▼ おそわれるやつ2 菊は足を震わして、ふらりと倒れかけた。きゃあ、と女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえかけ、菊は意識を奮い立たせ、なんとか保つとじろりと恨みがましくギルベルトたちを睨んだ。 いつもは穏やかに思慮深く揺れる眼差しが、いまは剣呑な光を宿し、ギルベルトたちを見つめている。その外見からはうかがえない鋭い刃物のような姿に、ギルベルトは無意識に唇を嘗めていた。いい獲物だと、思った。 ギルベルトは手に持っていたバスケットボールを無造作にフランシスのほうへと放り投げると、ずかずかと菊の方に近づいていった。誰もが止める間もなく胸倉をつかむと、身体ごと持ち上げて引き寄せた。 わずかにあがりかけた片腕に、女子生徒たちが顔を覆う。 風を切るようにひゅっと近づいてきた拳に、菊は咄嗟に瞼を瞑りそうになったが、それは菊が瞼を閉じる前にぴたりと眼前でとまった。 「…………今日の放課後、旧体育館に来い。来なかったら…」 ちらりと心配そうに見守っている部員を見て、ギルベルトはにやりと笑った。 菊はつかんでいる手を無理やり離して、ごほごほと咳き込んだが、すぐにじろっとギルベルトを見やって「わかりました。私が行きますから……彼女たちに手出ししないでください」と言った。 心配をこれ以上かけたくはなくて、菊は囁くように言う。 ギルベルトは満足そうなようすを見せ、眺めているアントーニョとフランシスに一声をかけると、思わぬほどあっさりと去って行った。 ギルベルトの姿が見えなくなって、部員たちは菊に駆け寄った。 「主将! 大丈夫ですか?」 「なにも出来なくてごめんなさい…っ」 「主将がいなかったらわたしたち…」 涙目で見つめてくる部員に、菊は微笑んで見せた。 「大丈夫ですよ。殴られませんでしたし……。負けたことが、私はなによりも情けないです」 悲しそうに眉根を下げた菊に、部員は口ぐちに否定した。 「そんなことないですっ。部長は追い払ってくださいました。それに、三人だなんて卑怯です」 「そうですよ。ありがとうございます。主将!」 やっと明るくなった女子生徒たちの顔を見て、菊は胸をなでおろした。 それと同時に、先程のギルベルトの不穏な言葉が思い出されて、過る影に不安を抱いた。 *** 放課後、菊は監督と一緒に練習メニューをつくったあと、部活着の姿のまま旧体育館へと向かった。 もう使われていない旧体育館は、来年度に取り壊しが予定されている。いま使われている体育館は、昨年出来たばかりだ。そのせいで離れた場所にあるため、旧体育館の周辺は生徒のうろつきが少ない。 本当にあの三人は来るのだろうか、と不安に思いながら近づくと、旧体育館の倉庫の窓から明かりが漏れていることがわかった。 あそこにいるのだろうか、と出入口から倉庫のほうへ続く廊下へと曲がると、すぐになにかとぶつかった。 「っ…」 思わず顔を覆うと、上から声が降ってきた。 「おい」 菊はぱっと振り仰いだ。 「遅かったじゃねーか……来ないかと思ったぜ」 見上げると、そこにいたのは危険な色を瞳に宿したギルベルトだった。 制服はブレザーがなく、上半身には学校指定ではないどこかのメーカーのシャツしかない。第二ボタンまでが開けられていて、菊にはとてもだらしなく写った。 「行く代わりに…部員には手出ししないとの約束ですから」 菊は苦しそうに言う。 いまから殴られるのだろうな、と薄ら思った。それくらいに、今のギルベルトは危険な雰囲気しかしない。 「着いて来い」 意外にも、ギルベルトは静かだった。 ひんやりとするコンクリートの壁を歩きながら、菊はギルベルトの後姿を見た。会った瞬間から殴られると思いこんでいた菊としては調子が狂うとしか言いようがない。 一時して、ギルベルトが倉庫の扉の前についた。 鍵を突っ込んで開けると、なかにいたフランシスとアントーニョに「来たぜ」と告げた。 「おっ。主役のお出ましじゃん」 「遅いで〜。待ちくたびれたわ」 にこにこと上機嫌そうに笑って、アントーニョは菊に近づいた。じろじろと不躾なほど見回して、唐突に菊の胸をわしっと掴んだ。 「ひゃっ…?!」 驚いて菊が小さく悲鳴をあげても、気にせずに部活着に隠された巨乳を揉みしだく。けれども下着の上からであることが納得いかないのか、いまいち満足しきれていない顔だ。 「やっぱり本田さん大きいな〜。手に余るくらいやもんなあ!」 2014/09/04 19:31 |
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