聖者の呪い:003
なんちゃって魔法系ファンタジーパラレル
最終的には赤黒にするのですが、ほかの黒子受カプが混ざりこみます。

命からがら逃げ延びたテツヤと母は、村より西方に数十キロ離れた町へと辿り着いた。村から一度も出たことのなかったテツヤと、あえていうなら頼りの綱である母は気を失っていたので、荻原と魔術師に言われそこにいくしかほかなかった。
荻原と魔術師は初めての町で戸惑っているテツヤに気を遣ってくれて、気絶している母と休めるようにと宿を手配してくれた。荻原と魔術師に自分たちはどうするのかとテツヤが問えば、魔術師協会に登録している魔術師であるのでこういう緊急なときには特別に協会関係施設に滞在することが出来るらしい。

そのあと、テツヤは荻原と別れて、2号が番犬がわりをし母を見守って待ってくれている宿へと戻った。
離れた町であるここにもテツヤがいた村での騒動が伝わっているらしく、見慣れぬ風貌であるテツヤに町の住民のある意味無邪気で不躾な視線が集まっていく。
居心地の悪さにテツヤは足をはやめて宿へと入っていった。
宿の主人である老齢の男に軽くお辞儀をして、母と2号がいるであろう部屋へと入ると、2号がきちんとお座りをしてすこしだけ鳴き声を上げた。

「ただいま…2号」
顎あたりをくすぐってやると、気持ちよさそうに目を閉じて鳴く2号に力なく微笑んで、ベッドの上でいまだ気絶したままの母を見やった。
これから先のことが、テツヤには見当もつかなかった。荻原と旅に出るなんていうこともこんな状態になっては白紙に戻ったといっても過言ではない。
かといって、戻る場所はない。

「………………………」
脳裏に父親のおそらく最期の瞬間であろう光景が浮かび上がって、テツヤは考えたくないとばかりに頭を横に振った。
吐き気がする。気分が悪い……。
ふらふらとおぼつかない足取りで、テツヤはドアのほうへと向かった。気分が優れないから、宿の主人に水でももらおう。少し飲めば、この最悪な体調も落ち着くかもしれない。
ガチャ、とドアノブをまわしたところで、テツヤはちょうどドアの向こうにいた人物に扉をぶつからせてしまいかけた。

「危ねーな。気を付けろよ」

扉にぶつかりかけた、おそらく廊下を歩いていたのだろう人物は、顔をしかめてテツヤを見た。浅黒い肌に短く刈った髪の毛とがっしりとした体格が、少年を活発そうにみせている。

「す、すみません……」
ふらっと、誰の目から見ても明らかな覚束ない足取りに、少年は慌ててテツヤの肩をつかんだ。

「おい、気分悪いのに無理するんじゃねーよ。大丈夫か?」
先程とは打って変わって優しげな声に、テツヤは朦朧とする意識のなか、頷いて少年の手を肩から退けた。

「大丈夫です……。歩けますから、ひとりで」
差し伸べてきた少年の手を払うように、テツヤはつっけんどんな口調と態度でそう言った。相手の少年はそれにややむっとしたような顔をしたが、今度はテツヤの片腕の手首を取って引っ張った。
ぐいっとむやみに引っ張られて身体ごと倒れこみそうになったテツヤは非難の声をあげた。

「うっせーな。気分わりぃときは人の親切くらい素直に受け取るもんだぜ」
「……頼んで、ません」
苦し紛れにそう言ってみれば、少年はふんと鼻を鳴らして宿の一番奥、そして一番大きな部屋へと入っていった。おそらくこの宿の中でも最も料金の高いところだろう。テツヤのいた部屋より大きく整っている調度品がきらきらと輝いている。

「ここに座れよ」
ぽいっとテツヤ自身を柔らかそうな椅子に投げる。
ふぎゃ、と潰れた声を出してテツヤは椅子に突っ伏した。

ぴちゃぴちゃ、とぽとぽぽと水がそそがれるような音がする。テツヤはぼんやりと天井を見つめてはやく部屋に帰らなきゃ、と思った。
けれども身体は言うことを聞かずに、根を張ったようにこの椅子に座り込んでしまっている。

「ほらよ」
手に押し付けられるように渡してきたそれを、テツヤは見た。
陶器の器から感じられる熱と、冷たいひんやり感。

「水とかなら、飲めるだろ」
「んっ………」
ぐいっと無理に飲ますようにカップを口元に押し付けられて、テツヤはごくりと喉を鳴らした。澄んだような、不思議なほどひんやりとした水が喉を通り、テツヤは一瞬で気分が良くなった気がした。

「……あれ…………?」
胸を抑えてカップを持ったまま少年をテツヤが見上げると、少年がそのときはじめて笑った。

「やっぱりなー。お前、邪気にあてられてたんだろ」
「邪気………?」
訝しげに眉根を寄せたテツヤに、少年が頷いた。

「この町の東にある村で、魔女が暴れて村を壊滅させたって聞いたんだよ。離れてるって言っても、そういう悪い魔術師の邪気っていうもんは伝播してしまうもんさ。お前も魔術師みたいだし、人一倍そういうのを感じやすいんだろ」
少年の口からすらすらと出てくる言葉がよく理解出来なくて、テツヤは首を傾げて唸った。

「あ、あの……邪気っていうのは…?」
困惑気味に聞いたテツヤに、少年は驚いたように目を見張ってからそちらも首を傾げた。
「邪気と言えば邪気だよ。お前だって魔術師ならわかるだろ?」
「……………え。……あ、いえ…ボクは魔術師といっても見習いみたいなもので」
「見習い……? ふーん…。まあ、でも気分が悪かったなら邪気にあてられたことは変わんねーよ」
口調に見合ったがさつな手つきで少年は自分のカバンからなにかを探り当てようと手を動かしている。テツヤはぼんやりとその姿を見ながら時計を見てはっとして立ち上がった。

「っ……」
けれどもやはり体調が戻っていなかったのか、テツヤはすぐにふらついた。

「おい! まだじっとしておけよ」
少年ががしっとテツヤの細い肩をつかんで座りなおさせた。
怒ったように、けれど心配そうな顔で見下ろしてくる少年に、テツヤはぽかんとした顔で見つめながら、すみません、と頭を垂れた。

「君には迷惑かけてばかりで……」
申し訳なさそうにテツヤが言えば、少年は首を横に振ってにかっと歯を見せて笑った。
大きな身体の割には幼い笑顔だった。

「いーんだよ。それよりどっかで倒れられたりでもしたら寝覚めがわりぃんだよ」

その言葉にテツヤはくすっと笑い声を漏らした。

「ありがとうございます。……そういえば聞いてなかったんですが、君の名前は何と言うんですか? ボクは、黒子テツヤと言います」
手を差し出せば、少年が頷いてその手を握った。
テツヤより一回りほど大きい手がテツヤのやや小さめの手をしっかりと握りこむ。

「俺は青峰大輝。魔術師協会の三級魔術師になったばっかなんだ…」
よいしょ、とテツヤの隣りに座って青峰はずいっと身体をテツヤに寄せてきた。

「なあ、テツって呼んでもいいか?」
テツヤはこくりと頷いた。
青峰は機嫌良さそうに楽しげな顔をしながら、テツヤに問いかけた。
「テツはさ、どっかに属してたりしねーの?」
「さっき君が言っていたマジュツシキョウカイみたいなものでしょうか…。残念ながら、ボクはまだ未熟者ですし……今の状態がそのようなものをボクに許すはずもないので、所属してません」
「今の状態? …もしかして、あの東にある村から逃れてきたヤツなのか?」
テツヤは無言で頷いた。重苦しそうに顔をしかめるようすに、青峰ははっとしたような顔をして、ワリィ、と小さく呟いた。

「あんま聞かれたくねーよな…。壊滅させられたって聞いてたし……生き残ってるヤツがいるかまだわかんねーから、俺もお前があの村出身って聞いてビックリした。テツ、お前、一人なのか?」
首を横に振ってテツヤは否定した。
「いえ……母と、家で飼っていた子犬と………ボクをあの村から助けてくれた友人と魔術師さんがこの町にいます」
テツヤの返答に、安心したように青峰はほっと胸をなでおろした。
どこかぼんやりしていて危なっかしいテツヤを、青峰はなぜだか気にかけていた。普段なら一瞬だけ会ったような間柄であればそう関心を持つはずもないのに、この魔術師の見習いだとかいうありふれた少年にどうしてか目を離せない自分がいると青峰は自覚していた。

「なら良かったな。家族がいるのといないじゃ、全然違うしさ」

その言葉に、ちらりとテツヤが気遣わしげに見上げた。なんとなくだが、テツヤはいま青峰の言葉の雰囲気から青峰には家族がいないのではないだろうかと思ったのだ。

「元気になったら、母親んとこに戻れよ。たぶん、心配してるよ。お前のこと」
安心させるようにぽんぽんと頭を撫でられて、テツヤはくすぐったいような気持ちでわずかに微笑んだ。


しばらくすると、桃色の髪をした少女が部屋に入ってきた。テツヤのことは目に入らなかったのか、青峰を見つけるとすぐに頬を膨らまして怒鳴った。

「あーっ!! もうっ。宿にいるならいるって言ってよね! すっごい探したんだから」
桃色の髪を振り乱して青峰を責めるようすに、テツヤはやや気押されながら「すみません」と言った。

「ボクは青峰くんではないので……」
「えっ? …わー!! あなた誰っっ?」
青峰と少女の間に座るような形でいたテツヤに、少女は本当に気付いていなかったようでテツヤの声を聞いてからその存在を認識するとお化けにあったかのような反応をした。
その反応に久しぶりな感覚だ、と思いながらテツヤは眉根を下げた。

「黒子テツヤと言います。気分が悪かったところを青峰くんに助けていただいた者です」
「だ、大ちゃんがそんなことを……?」
恐ろしいものを見るように見上げてくる少女に、青峰は苛立ったような顔をして「おう。ワリィか」と唸った。

「そんなことないけど……。って、君、大丈夫だった? 大ちゃんに無理に連れてこられたわけじゃないよね? お母さんは?」
がしっと肩をつかまれて揺さぶられながら、テツヤは困ったような顔をして少女を見つめた。もしかして、この少女は自分のことをかなり年下とみているのではないだろうか。
確かに青峰よりは身長も低いし顔も幼いかもしれないが、これでも十は迎えてしばらく経つのだ。

「母はこの宿の別の部屋です。青峰くんは、本当にボクを善意で助けてくれただけなんです。むしろ感謝しなきゃいけないのはボクで……」
弱弱しく微笑みかけたテツヤ、ちらりと青峰を見上げた。
「ありがとうございます、青峰くん」
深々とお辞儀をしてくるテツヤに、気まずそうに、というか恥ずかしそうに視線を逸らしながら青峰は頭を掻いた。

「あー…まあ別に気にすんなよ」
「そっけないなあ! あ、そうだ。名乗るの忘れてた! 私はさつき。桃井さつきって言うの。ここにいる青峰くんの幼馴染なんだ」
にこにこと無邪気な笑みを浮かべて話しかけてくる桃井に、テツヤはなぜだかほっとした。少しばかり、重いことにとらわれ過ぎていたのかもしれない。

「そうなんですか。どうりで仲が良さそうです」
微笑ましそうに見れば、青峰がちっと舌打ちをして恥ずかし気に視線を逸らす。
「腐れ縁だって」
「照れてるの?」
「うっせえ、さつき!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら喧嘩をはじめるふたりの姿に、テツヤはふと荻原のことを思い出した。そうだ、戻らなければ。

「すみません。あの、」
「ん? なんだよ」
青峰がぱっとテツヤの方を向いた。

「そろそろ戻らないといけないので、ボクはこれで失礼します」
ぺこりとお辞儀をして感謝の意を伝えると、青峰よりも先に桃井が残念そうに唇を尖らせた。
「えー。もう行っちゃうの?」
「はい…。母を待たせているので」
すこしだけ寂しそうに微笑めば、桃井はうっと息をつめて頬を赤くしてテツヤを見つめた。
そのようすにテツヤは不思議そうな顔をし、青峰は大きな溜息をついた。

「てめえは来るのがおせえんだよ。……テツ、行けよ。たぶん母親もお前のことを心配しているだろうさ」
青峰がにいっと歯を見せて笑って、テツヤの頭を撫でた。
頼りなげな表情がテツヤを子供っぽく見せているため、青峰にとっては年下の子供にしか見えないのだろう。実際はこのふたり、年は同じであるのだが。

「では、またいつか。どこかで」
テツヤがそう返せば、青峰と桃井は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

テツヤはもう一度お辞儀をしてから、部屋を退室した。
青峰が飲ませてくれた聖水とやらのおかげで、気分はとても楽になった。邪気にあてられたからと青峰が言っていたが、本当のところはよくわからない。魔術師はその邪気にあてられてしまうといっていたが、自分はそこまで立派な魔術師じゃない。ヒヨッコだなんて言ってる荻原よりももっと未熟で、拙い術しか使えない。
けれど、あの魔女はいったいなんだったんだろう…。なんとか様と、呼んでいたような気もするが、まったく身に覚えがない。もしあの魔女が暴走し村を壊滅させたのがそれが原因だとしたら、自分はとんだ疫病神だ。

テツヤは元にいた宿の部屋と辿り着いた。ふう、と一息ついてはいると、そこには荻原とその師である魔術師がいた。
やけに重苦しい表情をして、薄ら暗い顔をしてじっとこちらを見ていた。泣きそうな顔にも見えた。
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PIXIVより再録。

次のはなしでひとまず荻黒編は終わる予定となっております。


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