夢にオチて![](//static.nanos.jp/upload/tmpimg/35650/33.gif)
マリンフォードは海軍本部の町。海賊のだれもがその名を聞くだけで顔をしかめる。 そんな町の路地裏に、古ぼけたリストランテがあった。 「いらっしゃいませ」 キィ、と軋んだ扉から黒い服を着たもじゃ毛のカメリエーレが迎える。 恭しく私を招きいれた彼のなんと背の高いことか。普段海軍本部で部下たちの隆々たる肉体を目にしているが、彼の体は軍人のそれとは違いほっそりとしている。 「春目前だが、まだ夜は冷える。さあ、冷えないうちに。」 「はい」 ドアの前へ突っ立っていた私は彼の後にひっつくようにして店の奥へと歩いて行った。 「Buonasera!(いらっしゃいませ!)」 歓迎の言葉とともにカメリエーレ服の男性たちが微笑む。 オレンジ色の光がほんのりと満ちる薄暗い店内を歩いていると、仕事場で見かけたことのある人物がいた。気になってじっと見ていると向こうも気が付いたらしい。手に持っていたフォークをあわてて皿へ置いて立ち上がった。 「サクラ大将!お疲れ様です...!!」 立ち上がった彼・コビーは本部でそうするように私へ敬礼した。 海兵としての礼儀。確かにそうなのだが...こういった公の場でもそれを強要するほど私はきっちりとした模範的な海兵ではない。 「今は非番よ。そんなに畏まらないで。ね?」 緊張で息をとめたままの彼が気を使わないように、なるべく柔らかい口調でそう言った。その為もあってかコビーの頬が緩むのがわかった。 「...さあ、こちらへ」 私の後ろで笑顔で立っていたカメリエーレが声をかける。 「ふふ、ごめんなさい。」 きっと彼は私とコビーのやり取りが面白かったのだろう。口元がむずり、と動くのを私は見逃さなかった。 このままこの場に留まっては彼にもコビーにも迷惑だ。 「お互い楽しい夜を。」 私はそう言って店の奥へと進んだ。 そしていつも通り、すこし奥ばったところにあるテーブルへとついた。
古い店内なのにこうも居心地がいいのは、きちんと手入れをされ色々なものが大事にされているからだろう。小さなへこみがいくつもある木のテーブルは実に滑らかでヌメ革の手触りと少し似ている。 「ふう」 私は椅子に腰を下ろし、溜息をついた。 「溜息をつくと幸せが逃げるぞ」 カメリエーレの黒いベストの下に赤いシャツを着た男がフロアとこのスペースとの境界に立っていた。 「ほれ」 そういって柔らかなブランケットを手渡される。彼は寒がりな私のためにいつもひざ掛けを用意してくれるのだ。 冷えた膝の上へふかふかとしたブランケットを乗せて彼からメニューを受け取る。 「違うわ、サカズキ。」 これは先ほど『幸せが逃げる』と言った彼への返事だ。サカズキは不思議そうな顔をしてこちらの話に耳を傾けた。 「この場合、幸せは逃げるんじゃないの。溢れ出すのよ。何も溜息をつくのは悲しいときだけじゃないわ。」 願わくはその幸せが誰かに流れ込めばいい。 ほくほくと笑いかける私を見て、サカズキは半ば呆れたように「そうか」と鼻で笑った。
私は安い赤のグラスワインとプッタネスカだけを注文した。 「この店でそんな阿呆な注文するのはお前くらいじゃ」 「あら、だから私いつもここに隔離されるの?」 「今頃気が付いたんか。鈍いのう。」 「冗談。」 フロアのほうのお客を邪魔しない程度に、私とサカズキは声をあげて笑いあった。 「待っちょれ。クザンももう少ししたら来る」 「はーい」 いい子がそうするように、私は大人しくサカズキの背中を見送った。
サカズキが出て行ってからしばらくしてメガネをかけたボルサリーノがやってきた。 「やあ〜いらっしゃい。」 「こんばんわ、ボルサリーノ。」 彼の手には芸術で有名な国の高価なワインが納まっていた。 「いいワインを開けたからおすそ分けだよォ」 「ホント?うれしい!」 あまりお目にかかることのないそのワインに胸が躍る。 「サカズキには内緒だよォ」 揺れる絹のように美しく注がれた赤に目を奪われる。ルビーよりも怪しいその色はまさに魔性だ。月並みの「綺麗」という言葉しか思い浮かばない自分の語彙力を恨む。 「いい香り」 アルコールと葡萄の絡みつく香りに恍惚とする。 「ボルサリーノはもう飲んだの?」 「一杯だけ。味は保障するよォ〜」 「そう。どうせならもう一杯いかが?開けてしまったのなら飲んでしまわないともったいないわ。クザンが来るまで暇だし...一緒に飲みましょうよ。」 「君も悪い子だねェ〜...」 んふふ、と微笑む私の真意を察してくれたのだろう。私に少し待つように言い、彼は自分のグラスを取りに行った。 「一本開けちゃって、後で何か言われても知らないよォ」 「お金は払うわ。もちろんボトルまるごとね。」 「律儀だねェ〜。大丈夫、このワインはわっしの私物。安心して飲んでいいよォ」 (自分のコレクションなのにわざわざ持ってきてくれたの?) 彼の私への甘やかし振りは相当のようだ。 「...ボルサリーノのほうが悪い人だわ。ありがとう!」 グラスを上に持ち上げた後、彼の気遣いに大いに感謝しながら赤いアルコールを喉に注いだ。 「ずるいなァ、先に楽しむなんて」 透明なグラスのガラスの向こうに待ち焦がれた彼が見えた。店の入り口で見たカメリエーレの服は着ておらず、見慣れた青いシャツに白のズボンを身に着けていた。二つ開けた襟元のボタンから、くっきりとした鎖骨が見える。 「いやらしい格好」 「ええ、やらしいわ」 私とボルサリーノは二人してワインを片手ににやにやとした笑いを浮かべた。 「まさかもう酔っぱらってる?」 「いいやァ?」 「いつも以上にうんとシラフよ。」 ねー、と笑いあった。 たしかに酔っぱらってはいない。まだひとくち口にしただけだ。 けれどそれでも気分が良くなるほどに、今日のお酒は至極美味しい。 「俺にも一杯もらえる?」 「男にやる酒はここにはないよォ〜」 「実は女なの。」 心なしか上ずった気味の悪い声音が聞こえた。 「...」 「お酒がまずくなる...」 私はそういいながらも彼のグラスを受け取るとそれにワインを注いだ。 「ひどい事言うねェ」 私からワインの注がれたグラスを受け取り、クザンはそれを口にした。 「美味しい。」 「だろう?わっしの秘蔵っこだからねェ〜」 それから3人で他愛のない談笑をつまみにワインを楽しんだ。
「待たせたのう。」 サカズキは彼の顔ほどの器を持っていた。そこにはパスタがこんもりと盛られていた。大衆食堂でみるようなその光景にその場にいた3人は自然に「おー」と歓声を上げた。 しかし山盛りのプッタネスカを片手にサカズキはテーブルの手前で立ち止まる。 「ん?ボルサリーノ、こんなとこで何しとる。...おい、何を飲んじょるんじゃ!!」 どかん、と何かが噴火するような音が聞こえたのは気のせいだろうか。眉をつり上げたサカズキは器をテーブルへ置くとボルサリーノにつかみかかった。その手をクザンがぽんぽんと制した。 「まあまあ。サカズキも飲むかい?」 その言葉に私とボルサリーノがのっかる。 「美味しいわよ」 「そうだよ、飲みなよォ〜」 にこにこと笑いかける私たちをじっと眺めてからサカズキは呆れたように顔をしかめる。 「阿呆。まだ仕事中じゃ。貴様もな!」 ボルサリーノの手からワインボトルを奪い取るとパスタの器の横に置いた。 「じゃあな。邪魔した。」 ボルサリーノを引きずるようにしてサカズキは去って行った。
「プッタネスカだけでよかったの?なんなら前菜でも持ってきたのに。」 うさぎやねずみのようにもぐもぐと顎を動かす私へクザンは尋ねた。 「たらふくコレが食べたい気分だったの。」 パスタを胃に送りワインをひとくち口にした後、私は彼にそう言った。 「美味しい?」 「ええ、とっても!」 「よかった。」 クザンはぽんぽんと私の頭を叩いた。
『という夢を...』 『え、スズちゃん大将になってたの』 『そうです。すごい出世ですよね。むっふっふ。』
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mokuji |