幻影の狭間にて
「重ならない影」の跡部過去編
あとがきで書いてた跡部がリョーマに一方的に出会う話し

「Keigo , There is an interesting tennis player in United States!
(景吾、アメリカに面白いテニスプレイヤーがいるんだ!)
I want to go to the player who play tennis well....
(俺はそのプレイの上手な選手を見に行きたいんだ…。)
So , Shall we go to United States ?
(だから、景吾も一緒にアメリカに行かないか?)」

楽しげな口調で電話口で話され、跡部は不機嫌そうに眉を寄せて下唇をかんだ。
氷帝に入学して二カ月が経つものの、これといって自分の好敵手になりそうなほど圧倒的プレイを見せる選手はいなかった。夏にある全国大会に向けて地区大会や都大会を経ているが、跡部がおもっていた以上に強い選手はいない。
やはり日本はテニス後進国か、と思いつつももしかしたらいるのではないかというぬるい期待を捨てきれないでいる。
そんな中、イギリス時代の同じテニススクールに通っていた友人はこちらの気も知らないで、なんとも楽しそうに誰だか知らない選手について長々と語っている。そんなに見たければ、一人でアメリカにでもなんでも行けばいいだろう。

「そんなに興味があるならお前一人で行けよ。なんで俺様まで行かなきゃなんねーんだ。あーん?」
跡部が不遜たっぷりに言うと、跡部よりも数歳年上の電話口の相手はけらけらと笑った。
「変わらないな、景吾。だがしかし、お前だって見る価値あるとおもうよ。ただの野次馬根性で言っているわけじゃないさ。どうせ日本では、相手がいなくて困ってるだろう」

見透かしたような相手の態度に、跡部はなんとはなしに素直にそうだということができなくて、「いや、」と一泊だけおいた。
そんな跡部の素直になれない態度を、友人はわかったとでもいうように笑って「チケット、こっちで用意するから」と言った。

「へえ。えらくやる気だな………そんなにそのプレイヤーは優秀なのか?」
自分がイギリスいた頃には、国内での大会には出ていたが、アメリカの大会にまで足を運ぶこともなかったからか、同年代でそこまで目立つほどのプレイヤーなど聞いたことがない。

「あー…。まあ、それは見てのお楽しみってところかな?ちなみに、その子は景吾よりも年下だよ」
「年下……本当かよ」
「だから俺はひとつも嘘をついていないって。とにかく!楽しみにしてろよ」

相変わらず楽しげな友人の声に、跡部は「ああ」とわずかに笑みを浮かべて言った。
たまにはアメリカでの休暇もいいか、と跡部はこのときそのプレイヤーとやらをたいして気にもしていなかった。



「景吾!」

ひらひらと手をふる友人の姿に、跡部は肩を竦めて近づいた。イギリスの頃からあれだったが、その軟派っぷりに拍車がかかっているのか、なぜか横にやたらと見目の整った女がふたりもいる。
「久しぶり……と、言いたいところだが、この乾燥気候具合は相変わらずだな。日本の湿気も鬱陶しいが、大会は東側でやるにはいかなかったのか?」
「はは。無理を言うなよ。……けど、試合を見ればお前だって不快感なんかなくなるさ。それぐらい価値のあるものだよ」

友人の横にいた女がやってきて、にっこりとさも魅力的な笑顔を振りまきながらすり寄って来る。するりと腕を絡ませ、当然のように微笑んでいる。

「おい……」
思わず跡部が眉根を寄せてじろりと友人を睨む。
けれども友人は怯むことなく楽しそうに笑っている。
「いいじゃないか。四人仲良く楽しく! それにこの子たちだって大会を一緒に見に行くんだ。まったく無関係ってわけでもないだろ?」
流暢だったクイーンズイングリッシュがすっかりアメリカ英語に変ってしまったような気がして、跡部は残念そうに溜息をついた。

「まあいい。だが、今日はホテルで寝かせてくれ。眠たくてたまらないんだ」
「時差ボケか?らしくないな」
「うるせーよ。部活の練習終えたあとすぐに空港に向かったんだよ。チケット勝手にとったてめえが言うな」
ごつんと握ったこぶしで軽く頭をたたけば、友人は茶目っ気のある顔で笑った。
こいつ、まったく反省していない。



ホテルに着く前に先程まで腕にすり寄っていた女を友人に引き渡し、跡部はホテルにチェックインしていた。ホテルのホールにはいってきた跡部を見つけ、駆け寄ってきたホテルマンが肩にテニスラケットの入ったスポーツバッグを目にすると、合点がいったようにホテルマンは頷き、にこやかに話しかけた。

「もしかして、お客様も明日行われるジュニアテニストーナメントに御用事がおありでしょうか」
ホテルマンに荷物を引き渡し、チェックインの作業をしている跡部は頷く。

「知り合いに面白い選手がいると言われて…。あんたも噂を聞いたことはあるか?」
跡部の言葉にホテルマンはにこやかに笑う。
「噂もなにも。明日からはじまるテニストーナメントの出場者の方々はこちらにお泊りになられてる方がいらっしゃいますので。素晴らしい選手がいらっしゃると評判ですよ」
「へえ」
「お客様もご参加なさる……?」
うかがうように聞いてきたホテルマンに跡部は首を横に振った。
「いや。俺は観戦目的だ。ラケットはもってきているが、出場選手じゃない」

その言葉にホテルマンはにこやかに頷いて、こちらがお部屋になります、と言ってカードキーを差し込み部屋をあけた。とりあえず不快に過ごしたくないこともあって、スウィートルームにしたが思ったよりも広すぎた。一人ではありあまる広さに、跡部は適当に荷物は置いてくれ、と告げる。
失礼します、とホテルマンは最後まで笑みを絶やさず去って行って、跡部は一人になってだんだんと重くなってくる瞼を感じてベッドに倒れこんだ。


けたたましい電話のコール音で起きた。時間はとっくに夕刻を過ぎ、なんと翌日の日付になっていた。この寝っぷりにはさすがの跡部も自分自身に驚いてしまう。
「もう起きてるかい? あと一時間後に迎えに行くよ」と楽しげな声と後ろから聞こえてくる女の甘ったるい声をBGMに、跡部は苛立ちを隠さずに電話を切った。朝の起きぬけに、不快なものを聞いた、と失礼ながらにも思った。
寝すぎたせいか空腹を感じられない。寝汗をかいたせいか、ややべたつく肌をわずらわしく思いながら跡部は、バスルームへと向かう。朝食は最悪抜いてもいいだろう。
アメリカにわざわざ来た目的は、今回行われるジュニア大会のためなのだから。

ホテルのロビーへ行くと、友人がソファでくつろぎながら両脇に昨日と同じ女をおいて微笑んで手を振ってきた。

「おはよう景吾。良い夢は見れた?」
「うるせー眠かったから見てるわけねえだろ」
ちらりと右横の女を見ると、女は微笑んで昨日と同じ魅力的な笑みを浮かべている。昨日までは自分にすり寄っていたその腕が、今日には友人の腕にからめられているのだから恐ろしい。

「本当にそいつらも連れて行くのか?」
ちらりと目配せしてみれば、右横の女が不愉快そうに眉根を寄せて跡部をじっと見つめてきた。
友人は動じない様子で頷いた。
「もちろん。昨日も言っただろ?」
「ふうん…………まあ、いいけど」
本当はすこし面倒くさかったのけれど、女の再度友人にすり寄る様子を見て跡部は諦めた。友人が二人とも相手にしてくれるのならば自分は関係ないのだからと。
女の友人に対するやたらと甘い声を聞きながら、跡部は車に乗り込んだ。


トーナメント会場に着くと、初戦開始前のせいか人々のざわめきがひろがっている。まだ幼い少年が母親に嬉しそうに笑いかけながら興奮している様子、すっかり緊張しきった数歳下の少女が親と話しこんでいる様子。
跡部は本当にこの中にそんな期待できる選手がいるのか?と思いながら友人から受け取ったチケットを手に進んでいく。友人は、後ろから女を両手に侍らせながらついてきている。
突如、曲がり角の死角から、人の姿がぬっと突然あらわれて、跡部は慌てて避けようとした。だが、避けきれずにその人物とぶつかってしまった。
相手はちいさく悲鳴をあげて、跡部の上に倒れこんできた。

「ッぁ……」
「おい。大丈夫か?」
倒れこんできた人物を跡部は慌てて起こして、顔をのぞきこんだ。出場選手だろうか。華奢な体格はこの子供が自分より明らかに年下であろうことを示している。猫のような形をした目をした子供は、その大きな瞳でぎろりと跡部を睨みつけて、非難がましい視線を向けた。

「別に……もう平気だから」
そんなことを言いながらも明らかに跡部に容赦ない敵意を向けてくる子供に、跡部は目を丸くして見つめてしまう。すこしばかり砂のついてしまったハーフパンツを手で軽くたたき砂を落とし、帽子を深く被り、その子供はくるりと背を向ける。その背には、ラケットバッグが背負われている。
跡部はなんとはなしにその子供の背中を見つめていると、横から友人の楽しげな声がした。

「おーい。景吾? なにぼうっとしているんだ? はやく行こうぜ」

立ち止まった跡部を、不思議そうに見つめて友人は言う。
両脇の女も手持無沙汰なのか、はやくしろと言わんばかりの視線をこちらによこしてくる。
先程の子供の後ろ姿を、未だに見つめ後ろ髪をひかれながらも、跡部は友人と共に観戦するために会場へとはいって行った。


はじめこそ、まだ見ごたえのあるとは言い難い選手ばかりだったものの、やはりトーナメント戦、進むごとに才能溢れる選手たちの頭角があらわになる。
その中でも、跡部の注目を惹きつけてやまなかったのは、あの先程ぶつかったばかりの選手だった。顔はよく見えなかったが、服装となによりあの眼深にかぶった帽子があの子供だと告げている。

数時間にも及ぶ試合の模様に、すっかり飽きてしまった女達はいつの間にか友人の横にすらおらず、とっくの前に帰ってしまっていた。友人もこの試合観戦を放り出してまで追いかける気はなかったようで、女達が怒りながら訴えつつも、笑いながら追い返していた。

その様子に呆れながらも、跡部は核心をついた。
「おい。あの選手……アレがお前が今回俺を誘った理由だな?」
にやりと口の端に笑みを浮かべて聞いてみれば、友人はくすくすと笑った。
「やっぱりか。君ならすぐにわかると思った。……すごい選手だろう?」
まるで自分のことのように話してくる友人に、跡部も素直に頷く。
友人が自分をわざわざ日本から呼びつけたのも理解できる。
「ああ。選手情報を見る限りは二つ年下みたいだが……そんな年齢のことは関係なしに、こいつ、相当の実力の持ち主だな」
思わず選手の一挙一動に目が離せない跡部は、友人が横で含み笑いをしていることにも気がつかない。

「そりゃあ、アメリカでジュニア大会連続優勝中だからなあ。期待のジュニア選手だよ」
「連続優勝…………」
友人の言葉に、放心したようにつぶやく跡部は、更に友人が続けていった言葉に驚愕する。
「リョーマ・エチゼン、見た目だけなら勘違いしちゃうと思うけど、彼じゃなくて彼女だよ。あの子」
「はぁ? 女?」
驚いて跡部は再度テニスコートへと視線を落とした。
そこでは強烈なサーブでさらりとゲームを奪っていく選手の姿がある。それがまさか、少年ではなく少女だったとは。
訝しげに、跡部がよくよく見ると、華奢な身体付きもぬけるように白い肌も少女めいてみえるといえばみえる。
先程ぶつかったときはまさかそんな選手とは思わなかったため、顔をよく見ることもなかった。あえてわかったといえば、口があまり良くない、そんなことくらいだった。

「エチゼンリョーマ、か……」
ぽつりと跡部はつぶやき、満足そうに笑みを浮かべる。

「なに? 気になるの?」
「バーカ。当たり前だろ。この俺様がどれだけ日本で相手がいなくて困ってると思ってやがる」
自信たっぷりの口調でそういえば、仕方なさそうに肩をすくめて友人は笑った。



それからの跡部の行動は早かった。アメリカ滞在は友人から組まれたことであったし、そう長くはいることが出来なかったために、その選手との接触は計れなかったものの、日本に帰国してからも「エチゼンリョーマ」という日本人ジュニア選手のことを追おうとした。
過去出版された米版テニス雑誌を収集し、もともと教えてきた友人にも知っているだろうという前提の上に聞いたが、そのどちらもその選手を知るためにはあまり活かされなかった。
跡部が知ることが出来たのは、雑誌に書かれている程度の選手としての情報で、その上まだジュニア選手、雑誌での取り扱いだってジュニアの中では良いものの、プロテニスプレイヤーも載る雑誌ではその扱いはほんのわずかなものだった。
苛立ち混じりに、以前出ていた大会に赴いてみても、その選手の姿を見ることは一度もなかった。
見つけた、と思ったら、まぼろしのようにその選手の消息はつかめなくなってしまっていたのだった。

落胆と諦めきれない部分もあった跡部だったが、氷帝テニス部部長として二年生にあがると忙しくなったこと、そしてなにより青学の手塚国光と出会ったことが大きかった。あの少女と同等、否それ以上の力の片鱗を見せつけた手塚に、しだいに跡部の興味は惹かれていったのだ。
あのとき感じた高揚感と、どうしようもなく脳内から消えず残るあの少女の姿は、跡部の記憶の片隅へと落ちて行った。


しかし、それから一年後、三年生として今年最後の氷帝テニス部を率いることとなった跡部は、その忘れかけていた姿を思い出すこととなるのであった。

もっと長く書いてみようかと思いましたが、自分でもわからなくなってしまったので一話完結にしました。
だいたいこんな感じです。
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