猫(豹)がひっかく



「すみません、ちょっと、退いてもらえますか」
「…..。」
スズの目の前には肉食獣さながらのプレッシャーを放つサイファーポール諜報員ルッチ。彼が逃げないように海軍コートごと壁に押し付けているせいで彼女は全く身動きが取れない。
ロブ・ルッチほどの男前に迫られていると言えば聞こえがいいが、どちらかというと脅迫だ。近づいてくる顔も、トキメク以前にいつ噛みつかれるのかとヒヤヒヤする。
それに近づくほどに鋭い柑橘系の香りがした。なんて見かけ通りの挑発的な香水だろう。
「そんなニオイさせてると女性はみんな逃げていきますよ」
「フン。」
(うわー….)
馬鹿か、これがいいんだろ、と言わんばかりの勝ち誇った笑み。自分に自信がある笑み。
モテると自覚している男は違うと彼女は思った。
「うちの大将が待ってるので退いてくだ」「お前ほんとに青雉の女か?」
(…うん?)
突拍子のない問いかけに首をひねる。
「奴ならもっといい女が寄ってくるだろうに。」
ああ、さっきの香水の仕返しだろうか。彼は続け様に「薄い化粧」「ざんばら髪」「色気のない服」「胸もない」「身長もない」とつぶやいた。
確かにここ数日のエニエス・ロビー出張でいつも以上にみすぼらしいのはスズ自身自覚している。それでも周りに失礼にならない程度には整えているというのに。嫌味の一つ一つが小さいながらも彼女にダメージを与えた。
スズはゆっくりと息を吐き、次に大きく吸ってからルッチを見据えた。
「よ、よ…」
「?」
「世の中には!多種多様な需要がッ」「馬鹿か」
ごつん、と頭を小突かれた。
ルッチは無意識の行動だったらしく、バツが悪そうに顔を背けた。
スズはというと痛みはないものの呆気にとられて床にへたり込んでしまった。
「…悪い。…っくく」
その様子を横目で見たルッチは口元を押さえて沸き上がる笑いを必死に抑え込む。
いじめられたにも関わらず、スズは「さすが笑ってもカッコいいんだな」とぼんやりと思った。
が、次の瞬間彼女は目を丸くした。
「あ」
ルッチの後ろに、彼がいた。
声をかける間もなくゴチン!!とさっきよりも痛そうで大きな打撃音が廊下に響いた。
「いった!!」
ルッチが頭を押さえてスズの横にしゃがみこむ。それを押しのけて彼・クザンはスズのそばに寄り彼女の頭を撫でた。
「ルッチよ〜….うちの少将ちゃんに何してくれてんの。」
「このっ…くそキジ…」
手加減なしかよ、と言いかけてルッチはもう一度殴られた。
「女の子に手をあげちゃいかんでしょう。馬鹿たれ。」
クザンは自身の手を流水ほどの冷たさに調節し、スズの頭、ルッチに小突かれたところにそっと当てた。
「スズちゃん大丈夫?そこのバカ猫に他に変なことされなかった?」
「変な、こと….」
先ほどまでのことを思い浮かべる。
『薄い化粧』『ざんばら髪』『色気のない服』『胸もない』『身長もない』
「うっ…」
スズは顔を青くして口を押えた。
「…..おいルッチ。お前なにしたの?」
クザンはスズから離れルッチの胸倉をつかみ詰め寄った。
いくらガタイの良いルッチと言えども、海軍本部大将であるクザンのそれには敵わない。もちろん実力でも敵うわけがない。
ルッチが息を飲む音がスズにも聞こえた。放っておくとルッチの身が危ない。
「あ、あのクザンさん」
「ちょっと待ってね。いまこいつ氷づけにするから」
「ルッチさん死にますよ?!私大丈夫ですから。頭叩かれた以外は何もされてないです」
「ほんとに?」
「ええ。他は私がクザンさんと釣り合わないと言われたくらいです」
「は?」
直後ルッチがまた殴られた。
痛みに打ち悶えるルッチを放り出し、クザンはスズに向き直った。
「そんなわけないでしょうよ。こんなに愛らしい子他にいない。むしろ俺にはもったいないくらいだ。」
「クザンさん…」
よしよしとスズをあやす。
「これからもよろしく頼むよ。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
クザンとスズ、2人して笑いあった。
少し離れたところでルッチが「バカップル」とぼやいていたが、2人には全く聞こえていないようであった。


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mokuji

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