コトン、
ほぼ同時にスズと男はマグカップを机に置いた。 いまだ突っ伏したままのクザンのマグカップだけが、まだうっすらと湯気をあげている。
「どこから、聞いたものでしょうか」
「・・・すまない」
「その一言では片付きません」
「そう、だなぁ・・・」
また男は困ったように笑う。今度は少し悲しそうに。
(卑怯だ・・・)
(最後に会ったのは、いつだったかなあ)
怒りの粒なんていつのまにかどこかに転がり落ちていて、スズは冷静に男と向き合っていた。
(そもそもさほど傷ついてないんだ・・・悔しかっただけ、あ。)
スズはポン、と手を打った。
「?」
男は突然の彼女の仕草の意味が分からず、顔をじっと見た。 その視線を気にもせず「ふむふむ」とスズは独り言をつぶやく。
「最後に会ったのは、クザンさんのとこに配属させられてちょっとしてからですね」
「・・・あ、ああ。そうだ。そうだった」
「あの時から会ってなかったんですねえ」
何も気に留めていないようなスズの声は、男には残酷すぎた。
「・・・いいんだぞ、早く公安に突き出せよ」
「・・・」
「非道で下衆な事をした。分かってる。」
クザンに蹴られた腹にそっと手を当てた。
「これ以上お前と顔を合わせているのは辛い」
また困った顔。
「・・・どうしてですか」
「え?」
「何故私を?」
スズはクザンにも同じようなことを聞いた。
「好きだった」
返って来た言葉も、クザンとさほど変わらない。
「好きだって気持ちは重いですね」
男は押し黙った。
「まるで放って置いた紅茶と同じです」
じんじんと色が黒くなり、渋さばかり増して、自己を抑えられず他人に苦い思いをさせる。 そして誰にも手をつけられず、自身が冷めていくのだ。
「どうでしたか、秋摘みの紅茶は」
「美味かったよ。いい香りがそのまま喉にきた」
「そうですか、よかったです」
「好きって気持ちも、そんなならいいんですけどね」
今度はスズが困ったように笑った。
*prev next#
[ 3/34 ]
mokuji |