22:望まぬ忘却


ふんわりと甘い香りが漂う。
そしてクザンはふと思い出した。

(たしか、ファンタジーっていうお茶だったな)

スズは手に持ったマグカップを鼻に近付けて、満足そうに微笑んでいる。





「私の嫌な思いだけですんだと思えば、ですよ」

ごくん

「いい終わりの付け方ではないですか?」


「俺も嫌な思いしたけどねェ」

「・・・それは失礼。」


「ホントにいいんだな?」

今からでもあいつを捕まえて、遅くはないぞ、というニュアンスを込めて。

「むう・・・何度も言いますがいいんです」

「理由、聞いてもいいの?」

遠慮がちに掛けられた言葉は優しい。
それでいて鋭利だ。
その切っ先を撫でるように、そっとスズは口を閉じた。


小さな沈黙のあとに、スズは口を開く。


「・・・痛いのが怖いんですかね、」

「?」

へへ、と照れるようにスズは笑った。

いつも血にまみれてもニコリと笑う彼女が、痛みを怖い?


「自分が他人に傷つけられるのが嫌なんですかね・・・落ち込むのが恐ろしくてたまらない」

「・・・」

「足が吹き飛んでも、全く平気なのに」

足が吹き飛ぶ痛みより、腕が引きちぎれる痛みより、胸を撫でるナイフの痛みより、
膝を抱いて不安に支配される脳の重さが彼女の恐怖だった。


「そんな」

そう言いかけて、どう言ったものかとクザンは口をつぐむ他なかった。

(何もいいことなんて言えない・・・)



その様子を見て、スズは柔らかく微笑む。

「ああ、えと。そう暗い話をするつもりもないのですよ」


「ただ、彼を捕まえて罰した後、私はきっとずっと後悔するんです」


「そんな日々、苦しくて生きていられません。」



それに本当に写真くらいいくらでも、と付け加えた。


「ううん、と。私は私の自己満足のために。」

「そう、か。まァ・・あれだ。理由あってのことなら俺も口は出さないよ」


(きっと口も出せない)
ぐっと湧き出た苦い感情をクザンは喉で押さえ込む。

「・・・ありがとうございます」


ことん、とカップを置きスズはずりずりと背もたれた状態から下に背をすべらせた。


「ふあ、あぁ・・・でもこれで自室でまったりゆっくり睡眠がとれますね。万々歳ですねえ」

「・・・俺はこのまま此処で寝泊まりしてくれて構わないんだけど?」

「クザンさんが手足縛って柱に括り付けられて寝てくださるのであれば考えます」

スズはニヤリとした。

「甘いなァ・・・それじゃ何も意味ないよ。俺には」

スズと同じくらいニヤリとし、鼻で笑うクザン。
スズはちょっとむきになって言葉を付け足した。

「・・・すみません、付け加えます。『すべて海楼石を含んだものを』と」



「ひどいなァ」

「ふふ」


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mokuji


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