首輪の紐がほどけてる 転
義理?の兄弟で赤黒
赤司くん(16才)と黒子くん(28才)です
ちなみにショタ赤司くんが出てきています。

テツヤは目を覚ました。というより、目を開けたのである。

ベッドから起き上がって部屋を見渡すと、征十郎の姿はすでになかった。そのことに妙に安心して、胸の中でもやもやと定まらない気持ちを感じながらわずかに位置のずれた蒔絵の箱を見つめてそれを取り上げた。
立派な装飾だが、古ぼけても見えるその品は、テツヤが母から譲り受けたものだった。小ぶりだが品の良いもので、母が大事に使っていただろうこともうかがえる。その大事な母の遺品に、ああいったものをしまっていたのには、常に忘れないようにと、テツヤなりの母への謝罪の気持ちだった。
子であるテツヤが謝罪の気持ちを母へと向けてしまうのもおかしいと言えるのだが、あの忌々しい父の血を継いでしまった自分のことを考えると、自分が存在してしまったこと自体が母の人生を狂わせてしまったのではないかと、テツヤはどうしようもなく陰鬱な気持ちになってしまう。
そうやって暗く沈んでしまうのはいつものことで、テツヤは何年経ってもこの状態から抜け出せていない。

それでも、苦しくて悲しくてたまらなかったテツヤの人生の中で、征十郎に出会えたことだけは、希望だったのである。
父が死んで、跡継ぎは自分で、だけど子は作れない、こうなったら死んでしまおうか、と思いつつも黒子家が経営していた会社の従業員を路頭に迷わすことなんて出来なくて、どうしても死ねなくて、そんな辛かったときに現れた子供なのだ、征十郎は。

テツヤはもういない征十郎のことをおもい、そっと息を吐く。

――――征十郎くん
初めて見たときから、確信していた。この子供は、きっと、自分とは違う、すべてを持っている少年だと……。
テツヤは脳裏に過るまだ幼かった頃の征十郎の姿を思い出しながら、懐かしそうに目を細めて笑う。

実際、征十郎は神童と言っても遜色はないほどに知能ある子供だったし、それはいま現在も変わっていない。唯一それを崩すところがあるといえば、この義兄弟間のセックスに違いない。けれど、征十郎は生殖機能に問題はないし、自分が存在を消せばいずれそのことも忘れていく。
征十郎は、自分を抱くことで、傷つけたかったのだろうか。自分が嫌いだから、傷つけたくてたまらなくてそうしたのだろうか。
……そんな疑問を抱いて、すこしでももしかしたら征十郎が――だなんて思ってしまう自分がいる。

テツヤは我に返った。そして、突然身体を震わし、デスクにあったものを唐突になぎ倒していた。
ガラス製品もあったせいで、割れる音が部屋に響く。
荒い呼吸音を響かせながら、テツヤは苛立ちを交えながら落ちていたものを踏みつぶした。
自分の脳裏に過った、征十郎に対する浅ましい妄想が許せなかったのだ。

「つくづく、駄目だな……僕は…………」

肩で息をしながら、テツヤはじっと何も載っていないデスクを睨みつける。

しばらくそうしてテツヤは、唐突に息を吐いて衣服を身に着けた。さっきまでの行為などなかったかのように、テツヤはきっちりとシャツとパンツを身に着けた姿のはずなのに、どこか頼りなげで、項垂れているようにも見える。

「もう時間もない…か」
ぽつりと呟いて、テツヤは悲しそうに微笑んだ。

***

( 兄さんは、このことを知っていて僕に隠したのだろうか。 )

征十郎は椅子に座り、両手の指を組んで首を垂れた。
少し離れた場所にある先程の開封された手紙と写真は、やや皺になって机の上で放置されている。
それをもう一度眺めて、征十郎は兄の真意を測りかねるとばかりに思案を巡らせた。

けれど、もう一度テツヤの部屋まで行ってこの手紙や写真の意味を問うことは、征十郎には出来そうもなかった。
知りたいようで知りたくない、という躊躇いが、征十郎をそうさせるのだ。

しかし、と征十郎は思う。
自分が兄と義理の兄弟だということは、いまいち信じ難いと思っていた征十郎だったが、まさか本当だったとは、と思った。顔は似てないし、雰囲気も違う、誰が見ても兄弟だろうだなんて言われたこともなかったけど、この手紙を読んだ限りはそうなのだと、征十郎は信じざるを得なかった。
出来れば兄弟でなければ良かった。あの甘い嬌声も、涙に濡れた眦も、触ると震える肢体も、……夢になってしまう。

どうして本当に血のつながった兄弟だったのだろう。僅かな期待にかけた気持ちが、がらがらと音を立てて崩れていく。

「……うっ……っ………」

嗚咽を漏らしながら、征十郎はベッドに倒れこんだ。ずるずると下にシーツがずれていくのにかまわず、手でしがみつきながらぼろぼろと涙をこぼした。



征十郎が朝、テツヤの部屋を訪ねると、そこにテツヤの姿はもうなかった。
慌てて近くにいたメイドに聞けば、「テツヤ様は朝早くに出られました。しばらく帰ってこれないそうです」と返答された。しばらく帰ってこない、その言葉になぜ帰ってこないんだと掴み掛らんばかりに征十郎が問いただせば、メイドは慄いたようにびくりと身体を震わして「か、会社の都合としか聞いていません」と言った。
そのメイドの言葉に、征十郎はすばやく踵を返す。

これじゃあ埒があかない、と征十郎はテツヤ専属の執事に尋ねることにした。
屋敷の中を足早に歩きながら、探し回り、征十郎は執事の姿をやっと見つけた。執事は、征十郎の焦ったような顔を見ると、まるで来るのがわかっていたかのように穏やかな表情で口を開いた。

「テツヤ様でしたら、出張で一週間以上はお帰りになられませんよ。征十郎様」
「…………言うな、と言い付けられたのか。兄さんに」
征十郎の問いに、執事は微笑んで答えない。

「答えろ! ……あなたに拒否権はないはずだ」
「…そうですね」
執事がわずかに目を細める。

「確かに、テツヤ様からは征十郎様に何か言うことは口止めされていました。ですが、本当にわたくしはテツヤ様が何をしようとしているのかはわかりません。……ご期待に沿えなくて、申し訳ありません」

執事がそう平然とした顔で謝るものだから、征十郎はなにも言えなくなってしまった。なにも聞いていない、というのは本当なのだろうかと思えてしまうほどに、その口ぶりに嘘をついている素振りがないのである。

それとも狸爺なのかと、征十郎は苦虫を噛み潰したような顔をして、「なら、いい」と言って背を向ける。
結局、なにもわからなかった…。兄は本当に、仕事で家を空けるのだろうか。
征十郎にはどうしても、テツヤがあの手紙や写真を持ち出したことを知っての行動としか思えなかった。

( けれど。 )
征十郎は歩みを止めた。ぼうっと廊下で突っ立ちながら、そうだとしてもテツヤがあの手紙を征十郎が目にすることで気まずくなったりして家を空けてしまう、ということがイメージと一致しなかった。
あの手紙を部屋に大事そうにしまっていたあたり、兄はとっくに知っていて、知っていた上で自分と接していたに違いない。自分に冷たくなりだしてから知っていたのか、それともずっと前から知っていたのか……。

わからないことだらけだと、征十郎はわずかに溜息をついた。殊、兄のことに関しては。
兄の行動は、いったいなにを示しているのだろう……。



テツヤは叔父の家を訪れていた。本家であるテツヤの屋敷には劣るが、ここも地価の高い高級住宅街のひとつである。
久しぶりに目にする叔父の家の外観を虚ろな瞳で見上げながら、テツヤは深呼吸した。
そして、そっとインターホンを押した。
はい、と女の人の声がして、どなた?と不思議そうな声が続く。

「テツヤです。お久しぶりです……」

女性のはっと息をのむような音が、聞こえた気がした。声の相手は、叔父の妻である女性だ。
突然の訪問に動揺しているようで、慌てた様子がインターホン越しでもうかがえる。

「叔父上に、伺いたいことがあって参りました。叔父上は、御在宅でしょうか」
インターホン越しに、「ええ…」とやはり動揺したような声が聞こえる。
この家を訪れたのは、父が死んで以来なのだから、この女性が驚いてしまうのも当然なのである

「出来れば、お会いしたいのですが……大丈夫でしょうか」
アポイントメントは取らずに来た。でもきっと、会えるに違いないとテツヤは確信を抱いていた。

案の定、叔父の妻は大丈夫です、と答えた後に門を開けた。自動で開いていく門を抜けながら、テツヤは先に玄関を開けた叔父の妻を見つめた。
一度か数度か――会った女性だった。記憶にちらつく姿よりも老いていて、控えめそうなその淑やかな様子が叔父に似合っていた。
その後ろから、ひょっこりと姿を見せる。

「……テツヤくん、久しぶりだね」

目を細めて懐かしむように、叔父は笑った。恰幅の良いその姿を見つめて、テツヤは首を傾げる。

「数か月前にお会いしたばかりじゃないですか」
テツヤも微笑みながらそう言って、家に上がる。
子供のいないこの家は、とても静かで、テツヤは自然と心が落ち着くのがわかった。

「いや、そうではあるが……とても長い間、君とは会っていなかった気がしてね………」
応接間に案内されながら、テツヤはそう言われて、困ったように微笑んだ。

座って、と促されて、テツヤは叔父の向かいに座る。シミ一つない手入れの行き届いた部屋のソファは、それと同様に座り心地が良かった。

じっと顔を見つめられているのを感じながら、テツヤは言いにくそうに口を開いた。

「…叔父上にお願い申し上げたいことがありまして………」


テツヤが叔父にその旨を話すと、叔父は感嘆して悲しそうに顔歪めて笑った。
先程運ばれたきた紅茶に口をつけながら、叔父はテツヤをじっと見つめる。

「テツヤ君は、それでいいのかい?」
「………………………」
「君はもっと、黒子家の当主であるということに執着していると思っていたよ」
ソファに深く座りなおしながら、叔父は茶目っ気のある表情で笑う。
それにテツヤはどうにも答え難く、首を傾げる。

「……そう見えましたか?」
「そうだな。そう……あの時、君が継ぐと言ったときからずっとだ………」
テツヤはどこか空を眺めながら、頷いた。
その声はぼんやりと揺れていて、頼りない。

「…あの時の僕は、今でもよくわかりません。ただ、ひどく必死だっただけです……」
一呼吸置いて、テツヤは叔父を見つめなおす。
「僕には、何もなかったから……継ぐことしか思い当らなかった。いま思えば、それは早計だったかもしれません」

なにも言わない叔父の顔を見つめながら、テツヤは悲しそうに顔を歪めた。
「……叔父上。本当は、知ってるんですよね。僕が、子供をつくれないと。だから、父が征十郎くんを呼び寄せようとしていたことも」
ゆっくりと頷く叔父を見つめながら、テツヤは立ち上がった。

「これから僕の行動のせいで、あなたに迷惑をたくさんかけてしまうのはわかってます…っ。けど、もう僕には叔父上しかいないのです。どうか、征十郎くんをよろしくお願いします………」
叫ぶように言いながら、テツヤは土下座をせんばかりに腰を折った。
緊張と興奮で手は震えて、じんわりと身体は汗ばむ。叔父がなんと言うか、テツヤは怖かった。

「テツヤくん」
叔父が、ソファから立ち上がる。
ゆらりと、自分によく似た姿が、目の前に立ちふさがる。

告げられる叔父の言葉に、テツヤはその両瞳からわずかな涙をこぼした。
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memoより修正しました。

尻切れにしたかったんですがやめました。
一個くらい終わらせたいです…。あと一話で終わりますのでお付き合いください。


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