だってまだ十二歳
金リョ♀

艶やかな黒髪は風になびいて、ゆらゆらと目の前でたゆたう。猫のようなつり上がった大きな瞳は髪の毛と同じぬばたまの色。女の子にしては短いショートヘアだけれどスポーティーでどこか少年のような様子を見せる彼女にはとても似合っている。長い髪の毛もきっととっても綺麗だけれど――――そんなことを思っても、金太郎は口には出さなかった。
にこにこと金太郎がリョーマを眺めていると、リョーマは不思議そうにじっとこちらを楽しそうに見つめてくる金太郎に訝しそうな顔を向けた。
「………なんか、楽しそうだね」
心底わからない、といった様子のリョーマに、金太郎は楽しそうに笑った。

「だって、やあっとコシマエと一球勝負でもテニス出来たんやもん!これが喜ばずにいられるかっちゅーねん!」
ばしばしと力の加減を考えず勢いよくたたく金太郎にリョーマは顔をしかめながらその手をはたき落した。
「……痛いんだけど」
すこし顔をしかめてにらみつけるリョーマに、金太郎は先程とは打って変わって泣きそうな顔をして飛びついた。
金太郎の容赦のない抱擁に、リョーマは複雑な気持ちでそれを受け止めていた。

( どっちみち……痛いんだけど。 )

けれどぴーぴーとごめんなあ!とか堪忍なあ!と耳元で謝る金太郎は気付くはずもなく、結局いなくなったふたりを探しに来た四天宝寺、青学のメンバーが来るまでリョーマはその金太郎のあつすぎる抱擁に閉じ込められていたのだった。



じゃーあーなー!コーシーマーエー!と金太郎のおおきな声を背に受けながら、リョーマはレギュラーメンバーと一緒に一度学校に戻るべく、踵を返していた。先程まで自分を抱きしめていた金太郎のかわりに、今度は菊丸が上からのしかかるように肩に腕を置かれている。
この先輩たちは本当に自分の性別を知っていてこういうことをしているのか、まったくわからない。副部長の大石などはやたらと気遣ってくれていて、生理の日などはよく体調が悪いことに気付いてくれる。それはありがたいことだけれど、どうしても恥ずかしくて大石に気付かれないようにいつも努力している。大石は理由に気付いているのかは定かではないが、気付いていたとしたら余計に体調が悪い時は隠したくなる。

大きな溜息をついて、リョーマは肩に乗っている菊丸の腕をどかして下からにらみあげた。

「だから、自分の体格考えてくださいってば」
「んー?いっつもしてるじゃん!」
「試合で疲れてるんスよ。遠山との、すっごい疲れたんスから」
つんとした様子で言うリョーマに、菊丸は肩をすくめた。なんだか今日の後輩はつれなかった。

「でも遠山とは仲良くしてたんじゃん。あ!あれか!おちびにもついに……」
にやにやとこちらを指さしながら下世話なことを考えている菊丸に、リョーマは素っ頓狂な声をあげた。
「はあ?意味わかんないんスけど。悪いんですけど日本語でしゃべってもらえません?」
「なんだよーう!まだ全部言ってないだろー?おちびこそ本当はわかってるんじゃないのー?」
このこのーと菊丸がリョーマの両頬をふにふにとつかむ。赤ちゃんのように柔らかなリョーマの頬は菊丸がいじったせいですこし赤くなっていた。

「からかわないでくださいよエージ先輩……」
むっとした様子で頬をさするリョーマに、菊丸はへへっと舌を出して謝った。「ごめーん。おちび」
その謝っているのか謝っていないのかよくわからない謝り方にリョーマも慣れてしまったのかいちいち突っ込まず、はいはいと軽くあしらっている。

四天宝寺中に勝ったいま、全国大会決勝―――立海大付属中との試合があとすこしで迫るなか、そんな緊張感のない雰囲気を見かねたのか、先頭を歩いていた手塚がいつもより三割増の厳しそうな表情でリョーマと菊丸を叱責した。ふたりはそろいもそろってお互いのせいだと指をさしたがそんな様子もまた叱責されてしまう。
「部長固すぎっすよ」「手塚ァ〜そんなにしぼらないでよーぅ」と好きなことをいうふたりに手塚は頭を抱えたくなったが、あまりにも明日にたいして大石のようにがちがちになりすぎるのも良くはない……とおもいなおし、溜息をついてもううしろのふたりにとやかく言うことはなかった。
それに気を良くしたのか、菊丸は安心するとリョーマのことをいじり倒した。普段から少女なのに男子テニス部にはいり、全国にいるテニスプレイヤーを性別を越えて倒していく彼女が、つい先程出会ったばかりの少年にラブコール(もちろん相手はリョーマが少年ではなく少女だなんてことは知らない。)のようなもの――ようはリョーマとの試合をしたいという熱意のかたまりだった――に菊丸は興味津津だった。
それを一身に受けていたリョーマの表情がいささか満更でもないところがまた興味を引くのだ。

「で、おちびはあの遠山のことどうするの〜?大阪だったら遠距離になっちゃうよね!」
にこにこにやにやと笑う菊丸にリョーマは顔をしかめた。
「だぁーかーら、そんなんじゃないですってば!」
「またまたァ!素直に先輩にはきなさいっ」
うりうりと言いながら頭をなでられて、リョーマは恥ずかしいやらむかつくやらで撫でている菊丸の手をぴしゃりとたたいた。その鋭い音に、斜め後ろで河村と話していた桃城が痛ましそうな顔で「いたそー」とつぶやいたのだった。ひりひりと痛みあかく腫れる掌をふーふーと気休めに冷ましながら菊丸は涙目でリョーマを見下ろして頬を少年のようにふくらました。

「痛いじゃんっおちびぃ」
「自業自得っす。痛いのやならもうああいうこと聞かないでくださいね」
謝る気はないリョーマに、菊丸もおとなしく引き下がるはずもなくかみついた。
「むーっ。そんなに気にしてるならさっさと認めちゃえばいいだろー。どうせ見え見えなんだからなっ」
帽子をつつかれ、リョーマはじろりと菊丸をにらんだ。この人は本当に性懲りもない!
「そんなんだからいまだに彼女が出来ないんスよ!空気読んでください!」
「それおちびに言われたくないしー!」

ぎゃあぎゃあわーわーと騒ぐふたりを尻目に、桃城と河村は溜息をつき、さすがにとめようと口を開きかけた大石の横で臨界点を突破した手塚がふたりを先程よりも厳しく叱責したのは言うまでもないことだった。
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