003:落ちる恋はひとつだけ
赤司は17歳のサトラレ
黒子はサトラレ対策委員会の人間で、誠凛も同様です
黒子(23)が高校生になってサトラレ赤司のために奔走する話(大嘘)

そのうち赤司も気づいて黒子への思慕はなくなるだろう、と当初委員会のものもそう踏んでいた。同性愛だとかいう前に、黒子がサトラレである赤司をそういう対象に見ていないことが理由だった。
だからこそ、対策委員会での黒子の直属の上司であるリコもこういう展開になることは予想外だった。
なんと、黒子が赤司に靡きかけているのだ。


「火神君からの報告にあったけど、土曜日に赤司君とデートの約束をしたっていうのは本当のことなの?」
リコは正直頭を抱えたくなった。
赤司の警護についている火神からの報告によると、今日の午後一時過ぎの昼休みに、赤司から週末に映画の誘いを受けたらしい。
赤司の恋については対策委員会でも現状維持ということになり、黒子を下げるのはやめたのだが、黒子が赤司からの誘いを受けることは予想していなかった。

「はい。そうですね」
さらっとそう言って頷いた黒子に、リコは叫びたくなった。

「ほ、本当なのね…。火神君の報告の間違いかと思ったわよ」
「……まあ、驚きますよね」
うんうんと頷いた黒子に、リコは首を傾げた。
「それにしてもいったいどういう風の吹き回しなの? この前まで、赤司君のことなんて恋愛対象じゃありませんって感じだったじゃない」
リコが黒子にコーヒーの入ったカップを手渡す。
黒子はそれを飲みながら嘆息した。

「絆されましたね」
ぶほっと勢いよくコーヒーを吹きだして、リコは慌ててそれを手の甲で拭った。気付いた黒子がハンカチを差し出し、それにありがとうと言いながら受け取りリコは吹いていたが、違う!と叫んで黒子を食い入るように見た。

「絆された?」
「相田部長、声、大きいです…」
「ああ。ごめんなさい。でも、絆された?」
もう一度聞くと、黒子はやや恥ずかしげに瞼を伏せ気味にした。
「そうです…絆されました。サトラレの思念波は、嘘をつきませんから」

だからといって、相手はサトラレである。
現状でも赤司の思念波により、黒子は色々な意味で被害を被っている。黒子は実際には高校生ではないし対策委員会の一員として過ごしているからある程度のダメージは少ないかもしれないが、サトラレの思念波に関わることで嫌なことがあったことは確かだろう。
それに、サトラレとの恋愛は忌避する人間が多い。
サトラレは嘘をつけない。恋人になり近しい間柄になるということは、それだけお互いに身の内をさらけ出すということ。プライバシーなど、あってないようなものとなるのだ。
それでも黒子は、赤司に惹かれているのだろうか。

リコの思いをわかっている黒子は、困ったように眉根を下げた。
「僕もわかってます。けど……赤司くんと友人になって、過ごしているうちに…彼の素直でひたむきな感情が思念波でも言葉でも伝わってきて……微笑ましいなと思って」
ふっと優しげに笑った黒子に、リコは肩を竦めた。

「まったく惚気ちゃって………」
「惚気てませんよ」
「惚気よ。…まあ、あなたがいいならいいわよ。上には私から言っておくわ」

だから安心してデートしてきないさよ、と言ったリコの声が意外にも優しいものだったから、黒子は恥ずかし気に目を逸らした。

***

週末の映画デート、黒子は鏡の前でうろうろと服を身にあてながら迷っていた。赤司との約束の時間まであと一時間ほど。待ち合わせの場所はこのマンションからほど近く、二十分以内で行ける。
自分の私服センスはないというか至って平均的だと思えるからこのように一人で悩んでもたいして変わらないことはわかっているが、どうしても見た目を気にしてしまう。赤司ならば人の服装で笑ったりすることはないと思うが、自分がなんとなく恥ずかしい。サトラレと行動するとどうしても目立ってしまうし。

結局、黒子は持っている服装のなかでも一番目立たないスタンダードな服装を選んだ。細めのボーダーのシャツに、ベージュかアイボリーといった色合いのチノパン。
もういいやこれで。適当でいいや。そう思いながら黒子がマンションを出ると、下で火神が立っていた。こちらも私服である。

「よう。なんか遅かったな」
「……おはようございます」
「今日は俺と小金井先輩が後ろからつくからなー」
朝ご飯だろうか、綺麗に野菜やハムの挟まれたサンドウィッチを咀嚼している火神はなんだかリスみたいだ。両頬が口に含んだ食べ物で膨らんでいる。
そういう図体は大きいのに妙に子供っぽいところのある火神になんとなく癒されながら黒子は少しばかり緊張した面持ちで足を進めた。
途中までは火神も並んで歩くつもりらしく、黒子の歩調に合わせている。

「緊張してんのか?」
ずいと顔を覗き込まれて、黒子は顔をしかめた。
「多少は」
「へー…珍しいな」
「緊張もしますよ。デートですし…サトラレですし、彼は」
「つーかお前自分でデートって言っちゃうのか……」
「それ、相田部長にも言われましたよ。似たようなこと」
「そりゃそうだ」
と言ったところで、赤司と待ち合わせている駅の構内へと入った。連絡も入ってきていないし、赤司はまだ近くにはいないらしい。赤司の思念波が届く範囲は通常時74メートルである。

「じゃ、俺行くわ」
そう言ってひらひらと手を振った火神に、黒子をお辞儀をした。
「はい。じゃあ、また」

去っていく火神の後姿を眺めて、黒子はポケットに突っこんでいたスマホを取り出した。タップして時間を確認すると、待ち合わせ時間の十五分前だ。
赤司は決めた時間などには前もって行動するタイプだからもしかしたら自分より早く来ているかもと思ったが、そうでもないらしい。
ちょっと暇だな、と思いつつ黒子はポケットに再度スマホを突っ込んで駅構内の壁に寄りかかった。絶えず人が行き交う週末の駅構内は、買い物客などの足取りでいっぱいだ。

五分ほど経ったところで、黒子は顔をあげた。赤司の思念波だ。
( 黒子はもう来てるだろうか )
来てますよ、と心の中だけで返事をする。

いつも通りの無表情を装ってどこでもない空を見つめた。段々と思念波が強くなってきて、思念波が強く自分の名前を呼んだところで黒子はちらりと一瞬だけ視線を上げた。視線は絡むことはなかったが、赤司が視界の端にいるのを捉えた。

「大丈夫ですよ。先程来たばかりですから」
( どれくらい待ったんだろう。服とか気にして一時間以上迷ってたけど無駄だったかな。…というか、かわいいな…… )
ひく、と引き攣りそうになるのを抑えて黒子は赤司を誘う。周囲の人間が気づかわしげな視線を寄越してくるのがなんとも心が痛い。
「じゃあ、行きましょうか」
気を取り直した黒子が赤司に笑いかけると、赤司は嬉しそうに目を細めていた。
本当に微笑ましいなあ、と思い黒子は心がぽかぽかと温かくなった。

並んで映画館まで歩いていると、赤司の思念波がそわそわし出した。ちらりと見ると、表情自体はいたって普通なのだが、思念波が彼の感情を表している。
( 後2センチ… )
黒子は溜息をつきたくなった。赤司がなにを考えているのかはだいたいわかった。後2センチ、それはきっと手のことを言っている。
思わず動きそうになる手に、黒子は自分を叱咤した。平常心平常心、サトラレの思念波には反応してはいけない。

「黒子」
その声とともに、赤司の手が黒子の手を握りこんだ。
「っ!」
びくっと黒子は身体を揺らして赤司を見た。赤司は微笑んでいて、それが本当に嬉しそうなものだから黒子は気恥ずかしくなって耳を赤くして俯いた。
( 手、柔らかい…けど、肉刺が出来てる。すこし固い…… )
実況されると困るなあと黒子は眉根を下げた。いい加減慣れないといけないのだが、こういうことを思念波として同僚が聞いていると思うと居ても立っても居られない気持ちになる。そう思っていやいや慣れないと、とここ最近は繰り返してばかりだ。

黒子は唐突に、握ってくる赤司の手を握り返した。すると、面白いように赤司の思念波は反応した。
( て、て、手! )
黒子は笑いをこぼしそうになった。


赤司は表面上は平然としているのに心の内では動揺しまくっていることに気付いた。
まあそうですよねえ、と妙に感慨深く思いながら黒子は赤司を見た。

「はい、チケット」
ぽん、とてのひらに落とされたチケットに黒子は目を落とした。どうやらもう用意されていたらしい。もしかして自分が思ってるより赤司はこの映画館デートを楽しみにしていたのだろうかと黒子は思った。
( 事前に調べたから間違ってないはず。どんな人物と行っても当たりはずれのないタイプの映画…テツヤがどんなジャンルを好きかは知らないが退屈はしないはずだ! )
なんでも大丈夫ですよ。ホラーでもスプラッタ系でも。そう思いながら黒子が映画のタイトルに目を落とすと、それにはいまテレビCMでもよく見かけるアクション系の映画のタイトルがあった。

「あ、これ見たかったやつです」
ぽつりと黒子が呟くと、赤司が「そうか」と満足そうに笑っていた。
機嫌良いなあと思いながら黒子が赤司の隣りを歩いていると、遠くの方で対策委員会の一人が目配せをしてきた。
もしかしてなにか問題があっただろうか、と思い黒子は赤司に一言を言って映画館の待合室から席をはずした。

「どうかしましたか?」
映画館のスタッフルームの扉に滑り込んで、黒子は日向にそう問いかけた。
「ワリィな、シアタールームでお前ら以外の客、一部対策委員会の人間になりそうだ」
「そうなんですか…」
なにかあったのだろうかと思い黒子が問おうとすると、日向が先に口を開いた。

「サトラレを映画館のような暗い密室に入れることは安全とは言えないからな。赤司はまだ学生だし情報は漏れてないが…念には念を入れなきゃなんねーから」
時にサトラレは後ろ暗い人たちに狙われることもある。人智を超えた知能をもつ天才を欲する欲深い人間たちはごまんといるのだ。

「しょうがないですね……」
あまり気は進まなかった、そう思うのと同時に思ったよりもこのデートを楽しんでしまっている自分がいるのがわかった。
赤司の身の安全にも関わるため駄々をこねることは出来なかったが、それでも不満であることを日向は察していたようで苦笑すると黒子の頭をぐしゃぐしゃと撫でつけた。

「お前からすりゃ知り合いばっかで落ち着かねーだろうが…赤司のために我慢してやれよ」
「……はい。では」

スタッフルームから出て、黒子は赤司の元へ戻ろうとした。
赤司のための我慢と言うけれど、日向はこのデートが自分が赤司に譲歩して実現しているものだと思っているのだろうか。…やっぱりサトラレとのこのような関係はおかしいものなのだろうか。

それから戻ってしばらくすると、上映時間が近づいたのでスタッフが案内をし、黒子と赤司はふたり揃って席へと着いた。
( 人が少ないな… )
確かに赤司が思う通り、このシアタールームの客数は少ない。おそらく対策委員会の方が映画館側に事情を話したことでこのように比較的守りやすい体制にしたのだろうが、赤司に気付かれることはあまり得策ではない。こういう違和感を見逃すような人物ではないからだ。
黒子は赤司の気を紛らわそうと思い、隣りに座っている赤司の手を握った。
それと同時に思わずびくっとしてしまうほどの衝撃の思念波が届く。
( どうしたんだ…黒子。なんで手をつないでくるんだ? いったいなんだ?なんなんだ? )
赤司の動揺に満ちた思念波が周囲に伝播して、黒子は気まずくなった。妙な咳ばらいが斜め後ろから聞こえてきたが、小金井のような気がする。

それから約二時間ほど、黒子は赤司の思念波に耐えつつ映画を観終わった。正直、赤司の思念波が気になりすぎてあまり映画には集中出来なかったが、平和に終えることは出来たのでよしとしよう。

「お昼…どうします?」
黒子が聞くと、赤司は迷ったような顔をして「特に希望はないかな。黒子は?」と聞いてきた。
赤司の思念波も同じようなことを伝えてきたので、黒子はどうしたものか、と思った。黒子は小食なので昼ぐらい抜かしてもたいして影響はない。このぐらいの年齢の少年というものは、ファストフードでもなんでも腹に入れば良い人も多いけれど、赤司の場合はどうだろう。ファストフードを咀嚼しているイメージがわかない。

迷った挙句、黒子は自分が行ったことのある喫茶店に行くことにした。あそこならば静かだし赤司も大丈夫だろうと思ったからである。
数分歩いて西に二つほど角を曲がると、そのお店は見えてきた。ちょうど喫茶店の店員が中から出てきてメニューボードを置いているとこだった。

「こんにちは」
「ああ、黒子君。こんにちは」
にっこりと美しい笑みを浮かべてきた男は、氷室という名前の喫茶店の経営者である。氷室は火神を通じて知り合った年上の男で、このお店に黒子を連れてきたのも、火神である。
氷室は黒子がサトラレ対策委員会で働いていることを知っているし、自分自身も海外にいたさいに同級生にサトラレがいたとかで、サトラレに対する対応は慣れている。

「珍しいね、誰か連れてきたの」
氷室がちらと赤司へと視線を向ける。
( 黒子とどういう関係なんだろうか。この人 )
その瞬間に伝播した思念波に、氷室は少しばかり虚をつかれたようだった。赤司へと向けた瞳がすこしだけ見開かれて、すぐにそれは戻った。
黒子に意味ありげな笑みを向けて、楽しそうにくつくつと笑った。

「まあ、とにかく中に入って。黒子君はいつものでいい? 君は何を飲むかな? ……そうだ、名前はなんて言うのかな?」
にこっと悪意のない笑みに、赤司はやや警戒しているような雰囲気を崩さずに、「コーヒーで。名前は赤司と言います」とだけ言った。
「そうか。赤司君か。よろしく、俺は氷室辰也…黒子君とは共通の友人がいて、そこから知り合ったんだ」
滞りなく会話を進めながら、氷室はいつも通り見惚れるような滑らかな手つきでソーサーなどを扱った。赤司に豆の希望はあるかと聞くと、赤司が首を横に振ったので氷室がじゃあ俺が選ぶね、と甘い微笑みで言うので赤司はなんだか居心地が悪くなった。それは思念波も如実に伝えていて、黒子はなんとも言えない気持ちになり店の選択間違えたかな…と心の隅で思った。

しばらくするとコーヒーの良いにおいがし出して、やっぱり来てよかったかもしれない、と黒子は思った。先程まで不機嫌だった赤司の思念波も落ち着いている。確かに赤司にブラックコーヒーというイメージは合うなあ、と思いながらぼんやりとしていると、カウンターの向こうから氷室が意味ありげに笑いかけてきた。
面白がっているそのようすに黒子はまた居心地が悪くなった。

「はい。どうぞ」
白い湯気のたつコーヒーを赤司に、かなり甘くした濃いカフェオレを黒子の前に置いた氷室は一度奥の方へと引っ込んだ。

しばらくして、氷室がホットサンドの載った皿を持ってきた。
カチャ、と木製のテーブルと皿の触れ合う音と共に置かれて、黒子はぱっと顔を輝かせた。
「わあ、これ僕好きなんですよ」
「知ってるよ」
にこっと微笑みかけてきた氷室に、思わずはしゃいでしまった自分を恥ずかしく思いながら黒子が照れたように俯くと、横の赤司からまた不機嫌そうな思念波が飛んできた。
( ふん。俺の方が黒子のそばにいる。他のことは俺の方がよく知ってる… )
げほっと氷室が咳き込んで顔を俯かせた。口元を手で隠しているが、明らかに笑いを堪えている。

「氷室さん大丈夫ですか風邪ですか? 気を付けてくださいね!」
「だ、大丈夫……いきなりのことで対処できなかっただけ」
ふう、と氷室は息をついてふたりに向き直った。
「さあ、そんな顔をしないで食べてくれよ。せっかくつくったんだよ?」
氷室が女の子に評判の良い甘い笑みを浮かべて赤司にそう言った。
相変わらずタラシだと思いながら黒子が横をちらりと見て、そうだと思いホットサンドをひとつ掴んだ。

「赤司くん」
こちらを向いた瞬間に、黒子はその赤司の口に向かって言った。
「あーん、して下さい」

沈黙した。赤司の思念波も、氷室も。
あれ、間違ったかな…と思い黒子が手を引っ込めようとすると、赤司が「待って」と絞り出したような声で言った。
( これは何だ? フラグというヤツか? 黄瀬が言っていたフラグというものが立っているのか…? )
赤司が頭を抱えながら悩んでいた。
悩むことでもないのに、と思いながら氷室を見ると、氷室は微笑ましいものを見る目で赤司を見つめていた。

しばらくして、決意したような顔をして赤司が咀嚼して丸くおさまった。
終始、赤司が面白いような微笑ましいようなものでもあるかのように見てくる氷室に、赤司が訝し気に思うものだから黒子はなんだか気疲れしてしまっていた。
とにもかくにも映画館デートは平和に終わり、黒子は後日一日中貼り付いていた対策委員会の人間にデート中の赤司の思念波についてからかわれることになったのだった。
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PIXIVより再録。
放っておいてもそのうちくっつきそうなふたりです。


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