001:その名は赤司 赤司は17歳のサトラレ 黒子はサトラレ対策委員会の人間で、誠凛も同様です 黒子(23)が高校生になってサトラレ赤司のために奔走する話(大嘘) サトラレ、それはあらゆる思考が思念波となって周囲に伝播してしまう症状のことを示す。正式名称は「先天性R型脳梁変成症」。 この世の中にはそんな珍しい人間が数は少なくともいるもので、そのようなサトラレは例外なく常人では持ちえない知能を持つ――――そしてそんな存在自体が国宝級のサトラレを守るべく設立された組織が「サトラレ対策委員会」であった。 これはそんなサトラレ対策委員会に所属する青年の物語である。 *** サトラレ対策委員会に所属する黒子テツヤは、委員会から宛てられたマンションの一室で目を覚ました。年齢は23歳、昨年大学を卒業したばかりの委員会のなかでも若手中の若手である。 そんな彼のここ最近の日課と言えば、もう卒業して数年は経つ高校の制服を身に着けてとある高校に通うというものである。 なぜ23歳にもなってそんなことを黒子がしているかというと、配属されてはじめて受けた任務が、サトラレである17歳の赤司征十郎のクラスメート・友人となり身辺を警護することだからである。 本来ならば委員会のものは学生が相手の場合はたいがいが教師などの役目を充てられるものだが、このサトラレ、赤司はなんとも警戒心の強い少年であった。 警護などのために尾行する対策委員会が、赤司少年本人の手により不審者扱いされ警察に突き出されたケースも少なくない。サトラレのなかにはサトラレ特有の桁違いの知能を持ちつつも、中身はごく普通の人と変わらずと言った場合も多いのだが、この赤司という少年は頭も並はずれて良ければ運動神経も良く、それに加えて性格も天才ゆえなのか、クセの強いものだった。 だからこそ、まだ年若く見た目も制服さえ着れば高校生でも通用する新人の黒子が赤司の身辺を担当することになったのである。 そしてなにより、分析結果により黒子が対策委員会のなかでも最も赤司の友人になるには赤司に警戒心を持たれることなく、そして不快感を与えない人物として判定されたからであった。 けれども、黒子本人はこの仕事をやや不服としていた。それは簡潔に言って、制服を着ていまさらコスプレの真似事をしなければならないことしかない。 対策委員会の同僚である火神からは「お前も大変だな…」と生温かい眼差し、でも正直引いているような顔をされる。 直属の上司である相田リコには泣き言を言えばハリセンでひっぱたたかれ、先輩の伊月(彼は赤司の学校の教師として入っている)からは普通に慰められてしまった。 高校に通い始めた当初は鬱に入りそうで辛かったが、春に入ってから早数か月――夏になったいまではもう黒子の羞恥も感覚も麻痺しはじめていた。もう赤司が卒業するまで我慢すると黒子は心に決めていた。 それに黒子は高校に通いはじめてから、少しの楽しみが出来始めていた。それは仕事中であるならば、本当は楽しむべきではないのだろうが、バスケットが好きな黒子にはそれは無理な相談であった。 中高大とバスケをしていた黒子はいま、赤司の通っている高校――帝光高等学校の男子バスケ部に所属していた。 朝、教室を訪れるとすでに赤司は登校していた。赤司の身辺警護をしている火神や日向には学校近くの場所で会った。今日も今日とて変わらず赤司は平和に過ごしているらしい。以前は登下校に専用のリムジンに来ていたのだが、それもしばらくするとなくなってしまった。 名家の子息でもある赤司は対策委員会がつかなくても家人がつけたらしいSPがいたのだが、それは赤司本人が拒否したのでいまはいない。(曰く「笑われてしまう」) それでも心配する家人には対策委員会のほうから警護をつけるので心配ないとの旨を伝えるとほっと胸をなでおろしていた。 黒子はまだ人のまばらな教室を見渡して、赤司とそう離れていない自分の机に着くと、振り向いて赤司に挨拶した。 「おはようございます、赤司くん」 「…ああ、おはよう。黒子」 ぱっと振り仰いで、本から目を離した赤司は黒子を目にすると口元に緩やかな笑みを浮かべた。 ( 寝癖がついてるな ) その瞬間赤司の思念波が届いて黒子は思わず手を頭の上にやりそうなのを抑えた。急いで家を出たせいだろう。 「すみませんが、今日の部活は欠席しても良いでしょうか?」 黒子が聞くと、わずかに赤司はぴくりと眉を動かした。 ( 珍しい ) そうですね、と黒子は思わず頷きたくなった。自分だってバスケがしたい。けれど、今日は週に一度の対策委員会本部に赴いてまでの報告をしなければならない日なのだ。 「体調が悪いのか?」 ( そうは見えない。けど黒子のことだ…体力がないから弱っているのかもしれないな ) 「いえ。家の用事ではやく帰らなければならないんです」 「そうか。かまわないよ。顧問には僕から言っておこう」 にこりと微笑まれて、黒子は相変わらずソツのない人だな、と思った。 そう、赤司のサトラレとしての特徴はここにある。黒子がいままでの報告書やデータを見たのも含め、赤司と出会ってから赤司の思念波からサトラレ特有のさらけ出された思念波を認識したことがない。 サトラレは基本的には思考を隠し通せるはずがないのだが、赤司の思念波はほかのサトラレと違い思考の表面を掠めてる程度でしかない。 赤司の友人である緑間真太郎という少年は、赤司と将棋に興じることが多いのだが、普通、サトラレであれば将棋を打つさいも思念波となり次の手がさらけ出されてしまうものだが、赤司は違う。サトラレであるはずなのに次の一手が思念波でまわりに伝えられることなく、わずかにささやきのような不確かさでその存在を伝える。 「不本意だが、俺はあいつに一度も勝ったことがないのだよ」と渋い顔をしておしるこをすする緑間は、そう言いながらも赤司に思念波によって勝つことがないことに安心しているようだった。 黒子は席に戻ると、鞄のなかに潜ませていた読書用の本を取り出した。高校に通っているという体裁がある以上、高校生らしさを演じなければならないのだが、時折それが馬鹿らしいように思えて気が滅入るときには本を読むのが一番だ。 この年で高校の制服を着てコスプレごっこを毎日しているという現実から少しでも目を逸らすことが出来るからだ。 *** 対策委員会での報告が終わると、黒子は背伸びをしてソファに倒れこんだ。 「おつかれさん〜」 そう言ってマジバのバニラシェイクを差し出してきた先輩である小金井に礼を言って受け取る。 「甘くておいしいです…。癒されます」 甘いバニラシェイクを飲みながらゆるんだ顔でそう言うと、向かいのソファに座っていたリコが苦笑した。 「こっちが仕事を任しててなんだけど、黒子くんには本当に助かってるの。大変だろうけど…やっぱり本人に近い立場にあるとより良いものになるからね。伊月くんも教師としていてくれるけど、あの赤司君はちょーっと…じゃなくてかなーり人に壁をつくるタイプの子みたいだから……」 くすくす笑いながら言うリコに、黒子は困ったように眉根を下げた。 「まあ、サトラレ対策委員会での赤司征十郎の友人適正NO.1ですから」 すこしばかり冗談めいた口調で言うと、小金井が口を開いた。 「いや、でもさあ。マジ黒子頑張ってるよ。友人として委員会のものが入れると思わなかったしさあ」 本当に感心したように言ってくる小金井に、黒子は慰められているような気分になった。赤司を担当するようになってからというものの、委員会の人間にこういう扱いを受けることは多い。 同情するなら変わってくれ、とも思うがこの数か月で確かに自分が赤司征十郎の友人適正No.1であると分析結果が出たのは納得であると思えるようになったのでもう恨み言は言うまい。 「そう言ってもらえると助かります。…彼に疑われないように振る舞うのも慣れてきましたし……もう卒業まで共にいきますよ」 「あら、やる気あるじゃない」 ぱちんと茶目っ気たっぷりにウィンクされ、黒子は肩を竦めた。 「赤司君は昔から委員会が手こずってきたからね……。高校を卒業してくれれば大学生だし、こっちも動きやすいからはやく卒業して欲しいものよ」 黒子がまとめた報告書に目を通しながら、リコはにっこりと笑った。 「だからあと一年にも満たない辛抱よ。頑張ってね」 そう上司に言われて、頑張らない部下がいるだろうか。 とくに黒子は最近はもう赤司と友人関係をつくれていると思うことが出来ていたし、このまま過ごしていけば卒業まであっという間に違いないと確信していた。 まあ、それは予想外の方向へと行きその確信は崩壊していくことになるのだが…この時の黒子は呑気にもそう思っていたのだった。 - - - - - - - - - - 赤司にサトラレはとても似合いますよね。 黒子はどっちかというとサトラレズのような気もしますが、これではそうではないということで。 |