連れていって



  
大好きなあなたが去るなら、私だってここを去ろう。
その覚悟ならとうにある。

「そっちがそんな身勝手するならこっちだって」
 私にちゃんとした話もなく去ろうとする恋人に、私は能力を使った。


 彼は数日前、意見の相違から仲の良かった人と死闘を繰り広げた。医療班に運ばれてくる彼を見たとき「ああ、もうだめかもしれない」と思った。
『...大丈夫じゃ、息はしとる。』
 クザンほどではないにしろ大きな傷を負ったサカズキにスズはそう言われた。
『...恨んじょうか』
 苦虫を噛み潰したようなサカズキの顔に、何も言えなかった。
 悪いのは彼じゃないのだ。


ぷつん、と体のどこかが千切れる音とじゅ、と肉の焼ける音と嫌なほど鼻に馴染む血のにおい。

「...」
 クザンは荷物をゆっくり床に置き、後ろを振り返った。振り返った先には白い海軍の制服をところどころ赤く染めた自分の恋人。
 痛みなどないかのように仁王立ちするスズへ歩みよるとその顎をつかんだ。
「...跡が残るかもしれないのに」
 空いた手で愛おしそうに金色をした髪を指に絡める。
「残ったっていい」
 彼女の魂を透かして覗かせたような澄んだ瞳がクザンだけを映す。この青を自分の物にするためにどれほどの時間がかかった?
 そして彼女の白い肢体に赤いケロイドを思い描く。サカズキに負わされた火傷よりもずっと熱く、胸が焦げていく。
(そんなつもりじゃないのに)
 クザンはじっと見つめるスズの頭に、こつんとおでこを当てた。

「ここには帰ってこれねェぞ」
「いいですよ」
 青い目は揺らがない。
「本当に?」
「本当に。」
「じゃあ怪我返してくれるかな」
「ん、」
 スズが目を閉じると刹那、激痛が走る。奥歯を噛みしめても鼻の奥で声が漏れた。大きな痛みの波が去った後にはじくじくと疼く痛みだけになり、なぜかサカズキの顔を思い出した。


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mokuji

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