カカオ豆




ぱくり
「美味しい!」
「だろう」


ぱくり
「これ、お塩がはいっていますね?」
「よくわかったね、お嬢ちゃん」


ぱくり
「んん、やはりトリュフは定番です」
「そうだねえ」


ぱくり
「ああもう!決まらない美味しすぎるー・・・」
「もう後は手作り用のチョコしかないぞ」



甘いカカオの香りに包まれる冬の終わり。
スズは港の菓子屋にいた。

「さあ、どれにするんだい」
「う、ぐぐ・・・」

眉間にめいっぱいのシワを寄せて、ガラスケースの中を覗く。
スズがそうし始めて、かれこれもう1時間近くたつだろうか。
その間にも他の客はたくさんやってくる。

今日はセイントヴァレンタインデー。
甘い香りと色んな意味で甘い雰囲気に世界が包まれる素敵な日。

そもそもヴァレンタインデーとは
ある昔の、カカオ豆とはなんの関係も持たないある国の宣教師にあやかった祭りなのだが、
長いときを経た今、恋人たちとチョコレートのための日になっている。



(カカオ記念日とかにすればいいのに)


スズは毎年のように浮かれる恋人たちを見るとそう思った。



「おじさん、一番美味しいのどれですか」

「そりゃあお前、どれも美味しいぞ。すべて一番さ。」

「それじゃあ決められません!」

「はあ・・・それなら、自分で作りな。ほら、この板きれならサービスしてやるぞ。」

工房の奥から、店主が袋につめられたチョコをもってきて、スズの目の前に置く。
形が不揃いな板状のチョコは、その見かけに反してとても美味しそうな香りがした。


「作れと言われても、ここのチョコレートより美味しく作る自信ありません!」

「俺だってここより美味いのを素人さんに作られちゃたまんねえよ!」

「うう、どうすれば・・・」

「溶かして型に詰めるだけでも美味いぞ。なにしろ、材料はうちのだ。ほれ、持ってけ」

店主はチョコの詰まった袋をスズに無理やり持たせた。

「そんな流用するみたいなこと・・・」

「ばか!違うよ、こういうのは手作りの範疇だ。」

店主はふふん、と笑った。


「なにより、愛情が詰まってりゃどんなもんでもいいんだよ」

「愛情・・・」

スズはクザンのことを思い浮かべて「ううん」と首をひねった。


(なんだか、何をあげても一口で食べてしまいそう・・・)

きっと愛情の「あ」も読まれず、喉を通り過ぎる可哀想なチョコとなるだろう。


けれど、それなら尚更、自分がつくるのもアリかもしれない。
余所さまのチョコをそんな目にあわせられないじゃないか。


「・・・おじさん、これタダでくれるんですか?」

スズは店主に見えるようにチョコの袋を持ち上げる。

「おう。持ってけ持ってけ」

店主はニカっと小意気に笑ってくれた。




「ただし、お前がさっき片っ端から食べたチョコの分は払っていけ。」

「は、はい!はらいます!」

スズはポケットからすぐさま財布を出した。


*prev  next#
[ 56/62 ]
mokuji

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -