聖者の呪い:002
なんちゃって魔法系ファンタジーパラレル
最終的には赤黒にするのですが、ほかの黒子受カプが混ざりこみます。

「どうか、お願いします……。ボクは、荻原くんと旅に出たいんです」

テツヤはじっとりと背中が汗で濡れているような気がした。麻で出来た簡易装束は古びていて、テツヤの父母の衣服も同様である。その古びた綻びが視界にちらりと入って、改めて自分の呪いを解くことで父母が苦労してきたのだとわかる。

テツヤの母は、息子の言葉に驚いたように目を見張って、すぐに悲しそうに瞼を伏せるとわずかな笑みを浮かべた。

「あなたが荻原君とずっと魔術の勉強していたのは知っていたわ。……私達も、それなりにあなたの呪いを解くように頑張ったけれど………」
ふるふると母は首を横に振った。それを支えるように父が肩に手をまわして、テツヤに優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ。テツヤ。あなたの帰って来る場所はここにあるわ。もし…どこへ行ってもダメだったそのときは……帰ってきなさい。家ならずっとここに。あなたの家は………」

そこで、母は堪え切れずに嗚咽を漏らした。
身体を震わして、横の父にしなだれかかった。テツヤはそのとき見ていられなくて、申し訳なさそうに俯いた。
荻原はこの場にはいない。荻原の師匠である魔術師と共に、この村を運営している村長のもとへと行ったのである。基本的に来る者拒まずとも、去る者には厳しい村だ。村を出て行くにも、村長の許可は必要なのである。

しゃっくりをするように身体を震わしていた母を心配そうにテツヤが見つめていると、突如として轟音と地鳴りのような蠢きが家を襲った。
何か大きなものが衝突したような衝撃に、テツヤと父母は家の外をはっとして見た。爆音と共に、凄まじい熱気と村の人々の泣き叫ぶ声が響く。

「お前たちはここにいなさい。私が見てくる…」
父が、緊迫した表情で立ち上がった。ゆらりと躊躇うような足取りに、テツヤがわずかな不安を抱いたまま、泣き崩れている母を抱き寄せた。

そのとき、凄まじい熱気を含んだ爆風がテツヤたちを襲った。「お父さん!」とテツヤが大きく叫んだが、それも空しく父の姿は跡形もなく消え去った。
目の前で起きていることが追い付かず、テツヤは目を見張って唇を震わした。熱く重苦しい嫌な臭いのする空気がむわりと押し寄せて、テツヤはその空気を吸い込んでむせた。
茫然と涙を流したままの母と共に家の奥へと下がろうとしていると、突如として前になにかが立ち塞がった。
大きな獣の姿……見覚えのないはずのその姿を、テツヤの頭の奥で記憶がちらりと蘇った。

「2号!」
テツヤが手を伸ばしたのと同時に、2号が唸り声のような鳴き声をあげてテツヤと母を背中に乗せた。
そして前足で強く地を蹴り上げて、高く飛翔した。

高度はどれくらいだろうか、高く飛翔したそこから見下ろせる眼下の光景に、テツヤは茫然とした。
母を落ちないように必死に抱き寄せながら、言葉を発せられずにいた。
ついさっきまで何もなかった平穏な村が、このわずかな間で火の海と化していた。下では大きく子供が泣き叫んだり、大人が身体を焼かれ苦しみ蠢ている。

浮かんだ少年の顔に、テツヤは慌てて2号に話しかけた。

「荻原くんっ…荻原くんが危ない! 2号、村長の元へ行ってください!!」
そのテツヤの言葉に頷くようにして見せ、2号は空中を駆けた。
2号の毛にしがみつきながら、テツヤは真っ青になって荻原の身を案じた。これだけ村全体が火の海と化していて、村長のところにいる荻原が無事なわけがあるだろうと思えなかった。
村長の家は村の最奥にあり、テツヤの家からは離れている。荻原は魔術師だから普通の人よりも強くはあるが、それでも子供だ。
脳裏に過った死という言葉に、テツヤは泣きそうだった。

***

しばらくして村長の家へと着くと、テツヤは叫んだ。

「荻原くん!」
荻原と師匠である魔術師がいる村長の家はやはり炎上していて、テツヤは2号に己の母を任せて家へと入っていた。
木材が焼け立ち昇る煙にむせ返りながらも、どんどん奥へと迷わず進んでいく。

すると、奥で人の声が聞こえてきた。それに速度をはやめて進むと、その奥に果たして荻原はいた。ただ、そこにいたのは荻原だけではない。
あの日、あの時、テツヤに呪いをかけた魔女がいたのだ。

「来るなっ!!」

荻原がテツヤの存在に気付いて叫ぶが、もう遅かった。魔女はテツヤがいることに気付くと、そのわずかに隙間から見える口元をにぃといやらしく笑みを浮かべると、しわがれた声で恭しくお辞儀をした。

「ああ。以前は失礼なことをいたして申し訳ありません。私も、あなたさまがいらっしゃるとは思わなくて驚いたのです。×××様」
「な、なにを…………」
テツヤを厭うどころか、むしろいますぐにでも跪きそうなほど下手に出てくる魔女に、テツヤは動揺した。

「しかしながら、あなたさまがここを出て行かれる……そんなこと、この村の誰が許そうとも、決してなさってはいけないこと…。あなたさまは自分がどうしなければいけないか、まったくわかってらっしゃらない」

テツヤは老婆がひどく恐ろしく思えて、震える足を止めることが出来なかった。あの時襲われたあの記憶が、鮮やかにテツヤの頭の中で蘇って、どちらが現実なのかわからなくなる。
視界の端で荻原が杖を揺らし、なにかを老婆に向けて放った。

「黒子!」
テツヤを老婆から守るように荻原が被さってきて、テツヤと荻原は同時に床に倒れこんだ。

「荻原くん……村が………」
青い顔をしたままテツヤが言えば、荻原は辛そうに顔を歪めて、「ごめん…」と言った。
荻原の施した魔術が効いているのか、老婆はテツヤと荻原に近づけないようだった。

「村長…アイツはグルだった。お前をこの村から出したいって言ったら突然発狂して……わけわからないこと言い出して、お前をこの村から出さないって喚いたんだ。俺、ビックリして…師匠に話しかけようとしたら……老婆が突然現れて、村長の首を跳ね落としたんだ」
思わず口を手で塞いだ。叫びにならない悲鳴が喉の奥で掻き消える。

「いつの間にか部屋には結界が張られてて、出れなくなった。師匠の魔術もあの老婆には効かなくて……どうしようもなくなってたら、お前が現れて、結界が解けた」
テツヤが老婆のほうへと視線を向けると、わずかな隙をついて荻原の師匠がこちらへ向かってきていた。

「二人とも立つんだ。ここを出る! この村は……もう」
魔術師が憐みの瞳をして悲しそうに瞼を伏せた。
そんな、とテツヤが小さく呟いたが、それは内装が焼け落ちる音で消された。いよいよでなくては命が助からないとばかりに、魔術師はテツヤと荻原を抱えると全速力で木板の廊下を駆け抜けた。後ろから老婆が追いかけてくる気配はない。

やっとのことで外へと転げ落ちるように出ると、三人は振り返って先程までいたはずの家を見た。
そこはすでに六割以上は燃え盛る炎に包まれており、いまも絶えず崩れ落ちる音を出している。

「……………なんで、こんなことに………」
前を見ても後ろを見ても、広がるのは村全体が火の海となっている光景だけだった。
時折家族を求めて泣き叫ぶ子供や大人の声がして、テツヤは身体を震わした。

「荻原、それときみ…黒子君。ここを出よう。ここにいては危なさすぎる……」
「でもっ……」
頭に今まで共に過ごしてきた村の人々が浮かび上がってくる。そうだ、いつも野菜をくれていたあの親切なおばさんはどうしただろう。二個先の区画に住んでいた二つ年下の子は、生きているだろうか。そうだ、お父さんは…………。

「しっかりしろよ! 黒子!」
肩をつかまれ、がくがくと揺さぶられた。
荻原が必死な瞳でテツヤを見つめ、泣きそうな声で叫んだ。

「俺は、お前に死んで欲しくない! 俺も死にたくない…っ。だから、はやく逃げるんだ! ここはもう安全な場所じゃない」
頭の中ではわかっていた。ここはもう安全ではない。ここにいれば、いずれあの老婆が自分を殺しに来るだろう…。この村の惨状が、それを如実に表している。

「なぜこんなところに神獣が?」
魔術師の大きな声に、テツヤと荻原は振り返った。
そこには忠実にテツヤの言い付けを守り母を背中に乗せたままこちらをじっと大人しく見つめている2号がいた。

「ボクの家で育てている2号です……」
ぽつりと気の抜けたような声でテツヤが返答すると、魔術師は大きく頷いた。

「ちょうどいい。神獣はとても強い……おそらく君のことも守ってくれるはずだ。私は空を飛べるし、荻原は私が連れて行こう。君はその神獣に乗るんだ」
テツヤは再度振り返った。
火の勢いは止まらず、絶望し泣き叫ぶ人々の声も止まない。その音と光景に、躊躇いかけたが、その気持ちを察した荻原がテツヤの頬を平手で張った。

「馬鹿野郎! 黒子、お前っ…自分のことを少しは考えろよ! 村への義理だとか、今はそんなこと言ってる時間はないんだよ! はやくしなきゃ…お前はあの魔女に殺される!」
「荻原の言う通りだ。君はただでさえ特殊な身の上だ。ここにいては、何の解決にもならない。さあ、はやく!」
ふわりと飛び上がった魔術師と荻原に、テツヤは身体を動かすことが出来なかった。ここに残っても離れても、結果的にどちらかを裏切ることになる。
自分は、この過ごしてきた村を放り出してしまっていいのだろうか。

どちらにも決断を下せずにいると、2号が寄ってきてグルルと喉の奥から唸り声をあげてテツヤの首あたりを噛んで放り投げて背中に乗せた。

「2号…っ……待って…!」

村が一気に遠くなっていく。隣で気を失っている母を落とさないようにつかみながら、テツヤは目に焼き付けるように見えなくなるまで村の方を見ていた。
それを見た荻原が苦しそうに顔を歪めて、「ごめん」とまた小さく呟いた。

***


「今年の学年主席もお前だそうだな」

コツ、と磨き抜かれた革靴が音を立てる。新品よりもよほど美しさを見せるほど綺麗に使われて味の出ているその靴に、声をかけられた赤髪の少年はわずかに微笑んだ。

「なんだ。わざわざ見に行ったのか。緑間」
チェスの駒を宙に投げて、掴む。
そして赤髪の少年――赤司征十郎は椅子から立ち上がった。肩から羽織ったローブをとって机に置いて、不満げに見下ろす緑間を見上げた。

「座れよ…見下ろされるのは好きじゃない。チェスでもしようじゃないか」
相手のチェス駒を緑間に向かって投げれば、緑間は頷いた。

「学年主席のくせに、それに固執しないお前にはほとほと呆れそうになる」
「固執してほしいのか? 俺に」
おかしそうに笑って、赤司は駒を進めた。
赤司はおそろしく頭の良い少年だった。彼の前ではどんな相手が頑張ったとしても、最後の最後にはチェックメイトで負けてしまう。
そしてそのチェスでの才能はその類だけには留まらず、国内でも随一の魔術学校であるこの学園のなかでもトップクラス―――というかむしろ数千年に一度の逸材とまで言われている。
たいしてこの赤司のチェスの相手をしている少年、緑間は彼自身がどんな努力をし尽くしても学年二位までにしか上りつめることが出来ないと嘆いている。
もちろん緑間少年に魔術の才能がないわけではない。むしろある。
だがそれ以上に赤司という少年はまだ十をすこし超えたばかりの年齢なのに成人した魔術師よりもよほど魔術に秀でていた。
そう、緑間少年に才能がないわけではない。赤司少年に才能がありすぎているのである。

「――――俺の、負けだ……」
「これで七十二勝か」
涼しげな顔でそう淡々と告げられ、緑間はむっとしたような顔をして憮然とした表情で腕を胸の前で組んだ。

「俺は七十二敗だ」
「拗ねるなよ。次は勝つかもしれない」
「思ってもないことを言うな…」
はあ、と大きく緑間が溜息をつく。

「それにしても…今日は機嫌が良いな。どうしたんだ? 何かあったのか」

緑間の問いかけに、しばらく赤司は思案顔をしたあとに、不思議そうな顔で首を横に振った。

「さあ。わからないな。だが、気分は良い」
またチェスの駒を触りながら、赤司は楽しそうに呟く。

「……なにか大切なものが、戻ってきた気がするんだ」
「珍しいな。お前がそんな不確かなものをそういう風に見るとは」
意外そうに言った緑間に赤司も頷いた。
脳裏に蘇るのは、今朝見た夢だ。
この学園ではないどこか、見たこともない白い壁に囲まれたところで、誰かと一緒にいた。その誰かはおそらく自分にとって大切で、なによりも大事なものだったはずだ。
夢を見ているときの自分は、今までに一度も感じたことがないほどに、凪いだ気持ちだった。
そして、温かった。

「そういえば、夢にもお前もいた気がするよ」
緑間が心底驚いた顔をするので、赤司はくつくつと笑い声をもらした。
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PIXIVより再録。


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