首輪1

僅かな期待と共に帰宅するが、屋敷にテツヤの姿はなかった。
そのことを征十郎は落胆しつつもしょうがないことであると諦めていた。今までのテツヤを考えると、本人から姿を現そうとしない限り、征十郎が自力で見つけるのは難しいだろう。
昨日は冷静ではなかったから思い当らなかったが、あの手紙や写真が自分の手に渡ってしまったことすら、テツヤの思惑通りなのではないかと征十郎は考えていた。
あの手紙を見て、新たにわかったことは自分の出自だけ…。けど、それを自分が知ることがテツヤにとって何の意味を持つのか征十郎はわからなかった。
征十郎は自分の父親を直接的には知らない、テツヤが憎み忌まわしいと思った父親を、征十郎はまったく知らないのだ。だから、征十郎にはテツヤにとって父親が、母親がどういう意味を持つのかわからなかった。征十郎が思う以上に、テツヤは父親を、そして自分自身を軽蔑しているということに。


それからも征十郎はテツヤがいつ帰宅するのだろうと思いながら過ごした。以前にだって何度もテツヤが長く家を空けることはあったのにこんなに不安な気持ちになったことはない、と征十郎は自嘲したくなった。
屋敷に入ってくる車や人の気配にいちいち反応をして、もしかしてテツヤが帰って来てやしないかと思いながら何度も窓から外を確認する。そして望んでいる人物ではないとわかると、直視できないとばかりに征十郎はすぐに視線を逸らすのだ。

それでも征十郎は極めていつも通りに過ごした。学校はもちろん部活にも出て大会にも出場し、誰かに話しかけられれば友好的に話し返す…ずっと、今までもしてきたこと。心の奥底ではここではない、テツヤのいる場所に今すぐにでも行きたいと願いながらも…。


「兄さんが、明日?」
帰宅すると、征十郎は執事から「明日の朝にテツヤが帰る」という旨を聞いた。テツヤがあの日に家を空けてから、三週間と少しくらいのことだった。
メイドに制服を預けながら、征十郎の胸は期待に膨らんでいた。やっと、帰ってくるのだ。
帰ってきたら、すぐにでもあの手紙と写真のこと、自分の出自のこと…いろんなことを聞きたいと思っていた。いままで見えてなくて、わからなかったことや今もわからないこと。
そして、出来れば昔のように優しく笑ってほしいということ。

そんな征十郎の期待を跳ね除けるように、テツヤは帰ってきた。朝、話しかけようとすれば厳しい顔つきで「学校から帰宅後にしなさい」と言った。それに征十郎は多少納得いかないものの学校に登校し、急ぎ足で帰宅すると、いつになく険しい表情で、テツヤは征十郎をゲストルームで待っていた。
学校から帰宅するとメイドから促された征十郎がその部屋に入ると、テツヤの傍に一人初老くらいの男が座っていることに気づいた。征十郎の姿を見ると、男は立ち上がって軽く会釈をしてきた。

「初めまして。君が赤司征十郎くんだね」

どこか聞き覚えのあるような声で、征十郎はわずかな違和感を持ちながら握手を求めてきた男に応じた。

「はい。初めまして……」
面識はあっただろうか、いや、覚えはない。そう思いながら応じていると、テツヤが立ち上がった。

「征十郎くん。この人は僕の叔父で、母の弟に当たります。君が会うのは初めてですね」
にこやかに叔父に笑いかけて、その笑みのまま征十郎の方に向いたテツヤに、どきりと征十郎は動揺した。

「今日、叔父上を呼んだのは君と会わせたかったからです」

座って、と促したテツヤに言われた通り、征十郎は叔父の目の前に座った。改めて顔を見て気づいたのだが、この初老の男――叔父の容貌はテツヤに似ていた。白髪交じりだが、空の色をした髪の毛や瞳の色など、一目で血縁者だろうとわかるほどだ。
そのことに気づいてからなんとなく征十郎の身体には緊張が走った。
ふかふかとしたソファに身を落としながら、座り心地が悪いとばかりに思う。

「征十郎くん、君も知っての通り、君はまだ正式には黒子家には入っていません」

叔父の隣りに座っていくつかの書類を示したテツヤに征十郎は頷いた。

「今日は、君に正式に黒子家に入ってもらおうという話をするために叔父上を呼びました」
テツヤが、じっと征十郎の瞳を見据えた。

「君には、叔父上と養子縁組を組んでもらいたいと思っています」

驚きで、征十郎は目を見張った。そして、震えそうになる声を叱咤して、やっとのことで絞り出した。それでも、手は強張っていた。

「……どういう、ことです? 僕が?」
縋るような瞳で自分を見つめた征十郎に、テツヤは揺るがなかった。そんなことにも気づいてないとでも言いたげに、テツヤは話しを続ける。

「そのままです。父が生きていたなら本当は君は父と養子縁組を組む予定だったんですが、父は十年も前に死にましたから……どのみち、高校を卒業すれば君は叔父上と養子縁組するはずでした。少し早くなったと思えば、そう違和感のあることでもないでしょう」
そう言いながら、淡々と事務処理でもするかのように書類を並べていく。
そのどれを見ても頭の中には入らずすり抜けていく。征十郎は動揺しきったまま、首を横に振った。

「なん、で………。ここのところ、ずっと家を空けていたのは、全部、このためだったんですか…?」
項垂れて、顔を俯かせたまま征十郎が暗い声で聞いてきた。

「そうです」
テツヤが、無感情にそう言う。

「…………僕は、そんなに兄さんに嫌われていましたか?」
肩を震わせて泣きそうな声でそう言う征十郎に、テツヤは初めてわずかに動揺の色を見せた。それでも俯いていた征十郎は気づかず、それを目にしたのは叔父だけだ。

「来月には、君には叔父上と暮らしてもらいます。わかりましたね」
それでもやはり、テツヤは無感情にそう言った。
声も出せずに項垂れたままでいる征十郎を見つめるその瞳には、計り知れない悲しみの色が隠されていた。

2013/11/21 19:01



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