「結局私は自分勝手なんです。同じ心境の人がいたとしても、他人を犠牲にする後悔に立ち向かってまっすぐ生きれる人もいるじゃあないですか。」
私はそうじゃないんですね。 スズは新たに茶葉を足し、何杯目か分からないクザンと自分の分の紅茶を淹れた。
スズが喋り終わってからほんの少し空いた空気を埋めるように、甘い香りが広がる。
「・・・さっき『嫌な思いした』って言ったでしょう、私」
「うん、言ってたね」
「あれ、あの先輩のことではないんです。それも許す理由のひとつかも、」
「どゆこと?」
「あの人、多重人格者です。話しててちょっとしてから思いだしました。それにあのひとカレー大好きなんですよ。一緒によく食べました」
「へェ、そうなの!」
クザンの目には、あの男はそこらへんにいるただの男に見えた。 それにカレーが好きだというのは、スズと同じではないか。クザンは少しムッとした。
「たしか出身はどこかの田舎の島だって・・・言ってたなあ」
ぽすん、とスズは背もたれへ頭をうなだれた。 前髪の一部が横に流れ、くっきりと綺麗な輪郭が露わになる。
唇を真一文字に結い、一度噛みしめるような仕草をした。
「あんなにお世話になってたのに・・・ッ」
「へ・・・?」
天井を仰ぎみていたスズは普通の姿勢にもどる。
「そのお世話になったことですら、ぼやけて・・・ぼやけてて・・・う」
そして、ぶわっという表現がふさわしいくらい、スズの目に涙があふれた。
「え?・・・え?」
状況がまったく理解できないクザンはそばに寄るべきか、どうか迷い中腰の状態であたふたした。
「大丈夫です・・・じゃ、ないです。ティッシュとってください。そこの、箱の、」
ずび、
溢れた涙はとめどなく次の涙をひきつれて床へと落ちていく。
とりあえず言われた通りにティッシュの箱を渡してから、見たこともないような彼女の泣く姿に、クザンは呆気にとられた。
(こんな姿、知らない)
泣く姿は普段の彼女から想像できないのだ。 いつだってスズの目は晴れた空や海だった。スズも一人の人間だから、いつか泣くのだろうということは理解できても、その瞳の奥に雨に曇る様を垣間見たことがない。 常人ならば気が狂いそうなほど血にまみれて、傷を負っても、海軍のコートの裾を握って「洗って落ちなかったら、新しいの支給していただけるんでしょうか」と言っていたじゃないか。
その姿を間近で見たことがあるから、
(ああ、泣くんだなァ)
クザンは純粋に驚いた。
「う・・・ひっく・・・ ずびーッ!」
けれど、どこか
(安心するかもしれない)
ちゃんと泣ける子だったのか。 そこらの人間となんら変わらないじゃないか。
『大丈夫です』となんでも背負い、どこか一歩浮世離れた姿はスズの姿のほんの一部でしかなかったと思い知らされる。
「・・・ずずずーッ!」
スズは渡されたティッシュで鼻をかんだ。
お世辞にも美しい姿、または可愛い姿ではなかったのだが、盛大に鼻をかむスズはクザンに大きな衝撃をあたえた。
「・・・そんな泣く姿みたことない」
はい、と追加のティッシュの箱を渡してクザンはスズに話しかけた。
「ご心配おかけしました・・・大丈夫です。鼻もちょっと落ち着きました」
「かみすぎると小鼻のとこ荒れるからあとで何か塗っときなさいよ」
「はい」
スズはもう一枚ティッシュを掴んで、目の周りを拭いた。
その様子を、クザンはじーっと見つめてた。
「う・・・見ないでください。かっこのいい事してるわけじゃあないのに」
「滅多にないことだから目に焼き付けとこうかと」
「ひどい人だ。クザンさんの前で前にも泣いたじゃないですか」
「これはこれだ」
スズはクザンから顔を背け、もう一度盛大に鼻をかんだ。
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