バスケ部菊♀が好き勝手されちゃうおはなし1

W学園女子バスケ部主将の本田菊と言えば学園内でも有名な人物である。容姿端麗・成績優秀で品行方正。目下のものに優しく目上のものに礼儀正しい。教師からの評判も絶大で、彼女のことを嫌う人物なんて学園内にいるのだろうか―――と思えるほどに完璧なのである。
基本的に人当たりが良く心優しい人物だが、そんな本田菊にも許せないものがあった。それは規律を乱すようなものたちのことである。

***

「あっ。主将! バイルシュミットくんたちが…」
慌てた様子で話しかけてきた後輩に、半袖短パンの出で立ちでやってきた菊は険しい顔で体育館へと足を急いだ。
後輩が口にしたバイルシュミット、それは最近菊を悩ませている人物のうちのひとりである。
銀髪に真っ赤な瞳の粗野そうな男で、名前はギルベルト・バイルシュミット。同じクラスのフランシス・ボヌフォア、アントーニョ・フェルナンデス・カリエドと共にある意味でこの学園内で有名な人物たちである。なぜ有名なのかというと、それは菊とは反対で恐ろしく恐ろしく素行が悪いからである。泣かせた女は数知れず、夜には繁華街で怪しいこともしているともっぱらの噂である。
それだけ素行が悪いのに、成績だけは全員上位に属するのだからなんとも厄介である。
教師も怒るに怒れないのだ。
だが、菊はそんなまやかしのようなごまかしは通用しないとしていた。
あの三人がここ最近ハマっていることは、真面目で人望の厚い菊を困らすということであった。菊が不機嫌そうに困ったように顔をしかめればしかめるほど、三人は嬉しそうに気色の笑みを浮かべるのである。

体育館に到着すると、そこではバスケ部が使うはずのコートを勝手に使っている三人がいた。他のバスケ部員が三人が怖いのか、傍目で見守っているだけでおろおろとしているだけであった。
菊が「ここは女子バスケ部が使うコートです。出て行っていただけますか」と高らかに宣言した。
バスケットボールが綺麗な放物線を描いてネットをくぐる。最後にシュートを放ったのは、赤目のギルベルトだ。

「なあんだ、もう来たのか。早かったな」
親しげな口調で話しかけられて、不愉快そうに顔をしかめた。
「そんなことはどうでもいいです。それより、はやくコートを空けてください」
きりりと眦を釣り上げてそう言う菊に、ギルベルトがひゅうと口笛を吹いた。囃し立てるようなその雰囲気に、菊は苛立つ。
「つーかよぉ、俺らがここ使ってんだからお前らがどっか行けばいいんじゃね?」
「そうそう。ね、本田さん」
にっこりと笑みを浮かべて物腰柔らかな雰囲気で話しかけてくるフランシスに、菊は冷たく視線を寄越す。

「いいえ。出ていくべきはあなたたちです」
ずいっと菊は前へと進み出た。
「どうぞお帰り下さい」

部長、と口々に周りで見守っていた女子部員の歓喜に満ちた声が上がった。
それに不愉快そうに顔をしかめたギルベルトは、悪そうな笑みを浮かべて手に持っていたボールを菊に向かって放り投げた。咄嗟に受け取って、菊はじろりとギルベルトを睨みつけた。
すると、ギルベルトが五本指を突き立てた。

「五本だ」
にいっと歯を見せて、舌なめずりをするように笑ってみせた。
「先に1on1で五本先取した方がこのコートを使うってことでいいだろ?」
「……………………」
菊は無言で三人を見つめる。
「負けたら出て行ってやるからよぉ。まっ、お前が負けるんだろうけどなあ…」
「いいでしょう。1on1、受けて立ちます」
ダム、とボールをワンバウンドさせて、菊は下からギルベルトを睨みつけた。
こんな秩序も規則も無視する不届き者など早々に蹴散らしてしまえ、と思ったのだ。それにこの三人もこんなことを言っているが、菊はこの国際色豊かなW学園で欧米などの体格的に恵まれた選手のなかでも負けず劣らずとプレイし、いまではバスケ部の主将である。こんなところで負けるはずもないと周りも思っていた。

「――――じゃあ、はじめるぜ」
「…望むところです」

***

ギルベルトの思ったよりも素早い動きに、菊は汗をぽたりと落とした。周囲の部員にも菊の焦りが伝わっているらしく、ちらちらと視界に入る表情は曇りがちだ。

「なんだぁ? そのへっぴり腰は……。いつもの威勢はどこにいったんだよ…オラァッ」
「――ッぁ…!!」
抜きかねていたところ、ギルベルトの長い腕がすばやく伸びてきて、菊がわずかに動きにためらいを見せたところ、爪が当たったようで菊はちりっと鋭い痛みに思わず手を引いた。
その隙にギルベルトに先程まで保っていたボールを奪取されてしまう。

「主将!」
悲痛な声をした部員の声に、菊は身体を翻してゴールへとボールを放とうとしたギルベルトの手からボールを叩き落とした。

「まだへばってなかったのかよ」
それでもギルベルトの手中にあるボールに、菊は肩で息をしながら相手を伺った。
ギルベルトにも疲れが見え始めている。白い肌に浮かぶ玉のような汗がそれをあらわしている。
手の甲で汗を乱暴に拭ったギルベルトは、ふう、と息を吐くとボールをひときわ強くバウンドさせてにやりと笑った。

「…ッ……?! なにを…っ」
菊は悲鳴をあげてギルベルトを非難がましく見つめた。
ボールを持っていない手が菊の身体に触れていたからだ。身体のラインを沿うように這う手の動きに、菊は身体を震わした。寒気がした。
「前から身体は良いと思ってたんだよ…。アジアンのわりに色気もあって」
色欲の含まれた声色に、菊はさっと退いて離れた。
一瞬の出来事だったせいか、部員に気付いたようすはない。

「そのクソ反抗的な顔もいいねえ。床に這い蹲らせてやりてえよ」
「なにを…」
はっとなって菊はギルベルトを見たが、もう遅かった。

「よそ見のしすぎだぜ、主将サン」
ひゅっとギルベルトがボールをゴールに向けて放った。やや長めの滞空期間をもって、ボールがネットをくぐった。
やったあ!とアントーニョが嬉しそうな声をあげ、フランシスが茫然としている菊にウィンクを寄越した。

2014/02/09 21:23



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