3月の風に想いをのせて



「うちの家はね、昔からある古い魔法を使うの。ホグワーツのみんなが使ってるようなかっこいいのじゃなくて、ちょっとダサいのよ」
「へぇ、試しに呪文でも唱えてみろよ」
「ダメよ。私の血と一緒に流れてる魔法は人の命を食うの」

 あのつまらない孤児院からこのホグワーツに来たのが昨日のように感じる。気づけば2つも3つも季節がすぎる忙しない日々。
「トムー」
「その名で呼ぶなって言っただろう。」
 こいつの周りだけ、いつもぽかぽかと暖かい。
「ちぇ。じゃあリドル」
「何?」
「あのね、ルーン学の宿題見せて...!」
「君まだ終わってなかったのかい」
「だって、」
 うわーんと子供のようにマントを引っ張るスズに負けじと自分のマントを引いた。
「あんな簡単な授業、なんでてきぱきこなせないんだよ。馬鹿なのか?この馬鹿」
「ひ、ひどい!」
 そもそも彼女はルーンのように沈黙魔術といわれる術を扱う家の出じゃあなかっただろうか。少し頭を切り替えればこの僕よりもたやすく理解できる科目のはずだろう、と心の中で毒づいた。
 目の前でわーわーと喚くこいつは東の外れにある島国から来たスズ・サクラだ。彼女の国ではヤオヨロズだとかヨーカイだとかいうゴーストのようなものにあふれているのだと聞く。彼女曰く『彼らには過ごしやすい土地』なのだそうだ。そんな国だからということもありそこに暮らす人すべてが身を守る術を身に着ける。けれどもスズのような力を持っているのは一部の物だけで、それ以外の人間はスズたちの作る紙切れなどに頼るらしい。ヒノモトはとんだ間抜けどもの巣窟だ。

「リドルがそういうならアブラクサスに頼むわ」
 おい、どうしてそうなる。
「待て」
「なによ?どケチリドル」
 可愛くない顔しやがってからに。
「アブラクサスだけはやめておけ。ただじゃ帰してくれないぞ」
「そんなことない。彼はリドルと違ってすっごく優しいわ!」
 い!と歯を見せるとスズは靴で床を蹴り飛ばすように寮へ帰ろうと歩き出した。
「...仕方ない奴だな」
 ルーン学なんて、お前の貞操を差し出すには惜しい授業だ。
僕はピタリと立ち止まったスズに羊皮紙の束を差し出す。
「貸しだぞ」
「リドルッ!」
 くるり、とこちらを向いたスズは花を咲かせたようににこやかで。その顔はすっぽりと僕の腕に収まった。
「さすがリドル!」
 ぐりぐりとすり寄る彼女から薬草のいい香りがする。魔法薬学の教室のような悪趣味な臭いとは違う。天と地ほども差がある。
「今度、ルーン以外の課題ならなんでも手伝うよ!」
 僕が君に助けられる?頭でも沸いたのか?口に出かかったその言葉を僕はぐっと飲み込んだ。
(見逃してやるか)
 この可愛さに免じて。
 スズは抱きついていた僕から勢いよく離れるととことこと早歩きで廊下を歩いていった。
「さっそく図書館でぱぱっと終わらせてくる!リドルは寮に戻るの?それまでに私が帰ってきてなかったら夕食のとき呼びに来てね!ありがとう!じゃあ急いで終わらせてくるから!」
 あとでね!と投げかけるとそのまま図書館のほうへと走って行った。僕はその後ろ姿を眺める。
ふとその背中が立ち止まった。
「リドルー!」
 こっちを向いてぶんぶんとスズが手を振った。僕はそれに応えず、ただじっと眺めた。
「大好きー!!」
 馬鹿か。まばらだが人のいる廊下であいつは何を言っているんだ。僕は顔が火照るのを感じた。
(恥ずかしいやつ。)

スズと別れた僕は寮を通り過ぎて暗い廊下を進む。誰もいない廊下に足音だけが響いた。
ある壁の前で立ち止まると、無造作に壁を押した。ギギ、と錆びたような音を立てて扉がゆっくりと開く。
「・・・」
 目の前にはたくさんの書物。それらを山を成すほどの量があり、眺めれば眺めるほどスズに照らされた心は冷え切っていく。

必要の部屋。ここで僕は永遠を手に入れる。



「あー...」
 深い眠りのせいで、柄にもなく昔の夢を見ていたらしい。ナギニが不思議そうにすり寄ってくる。
「なんでもない。眠っていただけだ。大丈夫だ」
 気遣うように俺の手を鼻先でつついたナギニをなでてやる。
ふわふわと寝ぼける頭を振ると長い髪が目にかかった。ナギニを床へおろし立ち上がる。
(月が出ているな)
 まだ昼前だというのに、空にはくっきりとした月がでていた。なんてのんきなんだろうと我ながらため息が出る。
(スズ)
 いない彼女を呼ぶ。
(スズ、スズ。)
 俺はこれからも、何度もお前を裏切ることだろう。けれどもし、仮にでも、そばにいてくれたなら。

この先も隣でそっと微笑んで、


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mokuji

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