騒動の後に



アカウントを無事取り戻した私は、当然のごとくラブマシーン騒動の後処理をすることになった。

「まだ終わってない。」
 そう。ずたぼろになったシステムを補完しさらに手を加える。災害なんかで例えれば、破壊のプロセスを検証し次は耐えることができるよう修復するのと同じ。

 私は羊のアバターで買い物客を装ってOZ内の商店街をトコトコと歩いた。
「すっかり元に戻ってる。」
 あの騒ぎから2週間と経っていないのにどこの店も以前と全く同じように新商品をウィンドウに並べて一部で値引きセールを行っている。路上には疎らにしかアバターがいないので店の勢いに客のほうが置いてけぼりをくらっているような妙な景色が出来上がっている。
 商人とはいつの時代も強かだ。
「あ。あそこのブランド、ついに値下げかあ・・・欲しかったバッグあるし、ささっと買って来よう・・・いったぁい!!」
 リアルの世界で、小意気な打撲音が私の後頭部から発せられる。
「何するんですか!」
 リアルの私は、書類を筒のように丸め持って後ろに立つ上司を睨んだ。
「さっさと仕事してとっとと帰れこの電気乞食。」
「乞食だなんて。個人が家で電力を消費することを考えればこちらで大口で消費したほうが燃費がいいんです。個人消費で生じるエネルギーロスをご存知ですか?!」
「お前が買い物に消費する電力と時間に比べたら目に入れても痛くない程に微量だ。気にするこたぁない。」
「塵も積もればなんとやら。ちりつもですよ、ちりつも!」
 いまどき女子高生でも言わないような略語に上司は目頭を押さえて溜息をついた。
「はぁ・・・もう勝手にしろ。だがな覚えてろよ。陣内が帰ってきたらお前の所業すべてをあいつに報告してやるからな。」
「いやああ!やめてください!やめてくださいい!」
「じゃあさっさと仕事して帰れ!!」
「ひいッ・・・!」

 買い物厳禁!と言いつけて上司は後ろのドアから出て行った。

「鬼だわ・・・。」
 ぽつりとつぶやいたマシンルーム、また私はここで一人になった。規則的な風切り音を発するファンとクーラーの動く音だけ聞こえる部屋で、私はもう一度画面の向こうに広がる正解を睨む。
「万が一ログを残そうものなら次は始末書じゃ済まないだろうし・・・真面目に仕事をしますか。」
 勤め先に電気代を請求される事態は避けたい。

 カタカタ、と素早くキーボードにいくつかの文字を打ち込む。一般人が見ればただアトランダムにキーボードを叩いたように見えるだろうが私を含めある種の作業に従事している人間にとっては大事な文字の羅列。ある規則にのっとって日付と時間によって変わるそれは、ハッキングなんてたいそうなもんじゃなくて、見えない扉をノックするための言葉。アブラカタブラ、ひらけごまの類だ。

 音もなくぽっかりと口を開けた暗闇にスズの化身であるふかふかの毛並みをした羊のアバターが飛び込んだ。

 落下とは違う感覚。粘性のある液体の階段を下りるようにゆっくり下へと向かう。ほんのりと明るい石畳がどんどんと近くなった。
「いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい!」
 ぴょん、ぴょんと飛び跳ねる首のない着せ替えドールのようなアバターが羊の私を出迎える。
 石畳に着地してからぷるぷると毛を振るい、「どうも」と言葉だけの挨拶を交わした。それでもまだ人形は「いらっしゃい」のことばを止めない。
 私はそれを気にも留めず先に進んだ。
 情熱の国の狭い路地を思い起こすような石畳と石の壁。辺りは夜のように真っ暗で不規則に並んだ明かりだけが頼り。私はそこを慣れた足取りで進んでいく。
「じめじめして嫌な場所。」
「もっと書き込まれたCGなら、海外旅行に来て散歩してる気分になれなくもないのに。」
 ぶつぶつと文句を言っているうちに、楕円形の広場と太い道から成る三叉路にたどり着く。そこには何人かのアバターがたむろしていた。
 3人で机を囲み会話をするアバターたちへ目と耳を向けた。
「株価がとんでもないことになっておりますぞ」
「地元で握手会キター!」
「あいつ調子乗りすぎ。さっさと辞めりゃいいのに笑」
 一切かみ合っていない言葉。聞いてるこっちの頭が痛くなってくる。
 彼らの向こう、すこし言ったところに見慣れた迷彩柄が目にはいった。
「あらら・・・。」
 お世辞にも長くない足でとてとてと走り寄った。
「大丈夫ですか?」
「・・・」
 相手からの返事はない。
「お疲れ様です。回収させていただきますね。」
 もこもこの羊毛に手を突っ込んで、サンタクロースが持っているような白い布袋を取り出した。
「よいしょ。」
 袋の口に相手の手を突っ込んで洗濯タグのように袋に設置されたボタンを押す。きゅぽん!と可愛らしい音とともに、目の前に横たわっていたアバターは袋へと吸い込まれた。アバターを吸い込んだ袋は吸い込む前と全く大きさが変わっていない。
 私は袋を畳み直し、三叉路を左に進んだ。

 カチカチ、ポチリ。カチャリ、カチャリ。

 道の先でキーボードをたたく音が聞こえてくる。一定のリズムを持ったそれは、ピアノを奏でているよう。
 緩やかなカーブを曲がったところで、その音の奏者と対面した。

「ケンジくん。」

 カチャリ・・・・。

 軽快にキーボードを叩いていたアバターはその手を止めてこちらに顔を向けた。
「ケンジくん、お疲れ様。」
「・・・。」
「ちょっと様子を見に来たんだけど、どう?進んでる?」
「・・・。」
 じっとこちらを見据えてはいるものの、ケンジは一切口を開こうとしない。
「さっきね、そこで米軍さん拾ったのよ。きっとラブマシーンの食べ残しね。」
 ケンジの耳がぴくりと動いた。
「中途半端にかじられて、外の殻だけ残って流れ着いたんだわ。」
 カチャ、カチャ、とケンジは再びキーボードをたたき始めた。
「あぁ、そうだ。健二くんね、陣内の家から東京の家に帰ったそうだよ。」
「夏希ちゃんのご家族とすっかり仲良くなったみたいで。こりゃもう取る歳とっちゃえば結婚ちかいんじゃない?」

「・・・佐久間くん、だっけ。あの子がまた君と同じアバターを作ってくれたってさ。」

 ガタン!

 椅子にしていたビールケースを倒してケンジのアバターは立ち上がった。
「怒った?」
「・・・。」
「逆に考えてみなよ。愛されてるんだよ、君。」
「・・・。」
 相変わらずケンジは喋らない。
「その仕事終わったら、今の健二くんのアバターと君を同期化してあげる。」
 ケンジの耳がそわそわと揺れた。
「まったく同じアイテムつけてるんだからこっちも楽で助かるわ。」
 私が笑いかけるとケンジはビールケースの椅子を設置しなおしてまた作業に戻った。
 佐久間くんの話は理一さんから電話で聞いた。OZの管理センターに残っていた健二くんのプロフィールをもとに同じアイテムと素体を作ってくれたらしい。私としてはてっきりリスのアバターを使い続けるものだと思っていたので少し驚いた。理一さんいわくあのリスは陣内の家の電話アカウントなんだとか。そりゃ持って帰るわけにもいかない。

 ケンジが進める作業を後ろから眺める。
「だいぶ出来てるね。」
 彼がたくさんの情報を打ち込んでいる画面に白黒のラブマシーンが浮遊していた。
「やっぱり下っ端とはいえ管理やってた人間ってすごいわ。履歴を消してなかった健二くん様様ではあるけれど。」
 健二がOZで見た情報はケンジへと刷り込まれている。それに何より、一度ラブマシーンと一体化したという経験は大きい。
「ちょっと、妬けちゃうね。」
 私だってアバターを取り込まれたのに、彼のようにラブマシーンの復元することは不可能だ。
 この復元作業はラブマシーンの解体されるその時までそばにいた彼だからこそできる。

「さて、私もこの米軍さんをお国に返してこようかな。」
 返事なんて返ってこないけれど私はケンジにそうつぶやいて画面上に先ほどとは違う魔法の言葉を打ち込んだ。えんたーキーを押すとすぐさま地面に白い穴が開いた。
「そいじゃ、ケンジくん。引き続きよろしくね!」

 短い羊の手をひらひらと振ってから私は白い穴に落ちた。


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mokuji

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