聖者の呪い:001 なんちゃって魔法系ファンタジーパラレル 最終的には赤黒にするのですが、ほかの黒子受カプが混ざりこみます。 001〜004までは荻黒強めになっております。 黒子テツヤという、影の薄い少年の自分自身の姿の記憶は遠き幼き頃まで遡る。いまやよわい十五、少年期から青年期へと移行する少年の身に何がふりかかったかというと、それは黒子自身もよくわかってはいない。 黒子が呪われた身――黒子の住んでいる村ではそう呼ばれている――になってしまったのは、いまから十年前。黒子少年が五歳のときである。 *** 快晴の空のような色合いをした少年、幼児と言ってもいい、テツヤはきょろきょろとその大きな眼をくるくると忙しくなく動かしながら、あまり足を踏み入れたことのない村のはずれにある森の中で歩き回っていた。 テツヤがなぜこんなことをしているかというと、それはテツヤの飼い犬であるテツヤ2号が行方不明になってしまったからである。一つ年上の少年たちともかわいがっている愛犬…。テツヤが必死になるのも無理はない。テツヤの友人たちも、手分けして探しているのだが、先程ひとりで離れて探していたテツヤが2号の姿をちらりとだけ視界におさめたのが五分前。それを追いかけている間に、あっという間にテツヤは森の奥へと入り込んでしまったのだ。 そして、入り込んでしまったあげく、2号の行方は再びつかまらなくなってしまった。 テツヤは困り果てた。戻ることも、進むことも出来なくなってしまったからだ。 「どうしましょう」 テツヤはぽつりと言葉をもらした。 けれど返事はまったくない。森の中だからといって動物たちの鳴き声もなく、まったくもって静かで不気味である。 その不気味さに、テツヤはふと親の言っていたことを思い出した。 村はずれにある北の森へは行ってはいけない――ということである。 「2号……」 テツヤは不安げな声で愛犬を呼んだ。 五歳という幼さの精神に、この村はずれの森の恐ろしさが押し迫ってきて唐突にどうしようもなく暗い陰鬱な気持ちになってしまった。 まあるく可愛らしい瞳からは涙がこぼれそうになっていて、それでもわずかに残っているテツヤのなかの理性がそれを決壊させまいとこらえさせている。 テツヤはゆるく頭を振った。ぱたぱたと涙が落ちる。 「2号!どこですか!」 テツヤは声を大きく張り上げた。普段のテツヤからは滅多に見られない珍しい姿である。 迷うそぶりを見せながらも、それでもテツヤは足を進めながら2号と何度も呼び続けた。 先程見えた姿が間違いでないならば、必ず2号はこの森のどこかにいると信じたからである。 森の中を進んだあげく、テツヤの足はとうとう疲労から動かなくなってしまった。どう頑張っても五歳児の体力である。そう動けるはずもなかった。 疲れ果てたテツヤは、とりあえず木陰へと進んだ。やや落ち葉のつもったそこが、休むの良いと感じたからだ。 そこに腰を下ろして、テツヤは空を見上げた。 北の森から見える空はわずかな光を落とすだけで、あまり見えない。 テツヤはまた不安な気持ちになった。 「…………………」 肩を震わせて、テツヤはぎゅっと自分を抱きしめるように縮まった。 さわさわと風で揺れる森の音が怖い。 どれくらいそうしていただろうか。テツヤはふと顔をあげた。 視線を感じたからだ。 テツヤが視線の方へと顔を向けると、そこには見たこともない人間が立っていた。まっ黒なローブを着た、老婆だった。 「だれ……?」 テツヤはその人物に声をかけた。 すると、その人物は森の中を滑るようにしてテツヤに近づいてきた。そのあまりのはやさに、テツヤは身を竦ませた。 驚きで目を見張ったまま見上げると、その老婆が嬉しそうに笑った。けれど、その浮かぶ笑みの口元がいやに恐ろしく感じて、テツヤは本能的に逃げなければ、と思い叫び声をあげてそこから脱しようとした。 だが、老婆がそれを許さなかった。ぶつぶつと意味不明なことを呟きながら、テツヤの首に手をかけた。 細くまだ柔らかなテツヤの首が、老婆のしわくちゃな手により締められる。 「ひっ……あぁ、ぃぎっ…あっ…!」 テツヤは身をよじって抵抗したが、老婆の手の指の力は強まるばかりだ。 テツヤは目尻からぽろりと涙をこぼした。 2号、と細い声が発せられたところで、テツヤは力尽きかけた。指がふるりと震えて、腕がだらりと下にさげられた。 そのときである。破裂音のようなものを出しながら、なにかが老婆とテツヤのもとへ突進してきた。 そのなにかは素早くテツヤに噛みつくと、老婆からテツヤの体を奪い取った。 急に解放され、テツヤは唾液を吐きながらぱっとその助けてくれたものを見た。テツヤの記憶よりもはるかに大きいが、その獣の姿は確かに2号によく似ていた。 「2号…?!」 いきなりあらわれた2号に、テツヤは驚愕でそう言うことしか出来なかった。その間にも、2号によく似た獣は老婆に噛みつき、追い払おうとしている。 鋭い獣の牙が、老婆の胴体に突き刺さった瞬間を、テツヤは目にした。 その途端、老婆は大きく叫んで姿を消した。まるでそこにはじめからいなかったかのように、跡形もなくである。 荒い息を整えながら、テツヤは獣を見上げた。 「2号?」 そうテツヤが問えば、獣はテツヤの方に振り返った。獣は身体こそ大きいが、その瞳は青く2号と同じ静観な感情を映し出していた。 やっぱり2号なんだとテツヤが喜色を浮かべて近寄ると、2号はその大きな風体には似合わない小型犬らしいくぅん、と可愛らしい鳴き声をあげてテツヤの首あたりの服を噛むと大きく跳躍した。 やや寒さが身体に染みる。寒いのに、黒子は唐突に眠たくなってしまった。首をつかまれているようなものなので、決して快適とはいいがたいのに…。 脳裏に先程の老婆が浮かび上がって、老婆の声が頭に響いた。しわがれた、恐ろしい声だ。 テツヤはその声の恐ろしさに、自然と気を失っていた。 *** 目覚めたテツヤの身を襲ったのは、あの恐ろしい老婆――実は魔女なのだが――の呪いだった。その身にふりかかった呪いは並大抵の魔術師では破ることは出来なくて、テツヤの親も村の運営を担っている村一番の魔術師も困ったものだった。 呪いにかかってしまったのはテツヤが禁じられた北の森に入ってしまったから――とテツヤは思っていたのだが、実際は違うらしい。 村の運営側である魔術師は、あの魔女とも面識があるらしく、テツヤの言葉に首を横に振って否定した。 「あそこに住んでいる魔女とこの村では、確かに決して領域に踏み込んではいけないと契約を結んでいた。けど、それはないだろう。過去にもあの北の森に入ってしまった村の人間はいたが、テツヤくんのように呪いを受けて帰ってきたものはいない」 だったらどうして、とテツヤの母親が悲しげに問えば、魔術師は困ったように眉根を下げてテツヤを見た。 「それはわからない。ただ、ひとつ言えることはテツヤくんには魔女が呪いをかけるべきだと判断した何かがあったということだ」 テツヤのことを意味深に見つめ、探るように視線を巡らす魔術師に、テツヤは居心地が悪くなってもぞもぞと身体を動かした。何かを見極めようとするその鋭い視線が不愉快でしょうがなかった。 テツヤにかけられた呪い、それは時間が経つにつれてテツヤの姿が希薄になるというものだった。森から2号がテツヤを抱えて帰ってきたときこそ通常と変わらなかったものだったが、一週間も経てばともに暮らしている親はすぐに異変に気付いた。 もともと母親に似て存在感があまりなく影が薄かったこどもだったが、魔女の呪いのせいで本当の本当に存在感がなくなってきてしまっていた。 そのうえテツヤはお喋りなタイプのこどもでもないため、その存在はどんどん薄れてい てしまう。 いつも遊んでいた村のこどもたちも、昔以上にテツヤを見失うことが増えてしまった。 そんな中、テツヤは母に言われ透明になってしまう自分の身のために顔のかたちにあったお面と大きなフードつきローブを着るようになった。 着ぶくれして夏は暑いしで大変なのだが、これも身の安全と証明のためにはしょうがないのである。 最初は面倒くさくて鬱陶しくてしょうがなかったが、段々としていくうちにその感覚も薄れていった。齢十を迎えたいまではむしろしていないと落ち着かなくなってしまった。というか、テツヤ自身も自分の姿をあまりはっきりと覚えていないため、そうすることにたいして抵抗がなくなってしまったのだ。 村のみなも姿が透明になってしまって夏でも冬でも厚着をして仮面をつけている黒子に慣れてしまい、そのことを指摘するものは少なくなってしまった。 そんな中でもテツヤの母も父も、テツヤの呪いが解けやしないかと高名な魔術師に相談はしていたのだが、本人は知る由もなかった。 そんなテツヤに変化が訪れたのは、十歳になったときだった。 村から遠く離れた都市から引っ越してきた少年と出会ったからである。 その少年の名は、荻原シゲヒロと言った。 テツヤの住んでいた村よりももっと魔術師が多く住んでおり、魔術による呪いや恩恵に関して詳しかった荻原少年は、テツヤの身体に生じている異変にすぐに気が付いた。 「黒子、お前の身体ってどうしてそんなことなってんだ?」 村の特産である砂糖菓子を口に含んで荻原は不思議そうに聞いた。 今日も今日とて仮面をつけフードをかぶり、暑苦しい恰好をしたテツヤは、その荻原の疑問に首を傾げた。 「そのときのことを、ボクもはっきりとは覚えてはいないのですが…。この村の北にある森に住んでいる魔女に、呪いをかけられてしまったんです」 ぼんやりと頭の中に浮かび上がる遠い記憶。 あのときは2号に助けられてなんとかなったんですっけ、と思いながらテツヤは太腿の上でお昼寝をしている2号の背中を撫でた。すやすやと寝入っている2号はこれでも神の使いとも呼ばれる生息数の少ない神獣で、あの一件により神獣としての力に目覚めた。 なぜ神獣である2号がこんな田舎の村にいたのかはよくわかってはいないが、見た目も似ているせいか、この2号はテツヤにとてもよく懐いていた。 「呪い? どうしてだ? 呪いをかけたりする魔術師もいるにはいるけど……」 「北の森に行くことは禁じられているんです。僕は五歳のときにそれを破ってしまってこうなったんです」 くぅん、と申し訳なさそうに2号が鳴いた。それにテツヤは気にするなとでも言うように頭を撫でて微笑んだ。 「これはその報いです。透明になってしまったのは不便ですが、もう慣れてしまいましたし」 諦めたように言うと、荻原はそれじゃいけないとばかりにむっとしたような顔をした。 「なんだよー黒子、嫌じゃないのかよ。そんな状態が!」 「…そりゃ、嫌かと言われたら嫌ですけど。どんな高名な魔術師にもお手上げと言われたんですよ」 父も母も必死で解決策を探してくれた。それこそこっちがとめたくなるくらいに。 けれどもやはりこの呪いを解いてくれるような魔術師は見つからなかった。そうやって半ばあきらめるように過ごしてもう五年も経つ。 村の人の感覚だって慣れて麻痺してしまったんだ。 「じゃあお前がやればいいんだよ。黒子」 「え?」 驚いてテツヤは荻原を見上げた。 荻原はにこにこと笑っていて、毒気のないその無邪気な笑顔に、テツヤは思わず見惚れてしまった。 「俺だって魔術師の卵なんだ。なあ、黒子も魔術師を目指してみないか? もしかたら何か見つかるかもしれないし」 荻原が魔術師特有の杖を取り出して、まだ未熟ながらも魔術を使って見せた。 テツヤを励ますように現れた霧のような、動物の形をしたものが飛び回り、鳴き声を上げた。 荻原と友人になってはじめて見た荻原の魔術に、驚いて目を見張ったが、温かくて、ふわふわして柔らかなそれに、テツヤはすぐに微笑んだ。 「ありがとう……荻原君」 *** それからテツヤは荻原と共に魔術の勉強をはじめた。黒子にはあまり魔術の素養がないせいか、魔術を使うにはずいぶん時間がかかったものだったが、荻原という魔術師の卵としてはなかなか見込みのある少年と勉強したおかげで、テツヤの特殊な体質が判明した。 それはテツヤ自身では魔術をうまく使うことは出来ないが、魔術師をアシストするものとしてはかなり優秀であるということだ。 以前村の魔術師が森の老婆がテツヤに呪いをかけてしまう何かがあったということだったが、このことになにか関係しているのではないだろうかという推測がなされた。 荻原は少しばかり進展したテツヤの状況に、心から喜んだ。 「良かったな。これで少し近づいたってわけだ」 「はい。でもビックリです。ボクがこんな体質だったなんて」 意外そうにテツヤが言えば、荻原も深く頷いた。 「珍しいよ。俺が前にいたとこって結構大きな都市だったんだけど、そこでも黒子みたいなやつは聞いたことがない」 杖で軽く叩いて、荻原は本のページをぱらぱらとめくらせて目的のページを開いた。 「そうそう、ここに面白いことが書いてあるんだ」 荻原がめくったページの部分を見せてきた。 古くからある魔術の歴史について書かれたその本は、荻原が持っていた本の中でもひときわ古い。いつのものですか、と問えばじいちゃんの、と帰ってきたものだ。 「なにが面白いんですか?」 不思議そうに首を傾げて問えば、荻原が笑ってある部分を指差した。 「魔術を創始した大魔術師のはなしさ。見てくれよ、黒子。ここだよ」 とんとん、と指をさされたところをテツヤは目で追った。 そこに書かれていたのは確かに魔術を創始した大魔術師の歴史で、そこにはその魔術師の友人で同じ魔術師である人物についての記述があった。――――かの魔術師は、おのれの魔力を他者にうつすことが可能であった 「まるで……ボクみたいです」 「だろー? 俺もこれ見たとき、黒子じゃん!って思ったんだよ。ま、こういう例もあるし…お前みたいな特異体質なやつも外に行けばいるんじゃないかな」 突如変わった声色に、テツヤは荻原を見た。 荻原は先程まで気楽なようすが嘘かのように、真剣な瞳でテツヤを見つめている。 「俺……さ、もうすぐ、この村を出るんだ」 「!」 「元々あんま長い滞在でもなかったしな……それが、もう一年だ」 荻原が立ち上がった。 来たときよりも伸びた背は、頼もしくしゃんとしている。 荻原が振り向いて、テツヤのほうを見て目を細めた。悲しげにも見える笑顔を浮かべて、荻原はテツヤに問う。 「一緒に…この村を出ないか? お前の呪いだって、外に行けばなにか解決策が見つかるかもしれないし」 「……………………」 テツヤはすぐに答えることが出来なかった。この村で生まれて育って、父も母も2号も、村のみんなもいる。離れがたかった。 確かにこの呪いはいずれ解かなければないだろう。いまは家族もいるし、この呪いにかかる前の自分を知ってくれている村の人々もいる。けれど、もっと時間が経ったら?自分一人になってしまったら?このままで、生きていけるのだろうか…。 そうは思いつつも、テツヤはやはり頷けなかった。自分の呪いを解こうと頑張ってくれている人の姿が頭に過ったからだ。 荻原もそれはわかっていたようで、迷いを見せるテツヤのようすに肩を竦めた。 「いいよ。すぐにじゃなくて。でも……準備もあるし、来週までには答えを出しておいてくれよ。黒子」 荻原の温かなてのひらが頭に落ちてきた。感触を確かめるように撫でられて、それから荻原が切なそうにくしゃりと顔を歪めて笑った。 「いつか、本当の黒子と会ってみたいよ」 「……ボクも、同じ気持ちです」 テツヤは自然と荻原のほうへと手を伸ばしていた。普段、やはり気味悪がられることもあるのでテツヤは自分から相手に触りにいかないのだが、いまは特別だった。 どうしても、見えなくても、荻原に触れてみたかった。 ひんやりと冷たいテツヤの手が、それよりやや大きい荻原の手を握った。 「冷たいな……黒子の手…」 「ボクも、君がこんな温かいの……はじめて知りました…」 泣きそうな声でテツヤが言えば、荻原がそのしんみりとした空気を一蹴するかのように明るい声で言った。 「見えなくても、わかるよ。黒子が、ここにいるの」 はっとして、テツヤは荻原を見た。 荻原は知っていたのだ。テツヤの心の奥底で抱えている不安を…。いつか、村の人にも忘れ去られてしまうかもしれない自分がいるといるということを…。 じんわりと目の奥が熱くなるのを感じて、テツヤは瞳を閉じた。 このときばかりは、自分の姿が見えないことに感謝した。 - - - - - - - - - - PIXIVより再録。 目と目が合うと恋に落ちる赤黒!を目指してます。 |