分かち合えるのであれば



口づけても、繋がっても、愛を呟いても。結局は人は一個体にすぎなくて、いつも焦燥感に駆られるのだ。
私のこの腕と抱きしめるその腕が一つの体から分かれたものなら、どんなにロマンチック?
「どうした。」
 いつもの抑揚のない声が耳元で聞こえる。
「なんでもない。」
 私の緑の目は彼の後ろの沢山の薬瓶を見つめる。あれらを混ぜ合わせるときっとこの男と同じ香りがするのだろう。そう思うとイモリの入った瓶も高価な香水瓶に見えてくる。気がする。
 彼の鷲鼻が耳の付け根を伝うのを感じる。その鼻からゆっくりと吐き出される生暖かい空気が背筋を逆撫でる。
「くすぐったい。」
「そうしているのだ。」
 さっきよりも熱を孕んだバリトンが私の耳をくすぐった。
(ああ、なんていい声)
 私の学び舎の友たちはずっと知ることがないままこのホグワーツを卒業するのだろう、とふと考える。コウモリと呼ばれる彼がこんな素敵な声を出すなんて。
「スズ...」
 溜息をつくように名前を呼ばれて、私の胸はぎゅうと締まる。心臓のたもとから血が流れを止めてしまいそうだ。そんな私の気持ちを知ってか知らずか教授はシャツの下に手を忍ばせて私の左胸を親指でぐいと持ち上げた。
「先生、もうすぐ寮の門限です」
「知ったことか」
「先生ってもしかしなくても寮監ですよね」
 私の、スリザリンの。
「口が過ぎる」
 少し気に障ったのか、刻み込まれた眉間の皺がいつもより深い。私がそのままおでこをぼーっと眺めていると、教授は私を組み敷き下唇を噛んだ。紅茶の匂いがほんのりと残る口が私から離れると細い唾液の糸が引いた。
「...綺麗なベリルの色だ」
 教授と見つめ合う。
「ベリル?」
 ベリルって何?
「ガラスのような光沢をもつ石だ。そんなことも知らぬのか」
 教授の言いたいことがいまいちよく分からない。
「? その石どこにあるんですか」
 私の頬に流れ落ちている邪魔そうな黒髪を耳元にかけてやる。
「ここに」
 せっかくかけてあげた髪をばさりと流れ落としながら、教授の唇は私の左目に迫った。とっさに瞼をぎゅっとつむる。瞼に暖かい唇が押し付けられる感触がした。
「エメラルドよりも危なっかしい。淡く揺らぐミントベリルだ」
 エメラルド...ああ宝石の話か。ミントベリル。それってこんな色なの。
私が口を開く前に目から離れた口で蓋をされた。唇の温度よりもひんやりとした舌が前歯の形をなぞる。
「む、」
 それと同時に合わせた膝の間に指を差し込まれた。くすぐったい。指は舌よりもねっとりとした動きで内股をなぞりローブの中のスカートを捲し上げる。
(くるし...)
 息が続かない。鼻で荒い息を吐くなんてみっともないので、私は教授の胸を押して「苦しい」とアピールする。教授は口づけたまま一度目を細め、そのあとすぐに解放してくれた。
「...我慢が足りませんな」
「...」
 教授の小言は聞き飽きたのでゆるりと受け流す。けれど乱れた呼吸はなかなか戻らず、私は何やら負けたような気持ちになった。私が眉をひそめていると教授は口角をいやらしく上げて私の上で少し後ろへ下がった。
 私の膝の間に肩を入れて、押し開いていく。教授の顔がちょうど私のおへそのところにきた。腹にかかる彼の息に頭が焼きつきそうだ。
「その顔がたまらん」
 どの顔?
「ひ!!」
 下腹部、そうおへその下あたり。もっと下の、肉の盛られた土手との丁度間くらいをぺろりと舐められた。
視界の下のほうで教授がとてつもないくらいいやらしい顔をしているのが見えた。
「もう少し色気のある声で鳴いたらどうですかな」
「...。やーん、だめぇ、とでも言えばよかったですか?」
 胸やけを起こしそうな作り声を出す。
「不快だ。」
「奇遇ですね。私もです。」
 発した本人も吐き気がしますもの。うえ、と私は横を向いて顔をしかめた。

「エバネスコ(消えよ)」
 いつの間に杖を取り出したのか、その声に気付いた時には確かにあったはずのスカートが糸くず一つ残さずに消えていた。
「シワになる。」
 気が利くのやら利かぬのやら。私のスカート、ちゃんと帰ってくるんですか?
「いい様ですな。」
 ローブに半分捲し上げられたカーディガンとシャツ。そして下はパンツと靴下だけ。
(ん。ローブ...?)
「先生、ローブは置いておくんですか。」
 シワになる、といえばもっとも被害を受けると予想されるのはローブである。スカートよりもそっちを消すべきでは。
「...エバネスコ。」
(あ、消した。)
 ローブのことなど頭になかったのか、バツが悪そうに消去の呪文を唱えた教授に笑いが漏れそうになった。
 笑いが漏れだしてしまわないように変な形に結った口がむずむずと動く。
「...」
 見たこともないような深い皺を眉間にこしらえて、教授は私を睨んだ。
「...」
「...」
「...まあいい。そのうちそんな余裕もなくなる。」
 ...確かに。これからたっぷりと、ねっとりと与えられるであろう快楽の波に流されて溺れるであろうことは目に見えている。
(私が何も出来なくなるのを知ってて...卑怯だ)
 この人には一生かかっても勝てないんだろうな。何においても。
「ああそうだ。先生、スカートとローブ。戻ってきますか?」
「...新しいのを買ってやろう。」
 パンツにあしらわれているレースをいじりながら、教授は「そんなものどうとでもなる」といった口調でそう答えた。


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mokuji

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