首輪の紐がほどけてる 起
義理?の兄弟で赤黒
赤司くん(16才)と黒子くん(28才)です
ちなみにショタ赤司くんが出てきています。

父の葬儀の喪主は、叔父が引き受けてくれた。まだ高校生の身分でしかない自分には荷が重いだろう、ということと、なにより、これからの黒子家における地位的ポジションを確保したに違いない。直系長男である自分に媚を売ることは、確かに正しい。
父の葬儀中も、父が死んだということがどうにも現実と思えなくて、ぼんやりと宙を見つめながら時間だけが過ぎていく。空が赤く夕焼けになりだして、参列者が帰ったころに、やっとテツヤの意識は戻ってきた。叔父も、参列者が帰ったということで、親戚だけでこれから黒子家を継ぐのはどうするか、関連会社は、とたくさんの話題をあげて話し合っている。
長男ではあるが、高校生という学生の身分でしかない自分はその話しの勢いと、大人の欲にまみれた怒涛の論争についてはいけない。親戚一同が揃っているテーブルの隅で、その会話を耳にいれることが最低限出来ることだった。

「テツヤ様」
後方のドアから父付の執事がそそと出てきて、手には封書をもっている。そこには見慣れた父の立派な字で、遺書、そう書かれていた。
「……………………」
「旦那様が生前、お書きになったものでございます」
それを受け取って、隣で他の親戚と論争を繰り広げている叔父を呼ぶ。
「すみません、叔父上。父の遺書が見つかりました。……これです」
叔父に差し出せば、テツヤの言葉はまわりにも聞こえていたのか、先程までの論争は水を打ったように静まり返っており、テツヤはその居心地の悪さに身じろぎした。隣の叔父はそれを震える手で受け取り、ペーパーナイフを受け取ってそれをそっと開ける。
親戚一同がみな黙って見守る中、叔父により読み上げられた遺書の内容は衝撃的だった。
遺書の内容は、黒子家の家督はテツヤに譲るという旨だった。その内容に、一部の親戚は「まだ高校生だぞ。早すぎやしないか」や「一度信頼出来る大人に任せるというわけにはいかないのか」などと言っている。
テツヤが叔父を見上げれば、叔父は苦汁をなめているような顔でその紙面を見つめている。

「テツヤくん。君は……これでいいのかい」
叔父が絞り出した言葉に、テツヤは顔を暗くした。
父の遺書通りに継げる自信は、テツヤにはまったくなかった。つい数ヶ月前に父と大喧嘩をし、その和解も出来ずに父は死んでしまったし、そもそも妻を娶り子を生すことができない自分では家を継いでも意味はない。いったい、父は何を考えてこんな遺書を残してしまったのだろうか。
それでも心の奥底に残っていた父に対する思いに、テツヤは叔父の問いに頷いた。

「僕が……僕が黒子家を継ぎます」



それから親戚と一悶着あったものの、全ては父の遺書によるものということでなんとか丸くおさまった。当面の間、テツヤは父の弁護士だった男と連絡を取り、親戚たちが目論んで勝手なことをしないように手続きをさせ、以前から交流のあった叔父には差し障りのない程度のことを頼んでおいた。
高校には連絡して無断欠席ではなく、きちんと忌引で休んではいるが、それも一週間ほどだ。それに、こんな状態で外をほっつき歩いて男と逢っている暇はない。

「頭が痛くなりそうです……」
はあ、と大きく溜息をついたところで、メイドが温かい紅茶と茶菓子を目の前のテーブルに置く。
「大丈夫ですか?テツヤ様」
心配そうな顔色で聞いてくるメイドに、テツヤはやや青白い顔のまま頷いた。
「大丈夫です。……まさかこんなことになるとは思いませんでしたが」
苦い表情を浮かべてカップに口をつけるテツヤは、今日中に見といてくださいと弁護士に言われた書類をにらめっこしながら唸っている。
携帯には何人かの男から連絡が入っているが、それもまったく無視している。
と、奥の扉からやってきた執事が、なんとも言い難そうな表情でテツヤの顔を見つめて、「テツヤ様、申し訳ないんですが……すこしよろしいでしょうか」と言ってきた。
テツヤは顔をあげて執事を見つめて、「なんでしょうか」と不思議そうな顔で言った。

「旦那様は亡くなられる前に、養子を引き取る準備をされていて……。手続きはもう全て完了しております。ですが、引き取るのが明後日となっていて…………」
「……それって、どういうことですか。父は、亡くなる前にそんなことをしていたんですか」
執事から聞かされた話しは予想の範疇外だった。
「はい。この養護施設の子供です」
そっと差し出された書類には、真っ赤な赤髪の可愛らしい少年の写真と大まかな記録があった。どうやら母親は病死、そのために施設に預けられたらしい。父親はいなく、私生児として生まれてきている。
だが、テツヤは確信していた。この少年の父親は自分の父に違いないと。あの父が、そんな血のつながりのない子供を引き取って育てるなどという行為をするはずがないのだ。
それに、おぼろげではっきりとはしていないが、見知らぬ女性と関係をもっていたことなど多々あったはずだ。

「…………わかりました。この子は僕が迎えに行きます」
執事が息を飲んだがわかった。どうやら、この子供を引き取る件についてはなかったことにすると思っていたらしい。

「そこまで薄情じゃありません。それに……僕自身、必要なことだと思いますから」
自分は子供をつくれない。黒子家の家督は他の者が継ぐことになる。
だから父は自分の血を受け継いでいる男の子がほしかった。
この少年が選ばれたのは、それが理由に他ならないだろう。
( …………僕が、出来損ないだったから。 )

***

初めて会う異母弟は、父に似ていない、ましてや母似の自分にも似てないそれは可愛らしい少年だった。車で話す限り知的そうな少年で、とても親のいない少年には思えなかった。
それも含めて父がこの少年を選んだのかと思うと、少しばかり苦い気持ちにはなるが。
施設を出ることになって、少年は嫌がるそぶりを見せずにおとなしく付いてきた。もしかしたら怖がらせてしまったのかもしれないが、泣く様子も見せないので大丈夫だろう。

「あの………」
高い幼子の声が横から聞こえてきて、少しばかりスーツの裾を引っ張る。
それに怖がらせないために微笑むと、少年は安心したように肩の力を抜いた。
「ぼく、これからおにいさんのところにすむんですよね。どうして、ぼくをひきとってくれるんですか?いままで……しせつのせんせいは、おにいさんがいるなんてひとこともいってくれませんでした」
下唇を噛んで俯く少年に、テツヤはそのさらさらとした赤髪を撫でた。
嘘をつくのは苦手だが、混乱を避けるためにもいたしかたない。
「迎えに来るのが遅れてごめんなさい、征十郎くん。でも、確かに僕と君は兄弟なんですよ」


テツヤは、弁護士に相談して、当面の間は征十郎に赤司征十郎と、今までの名前と同じように過ごさせることにした。これは征十郎が黒子征十郎になってしまうことで、親戚からの面倒事を避けるためであった。征十郎が黒子家に入るのは、もうすこし大人になってからでいいだろう。
利発といってもそこは子供、征十郎は元々母親の記憶さえ曖昧なせいか、施設から黒子家に移ってもあまり動揺はしなかった。動揺したといえば、この家の敷地の広さ、使用人の数にくらいだろう。
しかし、それもじきに慣れる。

黒子は征十郎に時間の許す限り接するようにした。征十郎が一人遊びをしてつまらなさそうであれば絵本も一緒に読んだし、環境に慣れさすことを優先したので家庭教師もしばらく付けずに自分が文字の読み書きを教え、マナーはすべてメイドに教えさせ、最終チェックは自分がした。
征十郎の飲みこみは異常に早く、自分が子供だった頃よりもはるかに賢い。
そう思うと、いずれ家督を自分からこの子に譲る図が簡単に脳裏に浮かんだ。それほどに、征十郎は優秀な子供だった。
しかし、テツヤの心に嫉妬心はなかった。嫉妬心を抱けるような自分ではないとおもったのだ。

だからこそテツヤは余計に不思議で仕方がなかった。これほどの頭の良い子が、なぜ児童養護施設にいることになったのか。これだけ物分かりも良く手のかからない子どもならば、引き取ることも容易かったであろう。病死した母親とは、どんな人物なのか。


それから、テツヤは征十郎の母親を調べた。その結果わかったことは、征十郎の母は、どうやら才女だったらしく、有名私立校大学企業、ととんとん拍子で生きていた女性らしい。そんな社会的に自立した女性が、どうして父と関係をもったかは甚だ疑問ではあるが、確かに征十郎を生んだのだからそれは間違いない。征十郎が家にやってきて数日中にDNA鑑定を依頼した結果も、そのことを物語っている。
じっとテツヤが睨みつけるように書類を読んでいると、あるところでテツヤは目をとめた。
「……? この高校、母と同じ…」

見覚えのある学校名に、テツヤは顔をしかめてそれを見つめた。そこには自分の母親の卒業校と同じ学校名が記されていた。年齢を見ると、亡くなった母より一つ年上だが、それでも同じ学校ならば互いに顔見知りだった可能性もある。
それはテツヤを心中複雑にさせた。テツヤにとってテツヤの母は、優しく聡明で、父とも大きな諍いは見られず、父の浮気を知りながらもそれなりに上手くやっていたように思えた。それもテツヤが十二歳のとき、テツヤの母が死ぬ直前までの話だが。
テツヤの母は、自ら死を選んだのだった。死因は庭師の使っていた農薬を飲料物に含んでの自殺だった。当時、屋敷に働いていた使用人はもっぱら父の浮気に耐えきれず、と噂をしていたが、遺書もなにも見つからなかった状況からすれば、テツヤにとって母がどうして死んでしまったかという理由はわからず仕舞いだった。
母の死に一番大きく反応を示したのは、意外にもテツヤではなく、父であった。テツヤもそれはおお泣きをしたものだったが、父はそういうことではなかったのだ。悲しみというよりは、激情による怒りの迸りであった。
それからも、父の終わらぬ女遊びは続いた。老齢のメイドなどは、「旦那様も奥様が亡くなられたばかりなのに」と非難めいた言葉もあげたものだが、大多数の使用人はそれでも雇い主の悪行を見つめてはそれから目を逸らし続けた。
それはテツヤも同じであった。母の死は悲しかったけれど、乗り越えなくてはならないことがたくさんあった。黒子家を継ぐものとして。
忙しさは、テツヤを母の死に対する悲しみから遠ざけた。中学に入りいよいよ課題が増えると、それはさらに加速した。テツヤは、母を思い枕を濡らすことは無くなった。

テツヤは再度、その書類に目を落として、執事を呼ぶと、征十郎の母親について尋ねた。すると、執事は悲しそうに眉根を下げて、うなだれた。
「いつかは、知ってしまわれるとは……思っておりました。テツヤ様……」
「……………………」
「その女性は、亡くなった奥様とお知り合いでした。…いえ、お知り合いというよりも、もっと深い、親密な友人関係であったとでも言うべきでしょう。年は違えど、学生時代からこの家でお二人が一緒に過ごしているのをよく見かけたものです」
懐かしそうに目を細めてわずかに笑う執事に、テツヤは訝しげに見つめた。

「母と、征十郎くんの母親は、学生時代から親しかったというんですか。なのに、なんで父はこの人と浮気なんて……」
「それについては、私から説明するべきことではないのです…。…………テツヤ様、旦那様の部屋に来てください」


父の部屋に入ると、そこはまだなにも手をつけられてはおらず、生前と同じだろう、整然とした空間が広がっていた。整えられたベッドメイキング、そして並ぶ本棚とマホガニーの机。
執事がその机に近づくと、しゃがみこんで何かをごそごそとし始めた。カタン、と音がして執事はなにかを拾い上げた。
蒔絵の箱だった。

「……それは…………?」
不思議そうな声で問うてきたテツヤに、執事は瞼を伏せがちに重苦しげに口を開く。

「あなたが知りたいことが、ここに」

***

蒔絵の箱には、征十郎の母親が自分の母に宛てた手紙や二人の写真、もちろん母が征十郎の母親に宛てた手紙も存在した。その手紙を読んでわかったことは、自分の母と征十郎の母親はただの友人関係ではなかったということだ。そこに綴られる言葉は、恋人同士の会話に等しい。
全てを読み終えたあと、テツヤは頭を鈍器で殴られたような気分になった。そこに書かれていた全ては、テツヤの心を粉々に砕いた。悲しくて、自分が嫌で、気持ち悪くて仕方がなかった。なぜ母は自分に対してあんなにも優しく接することができたのか、理解できなかった。

父は、拒む母に対して無理矢理婚姻を強い、結果的に僕を生ませた。征十郎の母親も、父の暴力行為による被害者だった。征十郎の母親を羨んだ父が、征十郎の母親に不貞を働いたのだ。その一回の行為により生まれたのが、征十郎なのだ。

何ていうことだろうと思った。自分は、あの心優しい母親の子であると同時に、恐ろしい父親の血を引いているのだ。

自分に対する嫌悪感と、張り裂けそうな悲しみに、テツヤはどうにかなりそうだった。
いっそ死ねれば、このどこにも置き場のない気持ちが昇華するのではないと考えるほどに。



テツヤはふらつく足取りで、自室へと戻った。しばらくは一人で、このことについて考えたかった。蒔絵の箱は、自分の部屋に置いておこう。そしていつか、この手紙を焼こう。その時はきっと、自分も死んでいるに違いない。

うなだれてベッドに座り込んでいるテツヤは、突然自室のドアがコンコンと叩かれて、飛び上がるようにそちらを見た。心臓がどくどくと音を立てているのを感じながら、ドアの向こうの人物に問うた。
「……誰ですか」
「ぼ、ぼくです。にいさん」

征十郎の声だった。
テツヤははっとして、思わず蒔絵の箱に目をやり、そして深呼吸をするとドアへと向かう。ギイ、と開いた扉の向こうには、不安そうな顔をした征十郎が立っている。

「ごめんなさい。ねていたんですか?」
「…………いえ、少しばかり横になっていただけです。征十郎くんはどうしたんですか?」
微笑んで、かがんで聞くと、征十郎は背中に隠していた絵本を差し出してきた。
「あっ…よんで、ほしくて……。けど、にいさんがつかれているなら、いいんです」
しょんぼりとした様子に、テツヤは困ったように眉を下げた。
そして数秒迷って、征十郎の頭に手を伸ばして優しい手つきで撫でた。かつて、自分が母親にしてもらったように。

「一冊だけなら、大丈夫ですよ。それが読み終わったら、寝ましょうね。征十郎くん」

***

あの蒔絵の箱の中身を見てから、テツヤは征十郎に対して一層親身になって接するようになった。自分のようにはなってほしくないと、不器用で稚拙かもしれない愛情を精一杯注ぎながら育てようと努力した。
征十郎が大学を卒業するまで、繋ぎとして黒子家を担えるように大学も卒業し関連会社で仕事をはじめ、なんとか親戚にも一社会人として認められるまでになった。
征十郎は、努力の甲斐あって懐いてくれるようになり、小学校の低学年までは一緒のベッドに寝て、おやすみなさいの子守唄を歌いながらその寝顔を見守った。
母親似の征十郎は、写真で見た女性の姿とよく似た美しい面立ちになり、小学校にはいり家庭教師をつけると、教師要らずと思えるほどに賢くなっていた。
その成長は、微笑ましくも頼もしくもあり、そして同時にテツヤにわずかな燻りを生じさせた。
ちりちりと燻るその少しずつ大きくなっていく思いは、異母弟に向けて良いものではなかった。

中学生になった征十郎はますます美しくなりそして肉体的にも成熟しはじめる。そして、テツヤにとってはあの頃を思い出させてしまうような存在になってしまった。
それは、男であるということだった。

テツヤはその劣情をおさえるために、征十郎と共に過ごすことを避けるようになった。そして、征十郎に以前のように優しくすることをやめた。外で男をつくり、熱を冷ますだけのセックスをした。そして、冷たくして、征十郎には自分なんか嫌われればいい。そう思った。
そうすれば、大丈夫に違いない。
そんな曖昧な確信を、そのときのテツヤは抱いていた。
- - - - - - - - - -
PIXIVより再録

まだ続きます。ごめんなさい。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -