署長sAmple



いつだったか「愛してる」と言ったことがある。
明りのない時だったから、きっと目のいい彼でも彼女がどんな顔をしていたか知らないだろう。
泣き腫らした目、骨の形がわかる頬。必死な瞳。

それでも声だけはしっかり届いたはずだ。


「マゼラン署長、愛してる」


彼はどんな顔をしていたのだろう。
あいにく目のあまりよくないスズは知らない。
痛いものを見るような目、呆れたように開く口。けれどどこか嬉しそうな瞳の奥。


ここから、インペルダウンから出る気などスズにはない。
昔の自分はきっと出たくて出たくて仕方なかっただろう。
だが今は違う。彼女はマゼランを愛している。
彼がいるのならば地獄でも天国だ。
一日に多くて2、3回。会いに来て用事が済めばすぐにさよならだけれど。




少ない面会の時は、できるだけ彼の名前を呼んだ。

「マゼラン署長」

それにいつも「あぁ」だとか「わかった」と返される。機嫌の悪いときは「だまれ」と言われることもある。

「マゼラン署長」

「スズ」

あぁ、今日はラッキーな日だ。名前を呼んでもらえた。
でもスズは知っている。こうやって名前を呼んで貰える日は"痛い日"だということを。

しかし分かっていながらも、喜びでふつふつと胸が沸き立つ。


「なぁに、マゼラン署長」

猫撫で声を出して、彼を見つめた。


「少し痛いが我慢してくれ」


ぶすり、
まさにそんな言葉が見えるように、スズの腕に太い注射器が刺さった。


吸い取られる血をみながら、これがもしあなたに吸われたなら素敵なのにと、スズはうっとりと考えた。

(マゼラン署長の中で流れることができるなら、この血も魂もなんだってあげるのに)

しかし彼女の理想に反して、いつものようにその血は海軍本部の研究室へと運ばれてしまう。

恨めしい。



「マゼラン署長、」

「なんだ」

「どうせならマゼラン署長に殺されたかったよ」

「・・・お前は重要な実験材料だ。そんなことできるか」


(あ。怒った)


「余計なことは考えるな。黙ってろ」


目は怒っているのに、それに反したいつもの優しい手がスズの頬を撫でた。


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mokuji

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