防寒対策



寒いある日、海軍大将・青キジの執務室に野太い悲鳴がこだました。
「やめてえええええ」
「う、わあ!何ですか大きい声出して!」
 青キジことクザンは彼の副官・スズが部屋に入るや否や彼女の元へ飛び寄った。そして彼女のはいている長いスラックスを引っ掴む。
「なんだこれ!ありえない!ああああ...」
 スズの脚に縋り付くと声だけの嘘泣きを始める始末。スズは上司のその行為に頬が引き攣る。
「...えい」
 付き合ってられない、とばかりに縋り付かれたほうの脚を引くとクザンは床に崩れるようにへたり込んだ。一定の距離を保ちスズは彼のそばにしゃがみこむ。
「どうしたんです?」
 クザンは床に正座すると両手で顔を覆った。
「なんでそんな色気のない長いズボン履いてるの...いつものホットパンツはどしたの...」
 スズはくだらない理由でめそめそ嘘泣きをするクザンに心の中で舌打った。
「寒いですから」
「そんな理由で!?」
「いやいや、それはこっちのセリフですよ!?」
「わああ」
 クザンは後ろに反り返るようにして天井を仰いだ。
 普段、スズは自分の能力のこともあり着衣の表面積を極力抑えている。非常時に自傷して戦うには長い袖・長い裾は無駄にしかならないのだ。
海軍の規律を乱さず、かつ自身の戦闘スタイルに合わせた結果、上は海軍本来の袖を捲った制服。下はホットパンツにゴム底の短いブーツという格好に落ち着いた。その上に海軍将校のコートを羽織っているのがいつものスズだ。
「しばらくデスクワークばっかりみたいですから、この際と思って支給してもらったんです」
「スズちゃん、君さァ...この俺の副官なんだから寒さくらい我慢して!」
「無茶言わないでください!」
 先日から押し寄せた寒波のせいでマリンフォードにはめずらしく雪が積もっている。
「君のふとももが拝めないならもう、俺死ぬわ...」
「な、」
「いままでありがとう...」
 クザンはむくりと立ち上がると窓のほうへと歩いていき、その縁に手と足を掛けた。窓からは冷たい空気が流れ込む。
「この世に生きる価値なし...」
「な!なに馬鹿なことやってるんですか!自重してください!!...っていうか落ちたとしても貴方死なないでしょう?!」
 スズは窓から半身を出すクザンを部屋の中へと引っ張る。クザンはそれに逆らうように首をいやいやと振る。
「俺に死んでほしくなかったら今すぐそれ脱いで!無理!そんなダサイ服無理!なんでそんな海兵みたいな服着てんのさ!」
「私、海兵です!クザンさん私のことなんだと思ってたんですか?!」
「スズちゃんはスズちゃんじゃん!」
(もうやだこの人...!)
 力の入り具合からわかるが、どう見ても本気で落ちる気のないクザン。スズは我儘を言う子供の相手をしている気分になってきた。これは自分から折れるしかないと観念する。
「じゃあ明日からいつものに戻します。だから」
「一日もそれとか耐えられそうにないんだけど!」
「じゃあ着替えてきます!だからもう馬鹿なことしないでください!下で訓練してる人に『あいつら馬鹿じゃないの』って思われる前に...!」
「よし」
「ぎゃ」
 クザンが窓の縁から手を離したとたん、彼はスズのほうへと倒れた。もちろんスズの上に。
「重い...」
 自分の倍ほどの身長がありそうな彼の下でスズ身動きが出来ない。
 彼女の上に乗ったまま、クザンは「あ」と何かを思いついたように声を上げた。
「そうだ。別に着替えに行かなくていいよ」
「なんで また」
 スズはなんとか動く口で聞き返す。
「いいものあるから」
 クザンはスズの上からぴょんと立ち上がるとその足で隣接する自室へと向かった。残されたスズはやっと無くなったおもりに胸を撫で下ろしながら床に打ち付けたおしりをさすった。



「寒いならこれ着ればいいじゃない!」
 バターン!という勢いのいい音を立てて扉を開いたクザンの手には黒いホットパンツと黒いブーツ。ホットパンツのほうは普段スズが着用しているものと相違ないが、黒いブーツは彼女のものよりだいぶ長い丈と高いヒールをしていた。
「秘密兵器のニーハイブーツ!」
 ふふん、と得意げに笑った彼にスズは頭が痛くなった。
「なんでそんなものあるんですか」
 クザンはその言葉に目を点とする。
「何言ってんの。これは前にスズちゃんが俺の部屋に置きっぱなしにした」
「そ!!そっちじゃなくてブーツのほう!!」
 ああ、と納得したクザンは真っ赤な顔のスズにひとまずパンツとブーツの両方を手渡す。
「こういうプレイもありかなって」
「...いますぐそこに正座して頭を床に。お望み通り踏んであげます」
「ごめん、ウソウソ」
 やだなーもー、と言うクザンにわかるようにスズは大げさに溜息をついた。
「自分の靴見に行ったときにね、あー似合いそうと思ってさァ。気づいてた買ってたんだわ」
(ふつう人の靴を買ってきます?!)
 きっと世間ではこういった事をする男は嫌われるのだろうとスズは思った。けれど不思議と嫌な気はしない。人を好きになるとほんとに馬鹿になるのだなあ、と彼女は誰かが言った言葉に関心した。
「履くの?履かないの?」
 わざわざ自分のために買ってきてくれた靴。断れなそうになかった。それにわくわくとしながら微笑む彼の期待を裏切るのも可哀想だ。
(...減るものでもなし)
 スズは「ちょっと待ってくれます?」と言うと彼の自室に向かい、扉のカギをかけた。



それから3分後、海軍大将・青キジの執務室には野太い歓声が沸きあがった。

「いいじゃない!いいじゃない!絶対領域!」
「ずっとそれでいりゃいい!」
「スズちゃんのふとももが逆に際立って...うわ、触ってもいい?」

翌日からも相変わらず根強く居続けた寒冷前線のせいもあり、スズは暫くホットパンツにニーハイブーツを強いられた。

end.


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mokuji

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