聖者の呪い:004
なんちゃって魔法系ファンタジーパラレル
最終的には赤黒にするのですが、ほかの黒子受カプが混ざりこみます。

こちらを見る荻原の瞳が、あまりにも辛そうだったので、テツヤは荻原が心配になった。大丈夫ですか、と声をかけようとしたところで、テツヤはまさにその人である荻原の声に遮られた。

「ごめん……俺、黒子と一緒にいれなくなった…」
「……え?」
呆けたような顔と声で荻原を見上げたテツヤに、荻原は泣きそうな顔をした。

「わからない…けど、俺、もう黒子といれないんだ……なんでだろう…いたいのに…っ……」
荻原はやけにはっきりしない口調でそう言いながら頭を掻きむしった。よく見ると、手が震えていて、顔からは冷や汗が滲み出ている。

「あの、」
彼はどうかしたんですか、とテツヤが荻原の師である魔術師を見上げようとしたところで、テツヤは唐突に酸素が欠乏し呼吸がしづらくなった。
驚いて目を見張ったままその相手を見ると、なんと、魔術師がテツヤの首を締め上げていた。瞳はうつろで、焦点があっていない。そして手は氷のように冷たくなっていた。

「あっ…ぐっ…いぎぃ……っ…」
首を絞めている手をどかそうと、テツヤはもがくが、どうにもこうにも大人の力はどうしようもない。喉からわずかにしかやってこない空気を取り込もうと必死にしていると、横からものすごい勢いで飛んでくるものがあった。

派手な音を立てて荻原とその魔術師が石畳に倒れこんだ。
ぜえはあと大きく肩で息をしながら、テツヤが涙目でその光景をはっと見た。身体にうまく酸素がいきわたらなくて、テツヤは身体がうまく動かせなかった。
ぴくりともしなくなった魔術師は、屍のように横たわっている。

「おぎ……わら、くん」
テツヤがおそるおそる呼びかけると、荻原はゆっくりと顔をあげてテツヤを見た。
その幼さの残る顔には、ぽろぽろと涙が流れていた。

「ごめん……俺…」
憔悴しきったようすの荻原に、テツヤは駆け寄った。
顔色の悪い荻原を気遣うように、優しい声色でテツヤは問いかけた。

「なにかあったんですか? 魔術師協会で……」
その言葉に、荻原の体は明らかに強張った。
「協会……」
「そうです。君が先程までいた…」
「…そうだ。俺、協会に戻らなきゃ……」
ゆらりと荻原は立ち上がった。そして、それをぼんやりと眺めるテツヤを見下ろした。
その瞳からはいつもの親しみなどは感じ取れず、ただひたすらに冷たく凍っている。

「待ってる……あのお方が……そう、連れてこなきゃ。連れてこなきゃ…」
そのときはじめて、テツヤは荻原に恐怖心を抱いた。そのうつろな瞳、冷え切った手、先程の魔術師と同様だと思ったのだ。
それでも友人として…いや、もしかしたらそれ以上のおもいがあるかもしれない荻原を無下に扱うことは出来なくて、テツヤは抵抗らしい抵抗が出来ずに荻原に捕らわれた。

「あの方がお待ちです……もう数百年…それ以上に………。わたくしめはそのためだけに今まで生きてきたのです、ああ、おいたわしや×××様……」
ぶつぶつと荻原が呟いたのと同時に、テツヤは既視感に襲われてはっとなってそのうつろな瞳を覗き込んだ。
その瞳には、うっすらだがあの老婆の姿が見えたのだ。

「……っ…、すみません! 荻原くん!」
テツヤはこのままじゃだめだと思い、渾身の力を振り絞って荻原を突き飛ばした。わずかに揺れ、動きの鈍くなった荻原に、テツヤは咄嗟に先程青峰たちと別れるときにわけてもらった聖水を頭の上からぶっかけた。

頭からズブ濡れになった荻原はぴくりともしない。まるで固まってしまったかのように微動だにしない荻原に、テツヤは触れた。
なぜだか、今なら大丈夫だと思ったのだ。

「荻原くん」
「…………くろこ……」
肩に触れてきたテツヤの手に驚きながら、荻原は大きく目を見開いてテツヤを見返した。

「ごめん……俺、わけわかんないこと言って………っ。黒子の、黒子の首をっ…しめ、た…ッ……!!」
「落ち着いて、荻原くん…」
錯乱したようにまた頭を掻きむしりだした荻原に、テツヤは落ち着かせたい一心で背中を優しく撫でた。自分よりも一回り大きい身体を受け取めて、自分はここにいるんだと安心させたかった。
案の定、荻原の体は冷えて震えていて、ひどく悲しそうだった。

「どうしたんですか……? 君も、魔術師さんも…」
荻原は肩を上下させてびくびくと震えている。
きっと泣いている。荻原はひどく強い力掻き抱いてくるのも、顔を見せたくないからだ。これ以上テツヤに余計な不安を抱かせたくないのだ。

「わからない…けど、俺じゃない誰かが……俺の、身体に…」
ぶるっとひときわ大きく身体を震わして、荻原はそれっきり黙り込んでしまった。

どちらも一言もしゃべらずに無言の空間になってしまい、テツヤは困り果てて眉根を下げた。相変わらず魔術師は動かず、横たわったままである。

「一度、部屋へ帰りましょう。あの村には邪気が蔓延していたそうですし……きっと良くないものがあったんです…そのせいです、きっと。君のせいじゃない……」
言い聞かせるようにそう囁くように言ったテツヤに、荻原は首を横に振った。

「ダメだ…。だって、俺、またわけわかんねーやつに身体乗っ取られるかもしんねーじゃん………」
言葉を震わして、そっと回している手をはずして、荻原はそっと笑んだ。頼りなく力ない、弱弱しいものだったが付き合いの長いテツヤにはすぐにわかってしまった。
これは嘘でも冗談でもないのだと。

「……いやだ…」
ぽつん、とテツヤは言葉をもらした。そして慌てて手で口を押えて、はっとしたように荻原を見て、それから悲しそうに顔を歪めた。

「そんな顔すんなよ、黒子。…俺だって、本当は……」
荻原がそう苦し気に言いながら、テツヤの頬に手を滑らした。色気もへったくれもない、本当にただ触るだけだったけれど、テツヤはそれだけで胸にじんわりとあたたかいものが広がっていくような気がした。

「荻原くん……」
テツヤが寂しそうにそう呼んでも、荻原は今度は抱きしめ返してくれはしなかった。
腕を伸ばしかけたテツヤをとめて、代わりになにかを手に握らせた。鮮やかな橙色の宝石のようなものに、テツヤは首を傾げた。

「これは……?」
不思議そうに問えば、荻原はくしゃっと顔を歪めて笑った。
「魔石だよ。俺の」
「マセキ…?」
橙色の透明感のあるその物体を撫でながら、荻原は頷いた。

「魔術師の魔力の証しだよ。これをつくりだせるってことは、魔術師である証拠。鍛えれば黒子にだってつくれる…。ただ強い願いを念じればいいだけなんだ」
「強い願い………」
テツヤは自分のてのひらにあるその綺麗な魔石を見つめて、しばらく呆けたようにただそれだけを見つめていた。

「強い願い。……俺は、黒子…お前がどうか無事でいられるようにって……願ったんだ」
「ボク、ボクは…っ」
その言葉に、テツヤはぎゅっと瞼を閉じた。唐突に、そうするべきなのだと、頭の奥で声が響いた。
念じればいい、ただ、いまあなたが望んでいることを。彼に、望んでいることを。

はっとし、テツヤはもう片方の自分のてのひらをぎゅっと握りこんだ。
硬い石のような感触がそこにはあった。
おそるおそるテツヤがてのひらを開くと、そこには小さいながらも薄い透明感のある水の色をした石があった。宝石というより、ガラスに近い。

「黒子……それは…」
荻原が驚いたように声をあげてテツヤを見た。
「魔石………」
呆けたようにテツヤは呟いた。

「………俺のために…?」
荻原がそう言うと、テツヤはさっと頬に朱を走らせた。
困ったように眉をしかめて、やや顔を背けた。

「君が――――どうか、道中無事であればと…………」
ぽかん、と間の抜けた顔をして、荻原は久方ぶりににこっと晴れやかに笑った。はにかんで、少し照れて、でもやっぱり嬉しそうに笑った。
ありがとう、とうずうずするような顔でそれを受取り、ガラスのようなその魔石を陽の光に翳して、眩しそうに眺めた。

「俺たち、同じだな。お互いに、お互いの無事を祈ってる」
じっと荻原はテツヤを見つめた。
その真摯な眼差しには、友人の無事を願うだけの気持ちだけが込められてはいなかった。それよりも情熱的で、もっと熱く顔を背けたくなるような、そんな、いまのテツヤにとっては正しく理解できないものだ。
けれどもさすがにテツヤもわずかに違和感を感じたらしく、迷うように視線を外すと、やや目尻を赤くして、再度荻原を見た。

「同じ……ですけど…………やっぱり、君と離れてしまうのは寂しい」
すとん、とその言葉は荻原の胸に落ちた。

「…………俺も、もっと黒子といたい」
すんなりと、荻原はその言葉を口から滑らせていた。
テツヤはその言葉に、うまく返せずにただ頷いた。それでも気持ちは十分に伝わったらしく、荻原は嬉しそうに微笑んだ。



数日して、荻原はテツヤと別れていまだに眠りについたままの師である魔術師と以前住んでいた都へと戻っていった。去る間際、わずかに逡巡を見せた荻原だったが、テツヤに見せるようにして首から飾りのように下げている魔石を握りしめて、笑った。
「いつかまた……」声だけは寂しそうに、風の中に溶けて消えるような声で言った荻原はに、テツヤは強く頷いた。

***

時は経ち、黒子テツヤが荻原シゲノリ少年と別れ、五年の歳月が経った。
黒子はいま十五歳の青年に差し掛かる少年に成長していた。といっても、あの頃と変わらず同年代のなかでは小柄な方で、やはり年齢よりも下に見られがちである。
あの後、黒子と黒子の母親と2号は別の長閑な町で細々と2、3年ほど暮らした。あの村での凄惨な事件があってから病気がちになってしまった母親の看病をしつつ町で知り合った気の良い商人の手伝いをしながら母子二人と犬一匹の生計を立てていた黒子だったが、住んでいた家も夫も失った黒子の母親は、肉体的な病気のこともあったが、精神的にも弱ってしまい町で流行った流行病に倒れあっけなく逝去してしまった。
残された黒子は、くぅんと腕の中で悲しそうに鳴く2号と、よく面倒を見てくれた商人や近所の住人に丁重にお礼を言ったあと、自分のこの身の呪いの謎を解くための旅に出たのだった。
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PIXIVより再録。

次回からは最後のように十五歳設定で進んでいきます。
そろそろ火神くんとかも出る予定です…。
赤黒もちゃんと出てきます。はい。


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