ばり、
「ごめんね、今こんなものしかなくて」
「美味しいです」
机にはガープ中将がよく持っている煎餅の袋があった。 ばりばり、と固いそれを噛む音。 その出所はスズである。
「落ち着いた?」
「はい。・・・もう一枚いただきますね」
ガサゴソと袋から新しい煎餅をとりだし、かじった。
「あの男といい思い出しかなかったんだな。そりゃ思いだしてホロリとくることもあるかァ・・・」
消して「ホロリ」なんて大人しい言葉で表現できる泣きっぷりではなかったけれど。
「・・・」
「どうしたの?」
「うん、と。そういうわけじゃ、ないんです。いい思い出がたくさんあったのは確かなのですが」
煎餅を食べ終えて、スズは話した。
「思い出で泣いたワケではなく、私自信の失態に腹が立って・・・」
「なにか、したの?」
「『思いだせなかった』んです」
「うっかりしてて?」
「うっかりじゃないんです」
泣きそうな目でスズがまっすぐ見つめてくる。 クザンは息をのんだ。
「私の頭は、私に不親切なんです」
「どういうことなのか・・・俺にはわからねェなァ・・・」
「えっと・・・うっかり忘れるというのは、ポンと穴が空いたように忘れるでしょう?」
私のはそんな可愛いものじゃあない。 古いものから順に、他愛の無いものを優先して、引きちぎれていく。
「重要なこととか、ひどく印象に残ったことは覚えていられるんです。」
「例えばガープさんに拾われたこととか?」
「はい、それでも曖昧なところはありますけれど・・・。 たとえば町であいさつした人とかですね。ある日「こんにちは、いい天気ですね」と挨拶した人が、とても久しぶりに会って「元気にしていたか」と声をかけてくれたとします。私はその人を初対面の人としか認識できません。」
どうですか、わかりますか、とスズは尋ねた。 それにクザンはなるほど、と返事をした。
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mokuji |