首輪2

***

やっぱり、自分は兄に嫌われていたのだと、征十郎はそう思った。
でなければ、あんなものを見せた後に、わざわざこのタイミングで養子に出し、その上義父となる人と暮らしてもらうだなんて言うはずがない。
今までの態度から思っていたことだったが、いざそのようにはっきりと示されると、なかなか堪えるものだなと征十郎は思う。セックスのときに見せていた顔と全然違う…冷たい顔。
ベッドの上で組み敷いたときに時折見せた表情があまりにも悲しそうでそれでいて嬉しそうに見えたから、征十郎は淡い期待を抱いたのが、どうやらそれもまったくの見当違いだったようだ。

ベッドに寝転んでいた身体を起こして、征十郎はデスクにおざなりに置いていた書類を取り上げた。そこには養子縁組に関することがびっちりと文字で書き起こされていて、征十郎は本当に自分は兄と離れて暮らすのかと再認識させられた。
ちらと思い浮かぶのは兄の母の弟にあたる叔父の顔。笑った顔が、少し昔の兄に似ていた…。


しばらくすると、屋敷が騒がしいことに気付いた。
しかもその声は玄関ホールから響くもので、聞きなれない声と似つかわしくない喧騒に征十郎は眉をひそめて部屋を出た。廊下には人っ子一人いないが、玄関ホールへと続く方からは人の声が複数する。
その中に混じるテツヤの声に、征十郎は足をはやめた。

「〜〜どういうことです、テツヤさん!」
女性の怒鳴り声に、征十郎はぱっと身を潜めた。
少しだけ顔を出してホールの方を見ると、高そうな身なりの中年女性が立ってテツヤに向かって怒りをむき出しにした顔で怒り狂っていた。

「家督を譲るなんて、そんな馬鹿なことをあなたがするなんて!」
声が大きいのが女性のせいで征十郎は真っ先に女性の存在しか気づかなかったが、よく見ると他にも何人かいた。誰もがテツヤより年上の中年から初老にかけてくらいの男女ばかりで、征十郎は姿を現せずにいた。

「そうだぞ、テツヤくん。君が継ぐというからあのときは文句は出なかった。だが、あの子ねえ……」
男性が渋い顔で唸った。

後姿でしかわからないテツヤは、いつも通りの淡々とした口調で返す。

「どこから聞きつけたか知りませんが、征十郎くんが黒子家を継ぐのは正当な権利となります。あなた方が口出しすることではありません」
「口出し? するに決まってるじゃない! こんなの納得いかないわ」
吠えるように言う女性に、テツヤは首を横に振った。

「出自のことを言っているなら心配には及びません。生前父がそれについてはよく確認していたので……彼は父の子です」
征十郎は自分のことを話しているのだとわかった瞬間、その場に飛び出したくなった。
けれど、話しから察するに、自分は黒子家を継ぐことになっているということに驚いて身を固くしていた。養子縁組に加えて今度は兄が家督を譲る…。いったい、何が起こっているのか。

「能力のことをおっしゃっているなら、彼の素質は十分過ぎるほどです。…征十郎くんは、僕よりもずっと賢くすべてにおいて秀でてる。そしてあなた方は彼に及ばない……」
その言葉には声を荒げていた女性も呆れたようで、ぽかんと口を開けてテツヤの顔を凝視している。
「テ、テツヤくん。あなた、本当に黒子の家を譲るの?」
「はい。父の遺志でもあります」
頷いたテツヤは、にっこりと親戚一同に微笑みかけた。

「これ以上言葉は受け付けません。どうか、お帰り下さい」

2013/11/22 19:06



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