春を待つ
雪の日をいくつかはさみながら、季節はゆっくりと春に近づいている。先日の新聞の端っこにメジロの姿を映した写真が載っていた。気の早いもんである。 萌え出る春が待ち遠しい一方で、私の五感は冬を惜しんで寂しがる。皮膚を裂くような冷たい風も、雪の解ける匂いも、霜柱を踏んだときの音も。どこか優しい風味を持つ冬の食材や白く霞む景色も。あと少しだけの楽しみだ。 「今年はまだフグ食べてませんね」 「そうねェ」 どうせ食べるなら黒々とした模様に真っ白い腹をした、つまりはコントラストのはっきりとした子がいい。鍋すきにしようか、それともお刺身でいただこうか。 「皮まで美味しいなんてほんとよくできた子ですね」 「カワハギとは大違いだねェ」
私は後頭部のそばでピクリと筋肉が動くのを感じた。 「すみません、重いですか」 「ん?いーや、全く。自ら膝に頭乗せてくるなんて珍しいねェ。」 彼は手元の新聞を眺めているにも関わらず、私のおでこの位置を勘だけで的確に探り、その大きな手で撫でた。反射的に目を細めていると、眠気が沸いてきた。 「・・・眠くって。」 わたしはつい、そう返答した。 「そのまま寝てくれてもいいよ。おやつの時間には起こしてあげるから。」 一定のリズムと強弱で頭を撫でられていると、瞼がこらえきれずに落ちてきた。コーヒーの香りがする、新聞紙をめくる音がする。クザンさんの膝があったかい。 私の意識はそこで途切れた。 睡魔に手を引かれるまま、心地の良い夢に落ちていく。
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mokuji |