬をはじめたふたりに、冷静さに帯びた「越前、なにをしている」という手塚の声が耳に入った。
手塚の声にびくっと肩を揺らしてそちらを見る少女の顔は、まずい、というものに満ちている。

「どこをほっつき歩いていた」
「……すみません、寝てました」
「ならばはやく戻れ。それとも、ここで何周か走りたいのか――それとも、何十周か走るか?」
「も、戻ります!」
慌てて青学の生徒がいるスタンドへとばたばた走っていく姿に、跡部は驚いたように見つめていた。扱い、慣れている。

「悪かったな、うちの部員が……」
手塚の言葉に跡部は首を横に振った。あんなこどもに大人げない発言をしたことを後悔しているのか、手塚に食い下がることもなかった。
ただ、手塚の言葉で引っかかったものがあった。
『うちの部員』、とは?

「おいおい手塚。あれはテニス部でも女子テニス部だろーが。なんでお前のところの部員なんだよ」
「いや、越前は男子テニス部に所属しているが」
「………………………………?」
首をかしげた跡部に、不二が手塚の言葉を補うように慌てて「男子テニス部の、マネージャーなんだよ」と言った。

ああなるほど、と納得するべきところなのだろうが、どうもあの少女の様子では納得できない。マネージャーというのとは、大きくかけ離れているような気がしてならない。
まだ納得いかない様子の跡部に、不二はわざと大きな声あげて手塚を向こうへと追い立てた。少々抜けているところがある手塚を跡部と会話させるには不十分だと判断したらしい。
一方、聞ける相手を失った跡部は去っていく手塚と不二の姿を見送って、離れたところでダブルスの試合を眺めている少女に視線をよこした。ここから見える横顔は、先程のこどもっぽい表情や言動とはかけ離れた真剣なものだった。
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こんなの書きたいな〜と思いつつ、ジローを出したいな〜というおもいがつまった作品。
これがわたしの女の子リョーマの基本かなってかんじです。


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